HOME

 

失踪~しっそう~ - 七

2015/02/16 13:44

page: / 86

「ふう……手こずらせやがって」
 和馬と俊己は瘴鬼との戦いに決着をつけるのに三十分以上を要した。
 たかだか三十分で、といえばそれまでだがこれは決して早くは無い。それぞれ一人づつでも超一流の術師が、二人がかりでやっと勝利したのだ。
 苦戦であった。和馬が鬼の動きを封じ、俊己が破魔調伏を行って瘴鬼を消すまでに、和馬の式神は妖火に焼かれ、周りの土地は瘴鬼の撒き散らした毒気にかなり汚染された。何とか神聖なポイントは守り抜いたが、後始末が大変だ。瘴鬼の毒気が残っているかぎり、住人達に後々支障が出るだろう。半径50m四方の植え込みの植物が一瞬で枯れてしまったのがその凄まじさを物語っている。物は腐り、人々の心まですさんでしまう。穢れを払うのに、またかなりの時間を要した。
 それからこの場所に結界をはり、再び襲って来るのを防ぐよう整えるのも忘れなかった。
 全てを終え、車に戻った頃には二人は疲労の色を隠せず、ぐったりシートに崩れ、暫く動きたくもなかった。心身ともに消耗した。
「しかし、かなり格の高い物の怪だったとはいえ、瘴鬼ですんで良かったと思わねば。もっと強い奴だったら危なかったな」
「ええ、一緒に来て正解でしたね。最初言ってた様に二手に別れていたら……ぞっとしますよ。でも何でここに来ていきなり今までの奴と違ったんでしょう?」
「さて……もし前のが全て影鬼ならば、昔、わしの先祖が封じたと伝えられる、人の心の歪みが凝り固まり、影に潜み成った物の怪だが、瘴鬼よりは格が上だろうに。ここ一番重要な時に一段下級の鬼を使うとは。仲間割れでもしたかな?」
「まいいですけどね。おかげで勝ったんだし。それより……家に置いてきた坊や達が気になる。特にあの別嬪さん。ありゃ何です? あんなに強い霊媒はじめて見ました。占い師が心配するのも頷けますね」
「咲也君か……橘さんはあの子が良かれ悪しかれ、この危機の鍵を握るだろうと言っていた。どういう形で係わって来るかはわからんがな」
「……占い師、どうしちまったんでしょうね。帰って来なかったけど」
「約束を破る様な娘さんには見えんかったが。何かあったのではあるまいな───」
 二人は雲母が襲われた事、克己と珠代が咲也を一人残して病院に駆けつけた事をいまだ知らない。
「気になりますね。南の方も心配だし、早く帰って――――」
 言いさして、突然和馬が仰け反った。
「どうした?」
 胸を押さえ、俯いた巨人の顔は青ざめ、脂汗が額にびっしり滲んでいる。苦しそうだ。先刻、瘴鬼と戦っている間にも一度苦しそうだった時がある。俊己も気にはしていた。
「どこか悪いのか?」
「いえ……呪詛返しです。式神に何か起きたらしい」
 剣家の式神使いの方法は純粋に妖しの存在を使役しているのでは無く、形代に下級の鬼と術者の呪詛を封入して偽りの命を宿らせているのだ。極端に言えば自分自身を切り売りしている様なものだ。術を破られれば呪詛は掛けた本人に帰る。だから先程、瘴鬼の妖火に式神を一体焼かれた時も和馬がダメージを受けたのだ。
 しかし今放っている式神といえば……
 俊己と和馬は顔を合わせた。
「家に置いてきた奴か?」
「ええ。急ぎましょう!」
 車を急発進させ、二人は大急ぎで帰路についた。
 和馬が苦しんだ時刻と、神社から咲也が姿を消したのとは、ほぼ同時刻だった。


 咲也の行方を追い、克己はあてもなく彷徨っていた。人目につかぬよう、ポケットに入れた和馬の式神の鼻と勘だけが頼りである。その式神もだんだん弱って元の白い紙で出来た型代に戻りつつある。
 民家も疎らな郊外だ。これ以上奥へ行っても行きつくのは山だけで道も途切れる。とりあえず市街地の方へ向かってみた。
 しばらく歩くと日傘をさした老婦人に出会った。近所の者らしく、のんびりと石に腰を下ろして、随分前からそうしているように見える。訊いてみようと声を掛けると、彼女は克己を見て不思議そうな顔をした。
「あら、宮司さんとこのぼん? どうしたん?慌てて」
「人を探してるの。背の高い、髪の長い男の子見ませんでした?」
「お人形さんみたいに綺麗な顔した子?」
「そう。知ってるんですか?」
「朝方も神社で逢うたし、さっきここ通りましたよ。そやけど――――」
「何時ごろ? どっちに行きました?」
「半時ほど前やろか。この坂下りて……女の子と一緒やったよ」
「女の子と一緒?」
 老婦人はまた不思議そうな表情で、克己の顔をしげしげと眺め、
「いや、そやけどびっくりしたわ。小さい時からぼんはよう知ってるけど、その一緒やった娘さんがぼんに生き写しで。お姉さんか妹さんがいはったん?」
「え……」
 克己は答えに窮した。思い当たる者がいる事はいる。しかし彼女は……
(まさか――――)
 曖昧にごまかし、老女に礼を言うと克己は言われた方角へ走り出した。
(咲也を連れ出したのは環?嘘だ。そんな筈は無い……だって姉さんは――――)
「咲也! 咲也!! どこ行ったの!?」
 克己の叫びは夏の空に吸い込まれるばかりだった。

page: / 86

 

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13