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送り火~おくりび~ - 一

2015/02/17 10:54

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 八月十六日。
 この日、毎年京都では山に巨大な送り火がともる。有名な“五山の送り火”通称大文字焼きである。
 京都が前代未聞の怪奇な出来事にみまわれ魔界と化した今年も、その日がやってきた。それはこの街、この世界の運命をかけ、魔界側の代理人、魔導師麗夜と、それに立ち向かった人々との戦いのあった翌々日の事。
 ……犠牲者の数は確認されただけでも、実に二百六十二人を数え、行方不明者は四百人以上。家屋の全壊、半壊は九百二十棟をこえる大惨事であった。破壊された建物に関しては、不思議な事に、その大半が築二十年以下の新しい建物だったのが印象的である。
 丸半日以上、機械と名のつく科学の産物による利器は使用が不可能になり、交通の便はもとより、放送、通信のメディアに至るまで全てが外部から完全に遮断された。それらを含めれば、異変のあった京都市だけでは無く日本中に影響が出た出来事だった。
 破壊された街、日常生活……それでも、立ち直りが早いのが人間という動物かもしれない。まだ二日しかたっていないのに、すでに復興作業が開始され、人々は動き始めた。
 そして、夜。
 さすがに日没を迎え、太陽が姿を消して夜の帳が下りる頃、人々は先日までの出来事を振り返って、畏怖するのだ。
 夜……妖魔、物の怪の時間――――と。
 京都に夜が訪れ、午後八時を刻む頃、五山に一斉に火がともった。左大文字、右大文字妙法、舟形、鳥居……こんな時であっても変わる事無く、京都の夏の風物詩が夏の夜空に浮かび上がる。美しく、雅に……
 こんな時だからこそ、むしろ壮大に。
 送り火は死者の魂を、あの世に送る道標。
 京の街に満ちた、妖魔、物の怪達が、昨日犠牲になった人々の霊が、迷わないように。真っ直ぐに、常世の国に帰れるように。精霊達が心鎮まるように。
 祈りと、鎮魂。願いと、告別……想いをこめて、大文字の火が赤く燃える。

 瀬奈の神社の鳥居の下で、克己は送り火を見ていた。ここからだと、片方の大文字と妙法が見える。
 こんな時に……と中止になりかけた五山の送り火を、予定通り行うよう働きかけたのは克己と和馬だった。
「いってしまうね……みんな」
 克己の目には見えていた。空に向かって昇って行く、魂の列。仄かに輝きながら、暗い空に舞いあがって行く異形のものたち。
「みんな、穏やかな顔をしてるよ。今は行ってしまうけど、また戻ってくるって。いつでも会いに来てくれるって……ここは彼等の街だから」
「ああ」
 克己の声に小さく応えたのは咲也だった。
 咲也は生きている。いや、街の“心臓”を止めるために自らの胸を刺し、一旦は死んだのだ。だが今、咲也は呼吸し、支えられてではあるが自分の足で立ち、克己の横に立っている。
 その瞳に焼き付けようとするように送り火に見入る、咲也の美しい横顔を見て、克己はあの夜の出来事を思い出すのだった。

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