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百鬼夜行~ひゃっきやぎょう~ - 二

2015/02/16 13:48

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 再び勢いよく駆け戻って来た克己に、珠代が呆れて声をかけた。
「さっきから何ばたばたしてるんよ」
「だって! ねえ母さん、誰か魔法とか占いとかに詳しい人知ってる? オカルト関係の本をいっぱい持ってる人でもいい」
「さあねぇ……思いあたらへんね。父さんなら知ってるかもしれへんけど」
「今留守だしね――――」
 考え込んだ克己の頭に、ぱっとしない眼鏡の顔が一つ浮かんだ。
(オカルトか……いたな、そういえば)
「何か嫌だけど、原田に訊いてみようかな」
 思い当たる人物が克己の知り合いにいない事も無い。クラスは違うが学校の同級生。
 原田というその少年を、克己は毛嫌いしていた。必ず一人はいる、やけにマニアックな本ばかり読んでいるような暗いオタクタイプ。
〈オカルト研究会)なる怪しげな同好会の会長だ。実質はホラー漫画を機関紙に載せたり荒唐無稽な話をしているだけのサークルだが、本物の克己や咲也に入会をしつこくせまって来るのだ。それだけでも充分鬱陶しいのに、更に克己が気にくわないのは原田の咲也に対する態度。馴れ馴れしく肩を抱いたり、髪に触れたり、やたら媚を売った喋り方……咲也を見る眼鏡の奥のあきらかな好色の目。思い出すと鳥肌が立つ。それが嫉妬だとは気づかないまま、克己は原田を虫の好かない奴だと思っている。しかし確かにその道の知識が豊富な事は否めない。
 恩を着る事になるが、この際やむを得まい。
 生徒名簿で調べて電話をかけてみた。実家は千葉だ。
「はい、原田ですが」
 幸い留守では無く、しかも本人が出た。
「もしもし……原田くん? 僕。2組の瀬奈」
「ああ、克己君? 元気? わあ、どうしたの? 今どこから?」
 克己君ときた。思わず顔を顰めて受話器を睨んだ。気を取り直して、
「今、実家。京都からかけてるんだ。君に尋ねたい事があって」
「ボクに? 何かな?わざわざ京都から」
「……突然だけど、魔術関係で頭に“杯”のつく、何か特別な意味を持った言葉ってある? “杯の”までわかってるんだけど」
 返事はすぐに返ってきた。
「杯の技っていうのがあるよ」
「……杯の技? 何て意味?」
「Invocation。意味は“召還”。天使や神、悪魔など、大いなるものを呼び出して一体化し、その知識や力を得る魔法。杯というのは魔術では大きな位置を占めているからね。四大元素の一つである水を意味するもので――――」
 得意気に、原田は長々と説明をはじめた。多少うんざりしながら克己は大人しくメモしていたが段々話が逸れていって、これ以上はらしい言葉が出て来なかったので打ち切った。
「……さすが。よく知ってるね」
「これだけでいいのかい?」
「うん。ありがとう。参考になったよ」
 と、礼は言ったが顔は憮然としている。
 目的は果たしたし早く切ってしまいたかったが、何か誤解したのか原田は喋り続けた。
「克己君が魔法に興味あるとはね。少し驚いたよ。何だったら今度、関係の本貸してあげるよ。ウチのサークルにも顔出してよ」
「……そのうち」
「そういえば日下部君、君ん家に遊びに行ってるんだよね。彼、元気?」
「……うん」
「夏休みも考えモノだね。あの美しい笑顔が見られないなんて淋しくてさ。ああ、ボクの天使様!ホントに君が羨ましいよ」
「……」
「克己君?」
 答えず克己は受話器を置いた。
 やはり原田に訊いたのは失敗だった。親切に教えてくれたし、決して悪意が無いこともわかっている。それに、こちらの状況を知らないのだから仕方が無いのだが、やはり咲也の事を言われるのは辛い。おまけに露骨に克己の神経を逆撫でする様な最後の言いまわし。何よりあれが気に食わなかった。
「ボクの天使様だって? 笑わせんな」
 酷く低次元な所で怒りを感じて、克己は仇を見るみたいにしばらく電話を睨んでいたが、冷静に戻ると、何も言わずに通話を絶ってしまった事を後悔した。余りに道理に反した、子供っぽい行動を取ってしまった。反省。
 まあいい、学校が始まったら謝ろう……それで済まそうとした自分に気がついて、克己は笑っていいやら怒っていいやらわからぬ複雑な心境になった。
(学校か───夏休中に全てが終わればね。果たして、また無事に咲也と揃って学校に行ける日が来るのだろうか?)
 その考えを吹き払う様、克己は小さく数回首を振って、メモに視線を落とした。
 原田が最初に言ったやつが克己の目に止まった。勘がまさにこれだ、と言っている。
「召還───大いなるものを呼び出し、一体化する……力を得るってのがちょっと違うけど、召霊みたいなものかな?」
 これが雲母が命を懸けて伝えたかった事?
 正直なところ、何だか拍子抜けだ。簡単な召霊なら克己にも出来ない事は無い。
 だが考えてみれば“大いなるもの”というところがミソなのかもしれない。原田は神や悪魔などと、えらくスケールの大きなことを言っていた……一体化して、神はともかく“大いなる”悪魔の力や知識を得て、それを使うとなると、これは問題ではなかろうか。
(京都は首都に返り咲く――――死霊悪霊が蘇り、魑魅魍魎が跋扈する死の都……人は暗い影に脅え、絶望と恐怖に満ちた日々を送る――――魔界の首都に)
 まさに、雲母の禍々しい予言に当て嵌まるではないか。
 魔術師は“大いなるもの”を呼び出して、京都を死の都に変えようとしているのか?
そしてこの場合の“大いなるもの”とは神や天使ではあるまい。数々の街を守護する神聖な砦を消し去り招くもの――――
 克己は敵の恐ろしい思惑を理解した。だが腑に落ちないことがある。
 咲也は?
 雲母は咲也が鍵を握っていると言った。そしてあんな状態になっても尚、咲也を呼び続けた。おそらくこれを伝えたかったのだろう。
 召還と咲也……どう繋がるのか。
「……」
 克己が考え込んだ時、玄関の方が突然賑やかになった。
「――――!」
 叫び声。
「待ってて!」
 珠代の声だ。ばたばたと廊下を走る音。
 気が散ったので、考えるのを一時中断して克己はそちらへ向かった。
 廊下に出た途端、走って来た珠代と鉢合せた。
「克己ちゃん!」
 彼女は酷く取り乱している様子だ。
「どうしたの? 何かあったの?」
「た……大変!! ああ……どうしよう!」
「落ち着いてよ。大変って?」
「今、和馬さんが帰って来はってん!」
「和馬さんが?!」
「そう! でも……」
 慌てふためいた珠代が何か言いかけた時、彼女の背後に大きな人影がぬっと現れた。
「奥さん、そんなに慌てないで下さいよ」
 母の動揺の原因は、いつもの人懐っこい顔で天井近くから克己を見おろしていた。
「よお、克己坊。いい子にしてたか? 遅くなってすまなかったな」
 和馬の姿を見て、克己は声も無く立ち竦んだ。珠代が慌てるのも無理は無い。
「おい、お前までそんなお化けでも見る様な目で見るなよ。お兄さん泣いちゃうよ」
「――――和馬さん……それ……」
「ああこれ? なあに、ちょっとね。喰われちまったのさ。化けモンに」
 そう言って悪戯っ子みたいな笑顔を見せた和馬の左の手は、二の腕辺りから先がきれいさっぱり無くなっていた。

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