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降臨~こうりん~ - 七

2015/02/17 10:42

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 克己と和馬は未だ魔法の檻の中だ。だが、和馬が抜け出す方法を思い付き、すでにそれを試みている最中だった。
「これが俺の“鳥篭の術”と似たようなものだとすれば、中からは無理でも外からならばわりと脆く破れる。たぶんさっきの魔王の気で弱くなってるはず。さっきやったみたいに大気の精霊やその他の自然の精霊を説得してみてくれ。気が通らなくても、言葉なら外に届くだろ」
 和馬の提案に、克己はやや複雑だった。たしかにそれしか無さそうだが……
「あの言葉は、使おうと思っては使えない。いつも勝手に出てくるんだ」
「それでもいいさ。咲也君を取り戻す、これが最後のチャンスなんだぜ。無心になれ。そうすればきっと、また奇跡は起きるよ」
「……」
 克己は目を閉じ、胸に手をあてた。懐の小さな固い感触が指に当たった。身を呈して克己を守って消えてしまった鵺……鵺も環と同じ事を言い残した。咲也を取り戻せ、と。
 やるしかない。咲也をこの手に取り戻すために。想いをこめて、克己は口を開いた。
「とおひてや、くわふぬ、まな、くの、てもてな……」
 思ったよりすんなり、言葉は出てきた。というより、克己は普通に喋りだしたつもりだったが、口の方が勝手に古代語に変換しているようだった。
 言葉は唄の様に優雅に広がり、その懐かしい響きに、万物の精霊達は耳を傾けた。
 遠い遠い昔……まだ人も神も妖魔も自然の精霊も、共にあった頃の言葉……この星が美しかった頃の言葉――――その言葉を語る者が助けを求めている。
 まず、先程の大気の精霊が現れた。次に火の精霊が。そして大地、水、木と続き、五行が全て集まって、魔法の檻を壊しはじめた。
 勿論、麗夜も黙ってさせてはおかぬ。精霊魔法に精通している彼は、魔法の呪文で精霊達を鎮め、やめさせようとした。だが……呪文が効かない。こんな事は始めてだった。
「何故だ?!」
「それは克己坊が陰陽を備えてるからさ。あんたはその片っぽ、陰だけだ。どちらが完璧かは明らかだ」
 光の檻から開放された和馬が言った。
 この世を形造るのは陰と陽。そして五行。西洋では四っつ……四大元素と呼ばれるもの。大気、火、水、土(東洋では木も)全てが循環し、助け合い、打ち消しあいながらバランスをとっている。その中央にあるのが陰陽。光と闇、相反するもの。そのくらいの事は魔術師の麗夜は承知の上。基本中の基本、それを知らなければ魔法など使えない。だが忘れていた事がある。克己が姉の環と一つになって生き返った事。男と女、静と動、生と死……さまざまな陰陽を兼ね備えた克己はこの世の全てを体現しているとさえいえる。また、ここまでに見せた奇跡の数々も、そこから来ているのだ。
『克己は人と自然、妖魔が共存する事によって未来を決めようとしている……』
 咲也は……天使はそう言った。
(やはり、もう一つの未来が正しいというのか?)
 魔術師に焦りが生じた。
 克己と和馬は精霊達によって魔法の檻から助け出された。
 これで、互角に勝負再開だ。
 屋上に妖しい風が吹き抜ける中、再び激しい魔法戦が始まった。
 麗夜は片手を上げ、もう一方の手にした杖を真っ直ぐに床に突きたてた。杖の先から広がった衝撃は、床に液体の様な波紋を描きながら広がった。空間の歪みを生んだのだ。
 しかし克己と和馬は影響を受けなかった。間一髪で和馬の式神が間に合い、空中に二人を浮かせていたからだ。
 克己は宙に浮いたまま、かわらけを放つ。味方についた火の精霊がそれに宿り、小さな円盤は炎に包まれて麗夜に向かって飛んだ。
 克己とほぼ同じタイミングで、和馬は、対鵺戦にも使った紙吹雪の様な型代を、空に向かってばら撒いていた。微細な紙切れは、その一片一片が今度は蛭に変わった。小さく不気味な吸血の生き物は、恐ろしいほどの数で麗夜に降り注ぐ。
 炎の円盤は跳ね返されはしなかったものの瞬時に麗夜が軌道上の空間を歪めたため、大きく曲がって標的を外した。だが、そちらに気をとられていたせいか、麗夜は和馬の式神にまでは防御がまわらなかった。
 ぴと、ぴとっと水っぽい音をたて、何千の蛭が麗夜の衣服に、肌に貼つく。それらは這いずりながら袖口から、襟から、裾から入り込んだ。敵ながら美しいだけに、全身を真っ黒に覆われた麗夜は、放った和馬ですら目を背けたくなるような、惨澹たる姿だった。吸血の生き物は、陶磁器の様な白い肌に牙をたて、その血を吸い始めた。だが――――
 ぼたぼたと一斉に蛭は床に落ちて、溶けて無くなり、麗夜の美麗身がなんら変わる事無く現れた。
「私の血はお口に合わなかったようだよ」
 麗夜は冷たく微笑んだ。
「毒っけがきつすぎるってか?」
 軽口を吐いていても、さすがに和馬の表情は強張っていた。
 これが効かなかったとなると、もう手は無い。麗夜には“鳥篭”もきかないだろう。
(どうすればこいつを倒せる?)
「そろそろ終わりにしようではないか……私も最高の奥義を使わねば、頑張った君達に失礼だな」
 麗夜は再び、空に杖で図形を描いた。今度はとてもシンプルに、ただ円だけを。
 それがこの魔術師の、世にも恐ろしい最高の奥義だった。

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