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鳥篭~とりかご~ - 七

2015/02/17 07:32

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「間に合ったか!?」
 瀬奈親子の一団が和馬達の元にたどり着いたのは、案内の式神が消失した瞬間……和馬が先祖代々禁じ手とされてきた命懸けの大技“鳥篭の術”を使い、鵺を封じ込めた時からかなりの時間が経ってからだった。勿論大急ぎで直行して来たのだが、あと数百mという距離が、困難を極めた。
 ただでさえ、妖気がたちこめた今の京の街にあって、この辺りは昔、処刑や首切りが行われ、疫病が流行った時や、戦の後にはここに死体が山の様に積まれ、或時は焼き、或時はそのまま放置したという曰く付きの魔処。死霊や水妖の妨害に思いの外手まどい、今に至ってしまったのだ。
 やっとの思いでたどり着いた彼等は見た。
 辺りには、犠牲となった術者達の無残な遺体が累々と折り重なり、ここで繰り広げられた死闘の激しさを物語っていた。生き残り、未だ呪文を唱えているのは僅か数人だけだ。その中央に、それはあった。
「これが……剣の鳥篭……?!」
 青白く光る、不思議な幾何学模様が組み合わさって築かれた巨大な檻――――その中に幽かに見えるのは、窮屈そうに身を縮め、身動きも取れずに捕らえられた妖獣……周りの地獄の様な惨劇の跡を残した犯人であり、過日、克己を殺したあの鵺。
 その横には、和馬が胸前に印を結んだ姿で目を閉じ、静かに立っていた。巨大な石像の様に、身動き一つせず。身動きどころか、呼吸も鼓動も止まっている。魂と分離した身体は今、抜け殻でしかないのだ。
 鵺ほどの相手をこうも見事に封じ込める技……その凄まじい効力もさる事ながら、禁じ手とされた訳、引き換えにする代償の大きさ……そして和馬の決死の覚悟を改めて思い知らされ、克己は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
(信じて待っててくれたの? 来ないかも、間に合わないかもしれないのに! )
 和馬は克己に賭けたのだ。ならば叶えさせてやらなければ。急がなければ。この時を逃してはもう後がないのだ。
(一緒に行こう、和馬さん。最後まで!)
「瀬奈さん! 早く鵺を!!」
「早く和馬君を開放してやってくれ! でないと……」
 和馬と共に鵺を封じている術者達が、悲鳴に近い声で叫んだ。もはや一刻の猶予も無いのは、彼等の表情でも窺えた。
「克己」
「うん!」
 克己は、神木の枝と鵺封じの矢尻で拵えたたった一本の破魔矢を弓につがえ、目の前に構えた。弓道は修行の一環として小さい頃からやっている。自信はあったが、環の体ではいつもどうりにやれるかどうか、それが不安だった。体躯は変わらないといっても、男と女では肉体的な力の差はどうしようも無い。おまけに十六年間眠っていた身体は、こうして歩いたり走ったりしている事自体が奇跡と言えるのだ。このか細い手で、鵺に矢を突き立てる事が出来るだろうか。
 弦を引いて狙いをつけようとした時、その不安が現実になった。
(力が入らない……?!)
 焦る克己をよそに、俊己の声が響いた。
「和馬君、聞こえるか? 他の方々もよいな。このままでは矢も通れぬ。合図と共に鵺の戒めを解くのだ。克己はその一瞬をついて、再び暴れだす前に鵺を射て! 場所は構わん。当たりさえすればよいのだ。よいな?」
 もちろん、異論を唱える者などいよう筈なかった。俊己と共に来た術者達も、万が一に備えそれぞれ身構えている。そんな中、克己は渾身の力を込めて、弦を引いてみたが、どうしても充分に構える事が出来ずにいた。
(こんな事じゃ鵺まで届かない! 和馬さんの苦労が水の泡になっちやう!)
「では、ゆくぞ!」
 ついに秒読みが開始された。
「……五……」
(ああ、神様――――!!)
 克己は目を閉じ、半ば諦らめ気味に弓を構え直した。その時、奇跡は起きた。
(?!)
「……四」
 急に、あれだけ力を込めても引けなかった弦が、すうっと軽く引けたのだ。慌てて目を開けた克己は、その訳を知った。
「……三」
 何人もの見知らぬ人々が、克己のまわりを囲んでその手をとり、共に弓を引いていた。勾玉の首飾りを下げた古代の祈祷師、中世の武士、神官、巫女……彼等が何者なのか、克己には瞬時に理解できた。
 歴代の瀬奈家の者達……決して、歴史の表舞台には現れず、しかして京の都を何世紀も妖魔より護り続けて来た一族。彼等は今、一族最大の大役を背負ったこの小さな子孫を導く為にやって来たのだ。いや、この矢尻に宿っていたのか。どの顔も、優しい眼差しで克己を見ていた。
「……二」
 張りつめた空気の中、俊己の声と風の音だけが静かに流れる。そして時は来た。
(導いてください。僕を、未来を!)


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