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鳥篭~とりかご~ - 六

2015/02/17 07:31

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(やっぱ、俺も例外は認めてもらえないか)
 鵺を封じ込めてから一時間近くが経って、和馬は少し自分のした事を後悔していた。
 剣家最大の秘奥義であり、禁じ手とされていた“鳥篭の術”を使い、妖獣鵺を捕らえたまではよかった。だが、術者自らの魂を檻と化し、魔物を封じ込めるこの大技を使って、今まで生還した者はない。その通例を覆す気でいたが、やはり逃れらぬのだろうか。
 このまま鵺を閉じ込めておく事だけなら、まだしばらく……いやこの先、永久にでも可能だろう。だが、今こうして意識をもち、考えている和馬は霊体……魂だけの存在。肉体とは離れてしまっているわけで、つまり身体の方はからっぽ……仮死状態なのだ。短い時間なら放っておいても何とかもつが、あまり長引けば……禁じ手となった真の理由はここにあったようだ。
 離れていても、細い不可視の糸で結ばれた自分の身体の状況は和馬に伝わっていた。
 そして、もう限界が近いことも……呼吸は完全に、心臓もほぼ停止した。脳は何とかまだ持ちこたえているけれど、酸欠でもはや時間の問題だ。仮にうまく事がはこんで、魂が身体に戻れたとしても、ちゃんと意識が戻るかどうか――――
(いけねえ、いけねえ。今更、後悔したって始まらねえもんな……覚悟の上でやった事じゃねえか。そうさ、これが最良の選択だったはずさ。無駄な死に方じゃ無い事だけは確かだよな……それで充分だよ)
 自分に言い聞かす様な和馬の心の呟きは、同化し、手助けしている仲間達にもきこえていた。
「充分じゃないだろう! 弱気になるな」
「まだあきらめるな! 瀬奈さん達はすぐに来る。その手で、親父さん達の仇を討ちに行くんだろう!」
「辛ければ一旦術を解いてもかまわない。その間、我等だけで何とか持ちこたえているから……」
 生き残りの術者達の声。
(アキラメルナ)
(イキロ……)
 そして鵺の前に散った術者達の霊もまた。
(みんな……ありがとうよ。だが今、術を解くわけにはいかねえ。悪いが“鳥篭”以外に鵺を閉じ込めておくのは不可能だ。術を解いたが最後、ここにいる人間全員その瞬間に鵺のエジキだ。生き延びたとしてももう一度これだけの大技を使える自信は無い。いざとなったらこのまま俺が封印となって、鵺と抱きあったままこの地に眠ってやるさ……鵺は相手が俺じゃあ迷惑だろうけどさ。だから、あんたらこそ、いつだって逃げていいんだよ。掟を破ったのは俺自身で、その報いを受けるのは俺だけでいい。命のある者は生き延びてくれ。お願いだから……)
 和馬が本気で覚悟を決めている事は、同化しているだけに、皆にわかる。生き残った僅かな仲間を、心底心配している事も。だが、わかるからこそ、この若者を見捨てて逃げる事は出来なかった。
「……ここで逃げ延びられたとて、この騒ぎの張本人がまだいる以上、我々は戦わなくてはならん。生き延びられるとは限らんのだよ。我々は自らの意志でここにいるのさ」
「そうそう。それに、君や瀬奈さんであの魔導師を倒してくれるってんなら、この後、俺達は楽できる。本当の意味で生き延びられるって寸法さ。そんな小ずるい思惑なんかも持ちあわせてるんだから、俺達に気を遣ってないで、何とか諦めないでもう少し頑張っみようぜ」
 再び励ましの言葉が返ってきただけで、いっこうに、誰一人としてこの場を離れようとしないのに少し和馬は呆れたが、同化している仲間に和馬の心がわかるように、和馬も皆の心がわかる。彼らの覚悟は揺るぎ無い。もはや逃げろと言っても無駄だと悟った。
(まったく……)
 もう和馬は考えるのをやめにした。ここは耐えられるだけ耐えるしかない。克己達が来るのがたとえ間に合わなくとも”鳥篭”は消えない。鵺を捕まえておくことだけは出来るのだから。
 そして数分後……
(いよいよだな)
 和馬の魂と肉体との縁が今まさに切れようしたその時――――
「あれは!」
「瀬奈さん達か?!」
 乾いた河原に舞い上がる砂埃の向こうに、数人の人影が見えた。それは駆け足の速さで次第に大きくなってくる。
 先頭の人影が二つに別れた。背負われていた小さな人物が飛び降りたのだ。
「和馬さ――――んっ!」
 聞き覚えのある声。今が生身の存在なら、和馬は泣き出していたかもしれない。
 真っ先に駆けて来たのは、背に大弓を負った緋袴の、勇ましい姿の小さな巫女だった。

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