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鳥篭~とりかご~ - 二

2015/02/17 07:21

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「剣君……」
「手を出すな。今更だがこいつと俺は腐れ縁みたいなもんでね。それに……もう犠牲は俺だけで沢山だ。あんたらは逃げのびて瀬奈さんの力になってやってくれ」
「しかし!」
 止める声を無言で制して、鵺を睨みつけたまま和馬は更に前進を続けた。
 今度はやられる……和馬はそう思った。
 だが不思議と、もう恐怖も何も感じなかった。ただ、この目の前の獣に対する怒りと闘志だけが和馬を動かしていた。
 群れからはぐれた次なる獲物を見つけた妖獣だったが、ここに来て鵺の方もやっと因縁の相手を思い出したのか、和馬の姿を確かめてその猿面の表情が変わった。再三戦って仕留められない相手、パワーアップしても鵺は和馬を油断ならぬ相手と認識しているらしい。
 もう鵺の目には他の誰も映らなくなった。
 ぐるぐる……と地の底から湧き出る様な唸り声を発し、鵺の額の角が金色の色彩を灯し始める。
 和馬は胸前で剣印を結んで呪文を呟きながら、空気に満ちる万物の力を集め、温存していた気を一気に解放して戦闘体制に入った。先日の傷はまだ癒えていないものの、怒りとこれで最後だという覚悟が、いつにもまして彼の霊力を増大させていた。その発散する気が渦を巻く様が見える程の和馬を、もう誰も止めようとはしなかった。だが、たった一人を残して逃げられようか?
 かといって手出しも出来ずに息を潜める仲間が見守る中、二つの視線が静かに激しくぶつかり合い、妖獣と巨人との三度目の死闘が始まろうとしていた。
 熱い風が一陣、強烈な勢いで渦を巻いて吹き上げ、人間達の衣服や髪を、妖獣の鬣をはためかせた。それが合図だった様に、和馬と鵺が同時に動いた。
 奇怪な色彩の空に二つの大きな影が舞う。
 ぱしぃん!!
 乾いた音をたて、眩い光が弾けた。同極の磁石を合わせたみたいに双方跳ね返り、ほぼ同時に着地する。気のぶつかり合いは互角だったようだ。とはいえ、全開の和馬に比べ、鵺にすれば小手調べ程度の力にすぎない。
 和馬は息つく暇も無く、ジーンズのポケットに手をつっこんで何やら掴み出すと、呪文と共にそれを空に向かって撒いた。それは純白の微細な紙吹雪だった。
 芝居の雪の様にはらはらと舞う紙切れは、見る間に黒く変色してゆき、その一片一片が蜂に変わった。アレンジ版式神使いの法。
 蜂達は何千何万の群れとなり、羽音も高く黒い霞の様に広がって、一斉に鵺に襲いかかった。僅か三センチにも満たない蜂達だが、その一匹一匹が鋭い針と毒を備えている。払おうと叩き落とそうとまとわりつく小さな刺客に、鵺は身を捩って悲鳴をあげた。
「おお……!」
 見守る術者達にどよめきがあがった。
 鵺もそう長くは相手の攻撃を許してはいなかった。怒りの雄叫びとともに、額の角が輝いたかと思うと、蜂達は一瞬にして灰になり消滅した。
 だが和馬が不敵にも余裕の笑みを浮かべた直後、先程よりも一層激しく鵺がのたうち始めた。蜂の数匹が耳から入り込み、その体内で暴れ回ったのだ。
「俺だっていろいろ考えてるんだぜ」
 今まで二度に渡って対峙した中で、鵺の行動パターンは学習した。もっと大きく力のある式をうっても、自分にダメージを受けるだけで通用しない。二つの顔は死角を許さず、その体液は強力な毒……この化け物を少しでも苦しめるにはどうすればよいか、和馬なりに先の敗北から学び、反省と研究をした。
 頭の中で暴れまわる蜂に、さすがの妖獣ももがき苦しみ、目茶苦茶に気を放出して辺りを破壊したが、狙いは定かでなく、和馬や他の術師は難なくかわす事が出来た。
「よっしゃ、今のうちに――――」
 鵺が体内の敵に気を取られているうちに、次に移ろうとした和馬だったが、少し冷静になった頭に、ふと、克己の言葉が蘇った。
『麗夜を倒すのは容易じゃない。でも鵺の力を借りれば……この矢で鵺を射れば封じるだけでなく、従えるのも可能だと』
 真に倒すべき相手、麗夜に勝つにはこの妖獣の力が必要……
 和馬の一瞬の躊躇を、鵺は未だ体内の敵に苦しみながらも見逃がさ無かった。
 鱗に覆われた尾が鞭の様に撓って、背後から和馬を襲う!
「ああっ!!」
 仲間の悲鳴に似た声の中、二メートルを越す巨体は強かに地面に叩きつけられた。
「剣君!」
 皆が駆け寄ったが、反応は無かった。
 動かない和馬を見て、残りの術師達の怒りに火が付いた。
「くそっ……よくも!」
 変わって飛び出しかけた彼らを止める声があった。
「ま……て」
 普通の者なら身体中の骨が砕けそうなところを、一瞬気を失っただけで済んだのは和馬だからこそだった。よろめきながらも彼は再び立ち上がった。
「……手を出すなと言ったろう。早く逃げてくれ……」
「そんな事は出来んよ! 一人では無理だ!!」
「大勢いたところで奴には絶対勝てねえよ。奴は不死身だ。殺しも消しも出来ない」
「だったら尚の事――――」
「これは考えようによっちゃ、物凄いチャンスなのかもしれん。だが、これ以上死人を増やしたく無いんだ。それに……勝て無くともまだ手はある」
「刺し違えるつもりか? 勝てないとわかっていて? それこそ犬死にだそ!」
「死ぬ気は無いさ。まだやる事が残ってる。……少なくとも無駄には死なんよ」
 それ以上問答している暇も無く、和馬は鵺に向かって全力で駆けだした。
(そう、無駄には死なん。俺の命、お前に預けたぜ、克己坊)

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まいるどタブレット小説 Ver1.13