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送り火~おくりび~ - 終幕

2015/02/17 11:08

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 送り火が消えてゆくまで、克己と咲也は鳥居の下に佇みつづけた。
「俺ね……正直いって、生き返らなかった方が良かったのかなって、思ってた」
 咲也が小さく呟いた。
「思ってた? ……じゃあ今は?」
「今はもう思ってないよ。でもね、他にも、大勢の人が死んだのに、どうして俺だけを助けてくれるんだって……不公平な気がしてさ」
「……それなら僕もわかる。環に生き返らせてもらった時にそう思った。でも今は、後悔してない。感謝してるよ心から……」
「うん……俺もそう思う。もう一度、こうしてお前といられるから……」
 そう言ってから、咲也は少し照れた様に横を向いた。克己だって恥ずかしいから、つっこむのは止めにした。
「それにね、俺、こんな人と違う体質なのも悪くはないのかなって思える様になった。前は嫌で嫌で仕方がなかったのに。このせいでみんなに迷惑かけたのに……」
「どうして? 生き返らせてもらったから?」
「いや、それもあるけど……そうだな、寂しくないって気がついたから。考えてみれば、小さい頃から悲しいとか辛いとか、いろいろあったけど、寂しいと思った事はなかったな。それはいつも誰かが傍にいてくれたからなんだなって、見えないけど傍にいてくれたからなんだって。身体の中に、皆が入ってきた時にわかったんだ。ああ、皆本当は優しいんだ……現し身を失って、彼等こそ寂しいんだって……だから、俺の処に来て彼等が少しでも寂しさを癒せるのなら、それもいいのかな……ってね」
 そう言った咲也の顔は、前にこの同じ場所で『普通でありたい』と悩んでいた時とは違う、何かを悟った顔だった。
 心の中の天使が、微笑んでいるのが見える……克己はそんな気がした。どうやらもう否定されず完全に受け入れられたようだ。
「世界中の人が、そんなふうに思えるようになればいいのにね……そんな日がきたら、この世とあっち側の世界が、一つになれるんだろうね。神も魔物も人も一緒に暮らせる世界……昔々の世界みたいに」
「いつかそんな日がくるよ。きっと……」
 二人は街を見おろした。
 沢山の人々がいる街……少なくとも、この街の人々は気付いただろう。この世の自分達以外の住人の存在に。思い出しただろう、彼等はいつも傍にいたことを。そしてそれは語り継がれ、その子供、そのまた子供の時代……続いてゆく営みの中で、やがてはあたりまえの事になってゆくのだ。それが世界中に広がって行くことを願って……
「あ、そうそう。これ、咲也に渡しとくね」
 克己は首にかけていたものを外して、咲也に渡した。錦織りの小さな袋。
「御守? いいのか。大事なものだろ?」
「いいんだよ。持ってて。これは鵺……この中で眠ってる。君の事をご主人様だと思ってるから、側に置いてやってね。いつも君を護ってくれるから。そうだね……僕も少しは楽できるかな」
「あ、そういうコト」
 そうは言っても、それが本心でない事など咲也は知っていたし、咲也がその言葉を信じたとも、克己は思っていなかった。
 鵺……始めはただ、恐ろしいだけの存在でしかなかった妖獣は、今では命懸けで共に戦ってくれた優しいイメージの方が強い。
 送り火が消えてゆく。
 環もいってしまったろうか。
 俊己は結局帰って来なかった……入り口に残っていたのは、“螺蛭の魂返りの石笛”だけで、俊己の姿は何処にもなかった。生死は確認されていない。
「いつか帰ってくるわ」
 珠代は泣かずにそう言った。克己も和馬も咲也も、そう思う。だから送り火に、俊己のことは思わなかった。
 マンションが破壊されて帰る所が無くなった雲母は、しばらくはこの神社に留まることになり、和馬もなんだか住み込む勢いだ。にぎやかなのはいい事かもしれない。
 克己はもう、前と同じ生活には戻れないだろう。世間的には死んだものとして扱われるだろうし、第一、同じ学校には戻れない。男子校だからね……克己はそういって笑う。これからの一生、中身は克己でも、環として生きていくのだ。戸惑いながらも、一人の女として……
 そして、俊己のあとを継いで、また密やかに京都を護る一族の血をまもって行かなければならない。いつの日か魔王と約束した日が来るように、微力ながらも何かして行かなければならない。
 まだまだ先は長いのだ。
 咲也は……夏休みが終わったら、一旦は東京に帰るだろう。でもおそらくすぐに帰って来る。
 京都に。この街に。克己のいる街に。

 京都は特別な街だから。


   古都妖綺譚/完

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