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失踪~しっそう~ - 一

2015/02/16 13:40

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(暑い……)
 堪らない暑さに身を捩ってうっすら目を開けると、眩しい光が目に飛び込んできて、思わず咲也はもう一度目を閉じた。
 ぼんやりした意識が段々はっきりしてきてしまった……と思った。昨夜はすっと遅くまで雲母を待っていたが、知らぬ間に眠っていたらしい。窓から差し込む真夏の太陽は高い。かなり朝寝坊してしまったようだ。
 隣を見るときちんと畳まれた布団が置かれているのみで、すでに克己の姿は無い。
「もう! 起こしてくれればいいのに!」
 慌てて咲也は着替えて部屋を飛び出した。
 母屋の入り口をくぐって、壁に掛けられた時計を見ると10時を過ぎていた。
「わちゃぁ……これはヒドイ」
 思わず独り言を漏らしてしまい、聞かれていたら恥かしいなと辺りを見回して、咲也は違和感を感じた。
 時を刻む時計の音以外は物音一つせず、家の中はしんと静まり返って、まるで人の気配がない。
「克己、いないの? おじさん? おばさん?」
 一部屋ずつ確かめながら廊下を行くが、どこからも返事も気配もまったく無い。克己も珠代も俊己も和馬も誰も。
「誰もいないの? ねえ?」
 咲也はひどく孤独だった。そして不安。
 居間に入ると、卓袱台の上に蝿よけの網がかけられた朝食が一人分用意してあった。その横にメモが一枚置いてある。飛びつく様に目を通すと、見慣れた克己の文字で

 “咲也へ
目が覚めたら朝御飯を食べておとなしく待っていて下さい。すぐ帰ります。
克己 追伸 間違っても境内から出ない様に”

 そう書かれていた。
 ほっとしたのと同時に、何かあったのではという懸念がわいてくる。
 俊己、和馬はともかくとして、克己や珠代まで居ないとは……一体どうして? 何処へ行ったのだろうか? 雲母も結局戻って来ていないようだし……まさか彼女に何かあったのか?それともまた火事でも起きたのか?
 いかに疲れていたとはいえ寝過ごした事を咲也はひどく後悔した。とても呑気に朝御飯を食べている場合じゃない。かといってどうする事も出来ないし――――
 やけに広く感じる家の中で、咲也は一人っきりで途方に暮れるのだった。
 そんな様子を、天井の梁にとまった一枚の白い紙切れが見守っていた。


 その頃、克己と珠代は五条通りに面したとある病院にいた。
 受付で病室を訊くと、外科病棟の三階だと教えてくれたが、今はまだ面会は出来ないという。担当の医師から話があるが、今は手が放せないらしい。仕方なく二人はロビーで腰掛けていた。もう一時間近く待っている。
 病院から電話があったのは、今朝の七時を少し回った頃だった。
 俊己と和馬は、結局帰って来なかった雲母を諦め、夜が明けると同時に禊ぎをし、身支度を整えて出ていった。例の火事を起こす物の怪を退治に出掛けたのだ。
 雲母の様に未来を見るというのでは無いが陰陽師の和馬も卦を読むのが本職だ。五行と星の流れを読む天文道を駆使して得た結果は『本日西が凶方』と出た。雲母の話だと次に火事が起こるだろう場所は、右京区の大将軍と南区の東寺の辺り。その内、大将軍は御所からは西にあたる。的を絞って二人で出向く事にしたのだ。念の為、もう一箇所も別の術者に監視を依頼した。
 出ていった男達を心配しながら、珠代が子供達の朝食の支度をしている時、電話が鳴った。相手は刑事だった。
「今、病院からですが、占い師の橘雲母、本名立花美千代という女性をご存知で?」
「はい。昨日うちへお見えになられた方ですが――――その方が何か?」
「今朝未明、マンション前に駐車してあったタクシーの中から、意識不明の重体で発見されまして……一緒に発見された運転手はすでに死亡しておりました。夕方から連絡が途絶えて、タクシー会社も不信に思っていたらしいんですがね。近所の住民が止めっぱなしの車の中を覗いたら死んでたんですよ。後部シートに乗っていた彼女は、何とか一命はとり留めましたが虫の息の重体で。乗務員記録によると最後に女性一人……こりゃ橘さんの事でしょう。で、引き返して同じく行き先はお宅の神社へ、って事でしたので連絡を。肉親との連絡もつきませんので……」
 すぐに参ります、と返事をして慌てて切ろうとすると、刑事は
「あ、それともう一つ。意識が無いんですがうわごとで何度も人の名前を繰り返してるみたいなんですよ……“さくや”って誰か心当たりありますか?」
 電話の後、克己を起こして事情を説明した。
「やっぱり帰すべきじゃ無かった!監視されてたんだ!」
「どうしよう、克己ちゃん……」
「父さん達とは連絡つかないよね。母さんだけじゃ事情が掴めないだろうし、危険だ。
 ――――咲也を呼んでるらしいけど今外に出すのは……放って置くのも心配だし」
「ここは少しは安全よ。和馬さんが式神を残していってくれたの。ちゃんと咲也ちゃんや神社を守るようにって命令してあるんですって。今は見えないけどいるわ」
「うん。感じる。天井だね……さっきから気になってたけど式神だったのか。じゃあ咲也は彼に任せて、僕も行くよ。でも……雲母さん咲也に何を――――」

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まいるどタブレット小説 Ver1.13