送り火~おくりび~ - 二
2015/02/17 10:57
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京の街の魔力を増大し、維持するために動いていた“街の心臓”は止まった。
それはつまり、契約の血を流した者……魔王の依代として使われた、日下部咲也の死を意味した。
「わあああああああぁぁ――――!!」
克己は声をあげて泣き崩れた。悲しみという言葉ではすまされない気持ち、言いようのない喪失感と理不尽さ、恨みさえこめて克己は叫んだ。
「咲也! さくやっ!!」
咲也は返事をしてくれない。克己の方を向いてくれない。
和馬は咲也の身体をそっと床に降ろし、克己を強く抱きしめた。放っておくと後を追いかねない状況だ。
和馬の胸に顔を埋めて鳴咽する少女の肩はとても儚かった。
この肩に何もかもしょって来たのだ……そして今、新たに悲しみを背負い込んで。そう思うと和馬は不憫で仕方なかった。
「僕がしてきた事は一体何だったの? 環達はなぜ僕に後を託していってしまったの? 全部……全部、咲也のためじゃないか。咲也を無事に取り戻すために……なのに!」
「克己坊……」
和馬はかける言葉も浮かばなかった。ただこのまま、気が済むまで泣かせておいてやりたい……そう思った。自分だって悲しい。だが、二人にそう長くは悲しみに浸っている時間は与えられなかった。
(――――!!)
何とも形容し難い、不気味で恐ろしい音が轟き、空気を切り裂いた。それは魔王……〈大いなるもの〉の悲鳴だったろうか。
「!!」
それが合図だったかの様に、空は突如大きく動き出した。不可思議な虹色の雲は、まるで早回しのフィルムを見るみたいに物凄いスピードで流れ、渦の中心の暗黒の穴に吸い込まれてゆく。オーロラに似た光がゆらゆらと揺れ、風は琴を掻き鳴らす様な不思議な音をたてて吹き荒れる。妖魔や物の怪は落ち着きを無くし、右往左往して泣き叫び、なりを潜めていた鳥達が、闇にもかかわらず一斉にはばたいた。
魔界が去ろうとしているのか。
ごごご……
地響きをたて“街の心臓”から巨大な影が空に浮かびあがる。
どんな顔なのかすらわからないそんな透きとおった影。
なのにわかる。それが苦悶しているのが。
わかる。それの視線が駅ビル屋上に注がれているのが。
そして、その視線は麗夜に集中していた。
「!」
克己と和馬に緊張が走った。
麗夜が立ち上がったのだ。だが、その動きはまるで、糸で吊下げられたマリオネットみたいな不自然な動きだった。俯いたままの蒼ざめた顔は、すでに完全に麗夜が息絶えている事を物語っていた。
なぜか、克己も和馬もすぐに理解出来た。動かしているのは、空にいる魔王だと。そしてそれは敵対するためでも、攻撃するつもりでも無い事を。魔王はただ、麗夜の身体を通して、何か語り掛けようとしているのだと。おそらく、そのままではこちら側の言葉を発音出来ないのだろう。また、克己達も魔界の言葉は理解出来ないだろうから。
静かに麗夜の貌が上がり、目を開いて克己を見た。その視線は麗夜のものでない。
少し怯え、克己はその目を見つめ返した。
魔王は麗夜の口から語りかけた。克己に。
「娘、お前の勝ちだ。未来はお前を選んだ」
声も麗夜の声。だがどこか違っていた。言葉だけでは無く、同時に直接心の中に思念が伝わってくるようだった。
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