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失踪~しっそう~ - 六

2015/02/16 13:43

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 病院から急ぐのでタクシーに乗ったのはいいが、予想以上に道が混んで帰りついた時には午後1時をまわっていた。さぞ咲也が一人っきりで心配している事だろうと、大慌てで克己は玄関に飛び込んだ。
「ただいま。遅くなってごめん」
 何処行ってたんだ?と咲也の声がするかと思ったが、予想に反して、克己を迎えたのは沈黙だった。
 家の中はしん……と静まって返事一つ返って来ない。
「咲也? 帰ったよ」
 返事は無い。
 待ちくたびれて拗ねてるのだろうか?
 克己は廊下を行きながら何度も咲也を呼んだが、一向に返事も無く、気配も無い。
「まさかまだ寝てるんじゃ……」
 離れの自分の部屋も覗いてみたが咲也の姿は無かった。着替えたあとがある。起きてはいたらしい。
 社の方だろうか?じっとしているのも退屈なのでそこいらを歩いているのかも……
「咲也! 咲也? どこ?」
 しかし神社の境内をくまなく見て回っても咲也はいなかった。
 じわじわ不安がこみ上げてくる。
 境内から出るなと言ってあるので、勝手に外へ出たとは思えない。幾ら咲也は見えないと言ったって、自分の特異な体質の事はよく知っているし、今外は危険で、その中に護衛も無しに出ればどうなるかくらいわかる分別もあるだろう。
 では何故いない?
 自分から出ては行かないだろう。なら誰かに連れ出されたのか?まさか留守中に何か襲って来たのでは……
 克己は身を翻して家に戻った。
 先刻見た限りでは、おかしい様子も争った跡も無かった。護衛に和馬の残した式神もい
た筈だ。何かが外から襲って来たのであれば式神が相手に立ち向かっているはずだ。
 もう一度家中見て回って居間へ入った時、克己は部屋の隅で微かな物音を聞いた。
 壁と棚の隙間からだ。かさかさっと何かが動く気配と、子猫の鳴き声に似たかぼそい消え入りそうな声。
 そっと覗くと金色の三つの目と視線が合った。小さな妖しい生き物が克己をみつめ返している。妖気は感じるが、悪いものでは無いのがわかる。今朝、天井から感じたのと同じ……和馬の式神らしい。
 式神は克己の顔を見て、怯えた様に身を縮め、しゅう、と牙を剥いて威嚇の声をあげた。
「出といで。ほら……」
 克己が手を伸ばすと、いきなり噛み付いてきた。激痛に手をひっこめると、食らいついたまま離れずについてきた。手を思いきり振り、引き剥がすと小さな鬼は畳の上に嫌な音をたてて叩き付けられ大人しくなった。
「痛……」
 克己の手に深々と赤い穴が二つ開いた。
 式神はしばらく動かなかったが、やがてよろよろ立ち上がり、もう一度克己の顔をじっと見て、敵で無い事にやっと気がついたのか、慌てて足元に寄ってきてぺこぺこ謝るような仕種を見せた。
「いいよ、謝らなくても。びっくりしたんだね……僕こそごめんね。痛かったろ?」
 もう一度手を伸ばして触れると、今度は抵抗せず、自分のつけてしまった傷を何度も舐めた。痛みは消え、傷はたちまち塞がった。
 よく見ると、克己が叩き付けただけで無く最初からかなり弱っていた様だ。あちこち傷だらけで、背中に生えた魚の背鰭に似た薄い羽根は今にもちぎれ落ちそうだ。手や足は輪郭がぼやけて、本来の姿である紙切れに戻りかけているではないか。
 あきらかに何かと戦ったのだ。
「咲也は? 和馬さんに咲也を守るように言われてただろ?」
 式神は頷いて、それからキイキイ鳴いた。言葉はわからないが、何か訴えているようだ。必死に手振りで知らせようとしている。
 何かと争う様子を見せた後、式神は外の方を指差した。
「外へ連れていかれたの?! 守ろうとしたけどやられたんだね?」
 少し躊躇ってから式神は頷いた。
「大変だ――――」
 もはや克己の頭の中からは、雲母の事も、謎のメッセージも何処かへ消え去った。
 それどころでは無い!
 不安と、一人で咲也を残した事への深い後悔、罪悪感が克己の胸を占めていた。
(ああ……何かあったら僕のせいだ! せめて一緒に連れて行けばよかった!)
 しかしもう遅い。こうなれば、一刻も早く咲也を見つけなくては。
 克己が駆け出すと、式神は克己の足に縋りつき、自分も連れて行けという身振りをした。命令通り守れなかった責任を感じているのだ。
「よし、一緒においで」
 妖しい生き物を肩に乗せると、克己は家を飛び出した。

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