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鳥篭~とりかご~ - 九

2015/02/17 07:36

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「鵺、動かずに待ってろ!」
 言い残して克己は振り返った。
 俊己、葛西をはじめ、皆がすでに集まっていた。人垣の中央には、和馬の巨体が横たわっており、数人の男が分厚い胸板に手を押し付けて、心臓マッサージを試みている最中だった。周りの者も、懸命に気を送って心霊治療を行っている。
「和馬さん!!」
 克己が駆け寄って揺すっても、和馬は動かなかった。
「だめだ……息を吹き返さない!」
「そんな! 間に合わなかったのか?!」
「確かに光りは身体に戻ったのに!」
 絶望に近い仲間達の声の中、克己は和馬を揺さぶり続けた。
「和馬さん! ねえ、目を開けてよ……和馬さん!!」
 必死の呼びかけにも、閉じられた青ざめた瞼は閉じられたままだった。
「一緒に行こうって言ったじゃない……最後まで、麗夜を倒すまで。お父さんやお母さんの仇を討つまで!」
 克己の目から涙が溢れた。もうだめだという思い、間に合わなかったという自責の念が心の大半を占めていて、涙を流しているんだと気づき、克己は慌てて涙を拭った。
(まだ……諦め無い!)
 ここで泣いたら、和馬の死を認めた事になるではないか。
 すでに心臓マッサージをする手も止まっていた。だが、克己は諦めてはいない。辺りを見渡して、和馬がいない事を確かめ、まだ助かると確信した。一度死んだ事のある克己だからこそ、身体が死んでも魂は急にはあの世へ行ったりはしない事を、経験として知っているから。本当に駄目なら、和馬はまだこの辺にいるはずだ。まだ時間的にも、環のいた“あの世とこの世の境”にも行っていないだろう。ならば、和馬はまだここに……この身体の中にいるのだ。
「マッサージを続けて。気を送るのも止めないで! 大丈夫、間に合うから」
 克己の指示に、大人達は素直に従い、また蘇生術を再開した。克己が言うんならそうかもしれないと思えたからだ。再三、この小さな巫女は奇跡を起こして来た。それを目撃して来たから。今度もきっと、奇跡は起きる。信じて従うのみ。
 次に克己が起こした行動に、皆が目を丸くした。和馬の頭を抱いて、唇を重ねたのだ。勿論、人工呼吸を行っているのだが、父親の俊己には少しばかり酷な眺めだった。心では息子だとわかっていても、可愛い自分の娘が若い男に唇を許している……人の命のかかった緊急の場合だから、止めるわけにもいかず、複雑な心境で見守った。
 どのくらい経っただろうか。一~二分、というところか。克己が息を吹き込み続けて、しばらくして、一人があっ、と声をあげた。
「今……指が動きませんでしたか」
「何!」
 俊己が慌てて和馬の胸に耳を押し当てた。克己も顔を上げ、その様子を固唾を飲んで見守った。
 俊己の表情がみるみる変わっていく。
「鼓動が……聞こえる」
 わあっ!と歓声が上がった。
「う……ん……」
 皆の視線が覗き込む中、和馬はうめき声を漏らして、眉根を寄せた。
「気がついたの?」
 克己が訊くと、和馬はうっすらと目を開けた。ぼうとした視線はまだ焦点が合わず、宙をさまよってる。
「……生きてる……のか? 俺……」
 掠れた声が和馬の口から漏れた。誰に訊くともない、自分に確かめるみたいな言葉。
 頷く克己の目からまた涙が零れた。今度は嬉しさから来る涙だった。克己の顔は丁度真上から和馬を覗き込んでいる形だから、その涙は和馬の頬に落ちた。その温かさに、改めて気がついた様に、和馬は数回瞬いて、克己を見上げた。
「……よお、お姫様。何で泣いてんだ?」
 いかにも和馬らしい目覚めの挨拶だった。
「和馬さん……良かった――――」
 克己は思わず和馬の首に抱き着いた。片っぽだけの手が応えて、克己の頭を撫でた。
「泣くなよ。まだ終わっちゃいないんだからさ……始まるんだよ、今から」
 和馬は俊己達に助けられ、ゆっくりと身を起こして、周りの人々を見渡した。どの顔も表情は明るかった。
「よくがんばったな」
「正直、もう駄目かと思ったぞ」
「いや、本当によかった!」
 口々に言葉が飛んできた。
「みんな、すまない。皆が助けてくれたから……克己坊達が間に合ってくれたから、俺、一族最初の“鳥篭”からの生還者になれた。もう一度、一緒に戦う機会をくれた。犠牲になった他の多くの者には、申し訳ないが……本当に感謝する」
 頭を下げる和馬を咎める様に俊己が、
「礼など言うな。君が先刻言ったように、これからが始まりなのだから。もしかしたら生き残ったほうが辛かったと、後悔せねばならないかもしれんのだ。それに……君のおかげで鵺も無事調伏出来たのだから」
 厳しい口調で言った。しかし、目は愛児を見る慈父のそれの様に優しかった。
 そして克己も。
「そうだよ、和馬さん。お礼を言わなきゃいけないのは、僕の方だ。ああして、命懸けで捕らえていてくれたから鵺を射てた。鵺も命令に従うって言ってくれたよ……一緒に麗夜を倒しに行こう。ご両親の、死んでいった仲間達の仇を討ちに、咲也を取り戻しに、この街を……京都を元に戻しに行こう」
「瀬奈さん……克己坊……」
(人間達ヨ。急ガネバ間ニ合ワ無クナルゾ)
 離れた処から、鵺の声も飛んできた。
 和馬は立ち上がった。先刻まで生死の境をさまよっていたとは思えないほど、その姿は力強かった。
「よっしゃ! 行こうぜ。麗夜の処に!」
「はい!」

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