HOME

 

降臨~こうりん~ - 八

2015/02/17 10:47

page: / 86

「エデジナ……コズヴェ……デカヴィ」
 円の中は暗黒だった。いや、星が見える。
 宇宙――――それは宇宙を映しているのだ。
 厚みの無い二次元の円は、麗夜の前から移動し、克己達の足元の床に貼りついた。
 克己と和馬は、またしても宙に浮かんで逃れようとしたが、円は恐ろしいほどの勢いで二人を吸い込み始めた。
「わあっ!!」
「それは宇宙の入り口……自然の秩序に対する影響が大きすぎるから、本当ならこの技は使いたく無かったのだがね」
 もう膝のあたりまで飲み込まれた二人に、麗夜は静かに声をかけた。
 真空と絶対零度の世界に、生身の人間が放り出されればどうなるか。
 だが二人は、その過酷な環境に晒される事はなかった。
「!?」
 克己の懐から金色の靄が広がって、二人の全身を包んでいた。それがなんであるのか、克己にも、和馬にも、そして麗夜にも、瞬時に理解出来た。
「鵺?!」
 実体を失った鵺。眠りにつき、時を待てば完全に復活できるものを、鵺は二人を助けようと、傷ついたまま再び現れたのだ。操りもしないのに、自分の意志で。
「愚かな……いかに不死の妖魔であろうとこの世界の外ではそうはいかぬぞ。まあよい。気が済むまでそうしているがいい。そのうち、お前の好きな人間どもと共に、宇宙で果てるだろう。星の一つくらいにはなれる」
 そう言い残して、麗夜はぷい、とそっぽを向いてしまった。
 もはや、克己達の助かる見込みはない。全身飲み込まれて、宇宙空間に放り出されるだろう。鵺に守られているうちは生きていられるかもしれないが、鵺とて大地から生まれたこの世の存在である以上、その大地から遠く離れた宇宙では生きられない。
 麗夜は勝利を確信してか、もうそれ以上の攻撃はしかけてこなかった。自ら最高の奥義と言ったくらいだから、絶対の自信があったのかもしれない。完全に克己達が宇宙に飲み込まれ、消えていくさまを見守るかのように静かに立っているだけだった。
 和馬は少しでも……と、片方だけの手で克己を抱き上げた。結果、克己が胸まで飲み込まれた時には、和馬はすでに手だけを残して全身が外に出てしまった。
 そうまでして克己を助けようとする鵺、和馬の姿に、克己の何かがついに切れた。
 始めて、心の底から人が憎いと思った。
「もう……もう誰も死なせはしない!! 麗夜、お前以外は!」
 手を広げて突き出し、呪文を唱えながら、気を集中する。
 極限の状態の中、今だかつて無いほど高まった気に、克己の髪は逆立ち瞳の色さえ変わって見えるほどだった。更に元素の精霊達も呼応し、克己の気と一つになった。
 集めた気を麗夜に向かって放つ。
 麗夜は逃げなかった。いや、逃げることが出来なかった。
 克己は勿論、麗夜ですら予想しえなかった事態が起きていたから。
 麗夜の心臓は貫かれていた。
 背中から、悪魔の名を冠する、魔法の短剣の刃によって。
 柄まで届くほど、深々と刺さった短剣を握っているのは――――咲也。
 魔王を、そして自らの一部である天使を追い出してから気を失っていた咲也が、麗夜の背後に忍び寄っていたのだ。克己に気をとられていた麗夜の気付かぬうちに。
「!!」
 それは一秒にも満たない間の出来事だった。
 麗夜と共に咲也がいる事に、克己が気がついたのは気を放った瞬間だった。このままでは咲也にも当たる……だがもう遅い。
 克己の気は麗夜を直撃した。そして……咲也には何の影響もなかった。
「……」
 麗夜は克己の気を受ける間際、両手を広げて後ろにいる咲也を庇ったのである。自分を刺した相手を。
「咲也? 無事か……?」
 訊ねられ、呆然として咲也は頷いた。
「そう……か。よか……った」
 心臓を魔法の短剣で貫かれた上、まともに克己の気を受けたのだ。いかに歳もとらない魔人といえど、麗夜は膝を折り、ゆっくりと前のめりに倒れた。深く刺さっていた短剣は彼が倒れるのに合わせて抜け、傷口からは血が吹き出した。
 その血は赤い、普通の色だった。
 麗夜が倒れたのに合わせ、屋上に開いた宇宙の入り口は姿を消し、半分以上飲み込まれていた克己も、全身消えていた和馬も吐き出された。鵺の金色の靄も安心したように再び消えた。
 麗夜は倒れたまま動かなかった。周りの床が赤い水溜まりになって広がってゆく。
 しばらくの間誰一人口を開かず、呆として突っ立ったまま、信じられないものを見る目で動かない麗夜を見下ろしていた。
 最初に口を開いたのは克己だった。
「……死んだのかな?」
 だが、三人とも近づいて確かめようとしなかった。
 まだ何かある――――そんな気がして。

page: / 86

 

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13