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送り火~おくりび~ - 四

2015/02/17 11:02

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 これで本当によかったのだろうか?勝利したといえるのだろうか?克己は思った。
 早すぎた魔界の侵攻から、この街は、この世界は救われたかもしれない。
 だが、失ったものばかりが多すぎる……何もかも、克己の大切なものはすべて。
「ごめんね……父さん、環、鵺。僕は結局咲也を助ける事が出来なかったよ……」
 また、克己の目から涙がこぼれた。もう涙は枯れたと思えたのに、どうして、あとからあとから溢れてくるのだろう。ひょっとしたら、このまま一生、止まらないかもしれない……そう思えるくらいだ。
 今は動く事も出来ないらしい克己を、しばらくそっとしておこうと、和馬は声をかけるのを憚った。そして、咲也を床に横たえたままにしておくのも気の毒に思い、抱き上げようしたその時――――
「あ……」
 和馬は見た。
 静かに横たわる咲也の上に、飛び立ったはずの天使が浮かんでいるのを。
「おまえ……おん出されてどっかへ行っちまったんじゃ無かったのか?」
 翼を持つ、半透明の咲也は和馬に向かって困った顔で微笑んだ。
「僕は咲也の一部だからね。何処かへ行ってしまえるものじゃないんだよ……かと言って、咲也がその気になってくれないと元にも戻れないし……どうしよう?」
「どうしよう……って、死んじまったら、咲也君だってその気になろうにも、なれないわな。そりゃ」
 何だか妙な、緊張感の無い会話だな……目の前には自ら胸を刺して死んだ少年、後ろではその死を悼んで泣いている少女。そして会話の相手は、少年と同じ顔の天使。そんな普通では無い状況なのに……和馬は自分でも少し呆れた。
 そして、ふと気がついた。
「……ちょっと待て。お前がまだ消えてないってことは、咲也君の魂は、まだいるってことか?」
「うん」
 無邪気な仕草で天使の咲也は頷いた。
「ならば……ひょっとしたら、助けられるかもしれない……おい、克己坊!」
 和馬は克己を呼んだ。
「?」
 泣き伏せていた克己は、呼ばれて顔を上げてはじめて、天使の存在に気がついた。
「克己坊、悲しむのは後だ。咲也君はまだいる……生き返らせる事も出来るかもしれないぜ」
 その和馬の言葉に、克己の涙がぴたりと止まった。
「でも、心臓止まっちゃってるんだよ。和馬さんの時みたいに無傷でもない」
「いや……俺に考えがある。いちかばちかの賭けだけどさ、やってみない手は無い。お前さんは咲也君を説得しろ。魂を――――この天使は、いればそりゃ迷惑な存在かもしれないし、今まで咲也君が辛い目に遭ってきたのは、何もかもこいつのせいかもしれないけどさ……」
「ひどい言われ様だ」
 天使はぷうっと頬を膨らませた。それを無視して、和馬は続けた。
「もう一度迎え入れてやってくれって……そう咲也君に伝えてくれ。お前の言葉なら、きっと、聞いてくれるよ」
「……」
 和馬の思惑がなんであるのか、克己にはわからなかったが、言われた通りにやってみるしか無い。万に一つでも、咲也を生き返らせる望みがあるというのなら……
「やってみる」
 克己は静かに横たわった咲也の頭を抱え、目を閉じて額を合わせた。触れ合った肌は、冷たかった。
「咲也……聞こえる?」
 勿論、言葉が返ってくる筈はなかった。だが、克己は語り掛け続けた。心で……
天使と、和馬が見守る中、沈黙の数十秒後克己は顔を上げた。
「わかったって。咲也は、君が戻ってきてもいいって」
 そう告げられて、天使は無垢な微笑を浮かべた。咲也と同じ顔で。
「ありがとう」
 その礼は、克己に対してだったのか。それとも、迎え入れてくれる咲也に対してだったのか。
 すうっと、天使が咲也の身体に消えてゆく
 帰ったのだ。天使は、咲也の魂の中に。
 だが、咲也が急に生き返る事などなかった。冷たい体は血の気も無く、短剣の突き刺さったままの胸は動く事もない……
「和馬さん……」
「まあ、見てろって」
 そう言ってみたものの、和馬にも自信があったわけではない。彼も言ったように、これは賭けなのだ。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13