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降臨~こうりん~ - 五

2015/02/17 10:35

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 克己と和馬の、麗夜との戦いは静かに始まった。
 時間はない。本当なら、麗夜を放っておいてでも咲也を助けたいところだが、この魔術師を何とかしない限り、祭壇まで行かせてもらえないだろう事は明らかだ。おまけに麗夜にしてみれば、宣言した通りに彼自ら手を下さなくても、魔王が完全に咲也の体を支配し目覚めるまでの時間さえ稼げればいいのだ。
 一方、克己達に猶予は無い。魔王が完全に目覚める時……それは即ち、咲也の魂が消えて無くなる事を意味するのだから。
 先に仕掛けたのは克己だった。
「はっ!」
 白い小さな円盤が宙を舞い、麗夜に向かって真っ直ぐに飛んだ。
「これはまた可愛らしい事を……」
 皮肉な笑みを浮かべて、麗夜は軽く杖を振った。かわらけは宙に浮いたまま停止し、今度は向きを変えて放った本人、克己に向かって返ってきた。
 間一髪で克己が躱す横では、和馬がすでに式神を放っていた。
「印堵羅!」
 紙切れは空を飛ぶ間に不思議な生き物に変わった。六本の足と金色の鬣を持つ、馬の様な姿に。それは高速で駆けて、麗夜に向かって火を吹いた。
 これもまた、杖の一振りではね返された。ここへ至るまでに苦労させられた魔法の障壁が、麗夜のまわりにも現れて彼を囲んだのだと気がついた時には、和馬の式神は自らの炎で全身を包まれていた。
「くっ……!」
 ダメージはそのまま和馬に返る。
「私は霊や物の怪では無い。生身の人間だという事を忘れてやしないかね? そんな攻撃では効かんよ」
 無表情のまま、しかし冷笑を含んだ声で麗夜が言うのに、
「……歳もとらない化け物だけどな」
 式神を焼かれたダメージで、片膝をついたままの和馬が、すかさず憎まれ口を返した。
「その減らず口を、いつまで叩いていられるかな? 受け身ばかりでは失礼だな。では、今度は私の番だ」
 一歩踏み出した麗夜に、二人は身構えた。
「アスフェ……」
 小さく、魔法の呪文らしきものを麗夜が呟いた次の瞬間、克己と和馬は宙に浮いた。それは、見えない巨大なものの手に掴れ、握りしめられているのだった。証拠に、もがき苦しむ二人の着物が指の跡に食い込んでいる。それは巨大な手……和馬ですら人形の様に見えるほどの大きさだ。麗夜は大気の精霊を動かしたらしい。
「うあ……っ!」
 見えない手は、少しずつ二人を握りつぶそうと、込める力を強めていった。息が出来ない。体中の骨がきしんで悲鳴をあげている。このままでは握り潰される……
 その時、また奇跡は起きた。
 苦痛に意識が遠のく中、克己は自分が何か呟いているのに気がついた。
「くわひ……な、ゆいのかた……へや」
 鵺を調伏した時と同じ古代語。
 それは説得だった。やめてくれ、と。
 手が力を込めるのを止めた。更に克己が続けると、手は二人を丁重に床に降ろして、開放してくれた。胸の圧迫が無くなり咳き込む克己に、
「ほう……面白い。おちびさんはやはり、ただ者ではないか。神代の言葉とは……瀬奈の血、侮れんな」
 感心したように麗夜は言った。克己がけっして、意識して古代の言葉を操れるのではないという事もわかった。代々続いてきた、神に仕える一族の血のせいなのだ。麗夜にも半分流れている天穂の血も受け継いでいる克己は、もっともその血が濃いと言える。その事が一層、麗夜を感心させた。あの咲也の言う通り、やはり克己は選ばれた者なのか。だが感心してばかりもいられない。大気の精霊が説得されてしまう様では、もう最も得意とする精霊魔法は使えない。
「ならば、これはどうだ?」
 麗夜が手にした金の杖を素早く複雑に動かし、その軌跡は空中に光輝く図形を描いた。図形は克己達の方へ飛び、躱そうとする二人を逃さずその足元の床に滑り込んだ。
「?!」
 平らだった光の図形は、みるみる立体に変わり、檻の様に二人を囲んだ。これはまるで……和馬の“鳥篭”だ。
 光の檻に閉じ込められた克己と和馬は、動く事すら出来なかった。気も跳ね返され、破る事も出来ない。
「そのままそこで、大人しくしていてもらおう。そろそろ魔界の王が目覚める……咲也の肉体を完全に手に入れてな」
 勝ち誇ったように麗夜が告げた。
 魔法の檻の中からでも、祭壇の様子は見えた。麗夜の言うよう、死んだ様に身動きもしなかった咲也が、動き始めたではないか。
 まず目が開いた。次に手をゆっくりと持ち上げ、確かめる様に顔の前で何度か握ったり広げたりを繰り返した。そして……ぎこちない動きではあるが、身を起こして座った。
「ああ……!」
 ついに……ついに魔王が目覚めた。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13