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蜩~ひぐらし~ - 二

2015/02/16 13:34

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 雲母が言葉を切って、部屋がしんと静まった。外から微かに蜩の声が物悲しげに聞こえてくる。知らぬ間にそんな時刻になっていた。
「考えるだけでも恐ろしいな」
 俊己が呟いた。克己と雲母が頷く。
「自惚れではありませんが、私の夢は外れませんわ。未来を直接見て来たんですもの」
「しかし未来は変えられるものだ」
「ええ。その通りです。ですからお訪ねしたのです。この京都を死の都に変えないためお力をお借りしようと」
 また沈黙が落ちた。雲母は縋る様な眼差しで俊己を見た。俊己は難しい顔で目を閉じ、腕を組んで黙っている。
「他に頼りになる人はいません。政治家は勿論、仏教会の僧侶も宗教者達も、誰も本気で取り合ってくれませんでした。こんなにも沢山の有名な寺社仏閣のある街なのに、誰も気付いていないか、ついていても目を閉じているのです。私は占い師。見る事は出来ても自分ではどうする事も出来ない……」
 悲しげに顔を伏せた黒衣の美女に、俊己が何か言いかけた時、
「あの、ちょっといいですか?」
 父より早く、克己が割って入った。
「何?」
 顔を上げた雲母の目に光るものがあって、克己は一瞬怯んだが、
「僕、思うんですけど、父さんがいかに優れた除霊師だといっても、人間相手ではどうする事もできませんよ」
「人間相手? でも現れるのは化け物だわ」
「そう。でも根を掘り下げていくときっと人間に行き当たると思います。僕等もあのおかしな火事について考えていたのです。父が前から疑問を抱いて、記録をとっていたので……その結果、今まで起きた火事をすべて繋げてみると、大きな魔方陣の形になるという事実に行き当たりました」
「魔方陣?」
「……まあ、あくまで推測ですけど。そんな風に見える図形になるんです。これは誰かが人為的にやっているのだと思います。ばらばらに起きている様に見える火事も、順を追って考えてみるとちゃんと一定の法則に則って起こっているし。円を描いているとか、時計回りになってるとか……父さんの受け売りになるけど、物の怪にそんな手の込んだ事とが考えつくとは思えない」
 雲母は驚いた。同じ件を追っていても見る角度がまるで違うため、そんな事には気付かなかった。彼女は結果を見ていたが、親子はその経過を見ているのだ。
「凄いわ。私より貴方達の方が、もしかしてこの件についてお詳しいのかしら。だとしたら私、知ったかぶりであれこれ喋ってしまって失礼な事をしました」
 うっすら頬を染めて気まずそうに頭を下げる雲母を見て、慌てて克己は首を振った。
「そんな事ありませんよ。僕達はあなたみたいに未来を見るなんて事は出来ないもの。出来る事といえば、今までに起こった事を纏めて行き着いた結果を知るだけ。それもついさっき……あなたがみえる少し前に話してたんですよ。そこへタイミング良くいらっしゃっんです。そうだよね?」
 克己に突然ふられて、俊己は苦笑した。
「そうだな。詳しいなんてとんでも無い話。第一、魔方陣とはいうがわしらには畑違いでそれがどんな意味を持つのかさえわからん状態でな。橘さんの方がそういう事に通じていらっしゃるのではないかね?」
「まあ……専門という訳ではありませんが少しは」
「せっかく頼って来て下さったのに、あまりお役にたてそうも無いが、おっしゃった様に京都が死の都になってしまうのはこの街の住人としては阻止したいものだ。ここは一つ互いに情報を出し合えば何か道が開けるかもしれんな」
「そう言ってもらえると嬉しいですわ。私も京都で生まれた人間として、この街が変わるのを見たく無い。それだけでも動く甲斐はあると思います」
「及ばずとも何もせんよりはましだろうて」
 雲母が手を差し出した。俊己がそれを固く握り返した。小さな同盟の成立である。
「あなたもよ、克己君」
 そう言って雲母は克己の手も握った。冷たくて柔らかな女性の手の感触に、克己の胸は少しときめいた。
「――――先刻の話に戻りますけど、火事が魔方陣の形になってるというあれ……」
「克己、橘さんにあれを見て頂いてはどうだろう? わしら素人があれこれ言っても仕方が無いからな」
「そうだね。さっき咲也が持ってたね……取って来る」
 言うが早いか、駆け足で部屋を出ていった克己を雲母は微笑んで見送り、
「若い子は元気ね」
 そう言って俊己を苦笑させた。雲母とて、俊己にとっては娘のような歳だ。そういうと雲母は急に真顔になって、
「私は駄目。疲れてて……実はここに助けを求めて来たのは、このところ一睡も出来ない事もあるんです。もう一週間近くになるかしら。ずっと何かに監視されてる気がして……眠ればもっと鮮明に夢で未来を見る事が出来るのですが、まるでそれを阻止するかの様に、少しうとうとしかけると部屋で物音がしたり勝手に明かりが点いたり――――どうも霊の仕業らしく、私なりに護符や聖水で対抗しましたがあまり効果が無くて。貴方のお噂を聞いて祓っていただこうと」
 彼女に窶れた影があるのはそのためだった。
「それは災難でしたな。しかし、あんたがこうして無事でいるのは護符や聖水が効いていたんだ。そうで無くてはもっと酷い事になっておったろう。運がいい」
「そうですわね。それに、ここへ来てすぐに少し楽になりました」
「ふふ、誰かと同じ事を言う。ここは結界の中。悪い霊は入ってこん……と、言ってもわしも先日その結界を破られ、ここでも不幸な事が起こってな。そう安全とも言えん」
 俊己は手短に昨日の惨劇を雲母に話した。
「そんな恐ろしい事が……! もしかして、私達はマークされてるんでしょうか?異変に気付いて頭を突っ込んだから……」
「かもしれんな」
 二人が深刻な顔で黙り込んだ時、克己が戻って来た。
「取って来たよ。おまけつきだけど。咲也も連れてきちゃった」
「誰?」
 先の話が話だった為、雲母は身を固くした。俊己が宥めて、
「克己の友人でわしの息子みたいなものだ。安心しなさい」
「そう言うことでしたら……ごめんなさいね。ちょっと用心深くなってるものだから」
 お許しが出たので、克己は廊下に待たせてあった咲也を招いた。
「お邪魔します」
 咲也の美貌が襖からのぞいた瞬間、あっ、と雲母が声をあげ、口元を押さえた。
「あ……あなたは!」
 後ずさりする程の彼女に、狼狽したのは咲也の方で、俊己の後ろに隠れておろおろと克己の顔と雲母の顔に視線を往復させた。
「あの……?」
 俊己も驚いて、
「どうしたね? 咲也君が何か?」
 雲母はやっと我に返って、大きく息をついた後、咲也に手招きした。
「?」
 咲也が首を傾げながらもう一度立ち上がって姿を現すと、雲母はじっくりその顔を見て何度も頷いた。
「――――間違い無いわ。あなた、私の夢に出てきた。京都の未来を占った夢に!」

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