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大いなるもの - 三

2015/02/17 10:00

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 克己、俊己、和馬の三人は京都の街を南へ下っていた。一般市民を護ってもらうため、そしてこれ以上の犠牲者を出さないために、他の術者達とは別れた。残ったのは、この三人だけ……いや、彼等の少し前の上空には巨大な獣が浮かんでいる。猿の頭、狸の胴、虎の足、蛇の尾を持つ伝説の妖獣、鵺。
「まったく、いいよな。空を飛べるってのは。こっちは歩きだぜ。車は使えないし一緒に行くってんなら、乗せてってくれてもいいのに。でかいんだから」
 息を切らした和馬が愚痴をこぼした。修行を積み、鍛えあげられた肉体の彼には、いつもならばたかが数キロの距離など走るのもたやすい事だが、今は愚痴りたくなるのも仕方がなかった。なにせ、もともとが先日の鵺との戦いで深手を負っていた上に、ついさっきまで死にかけていたのだから。早足で歩くだけでもすぐに息があがる。それは口には出さないものの、俊己も克己も同じだった。皆、疲弊しきっている。もう後が無い切羽詰まった現実があるから、気力だけでなんとかもっているようなものだ。
「まあまあ……和馬くん、あれで鵺も大変なようだぞ。気を使っておるんだろうな、奴なりに。この街の物の怪や妖魔達にすれば鵺は裏切り者だ。見ろ、集中攻撃されておる。まったく効いてはおらんようだが」
 俊己が和馬を宥めるように言った。
「まあね。わかってるんですけどね……なんだかまだ、ピンとこないんですよ。つい先刻まであいつとは敵同士で、目の前で沢山の人間が殺されたのを見てますからね。特に俺は鵺とは再三戦ってきたし。仲間になるっていわれてもね。そりゃ、悔しいけど鵺の力を借りなければ、麗夜には勝てないだろう事はわかってます。そのために、俺だって命をかけて鵺を捕らえたんだから。納得はしてるつもりなんだけど、許せないところがあるっていうか……」
「その気持ちはよくわかる。わしらとて同じだよ。なあ、克己」
「……」
 返事はなかった。
「克己?」
 並んで歩いていたはずの克己が横にいない事に気がつき、俊己と和馬が振りかえると、数歩後ろで克己が立ち止まって、空を仰いでいた。
「どうした?」
「咲也……今、咲也が呼んだ気がした」
「え?」
 その言葉に合わせる様に、鵺も上空で静止した。何か感じたみたいに。そして次の瞬間俊己と和馬も感じた。
「なんだ……この感じは――――?」
 それは何とも形容し難い感覚だった。高速の下りエレベーター、もしくはジェットコースターの急降下の瞬間……身体はそのままなのに、内臓が持ち上げられるみたいな奇妙な感じ。そして、目隠しでその場でくるくる回されたあとみたいな平衡感覚の異常と、背筋に生ぬるい液体がつたったみたいな不快感……そんなものが一緒になった感じといえば一番近いだろうか。
「……気持ち悪りぃ」
 思わず和馬が漏らした。
「何が起きたというんだ?」
 俊己も、始めて味わう感覚に戸惑いを隠せない様子だ。そして克己も。頭と胃のあたりに手を当てて、何とか立っているといった感じだ。気を抜くと倒れそうだ。
「もう、召喚の儀式が始まったのかもしれない……これはその影響が現れ始めたって事なんじゃないかな」
 克己の言葉に、
(ソノトウリダ。タッタ今、コノ街ヲ守護シテイタ、最後ノ聖柱ガ燃ヤサレタ)
 空から、鵺が肯定した。地上の克己達には見えなかったが、空高く浮かんでいる鵺には見えたらしい。
「聖柱? 魔法陣に配置されたあの人柱の事?」
(ソウダ。オマエ達ノ妨害デ二ツダケ残ッタ場所ガアッタ。内一ツハ問題無カッタガ、最後ノ一ツハ、オマエ達ノ張ッタ結界ヲ雑魚デハ破ル事ガ出来ナカッタカラ、聖ヨリ魔ノ強クナルコノ日ヲ待ッテイタノダ)
「……」
 事の発端は謎の連続放火事件だった。その跡が魔法陣になっている事、それが街を守護している事に気がついた時から、彼等の戦いは始まったのだ。だが正直なところ、今、鵺に言われるまで魔法陣の事など、克己も、最後まで残ったという一点を守り、結界を張った俊己と和馬でさえ、すっかり忘れていた。たかだか、一月にも満たない間の事だが、余りに波乱が有り過ぎて、もう始めの方の出来事など振り返っている余裕など無かったというのが現実である。まさかそれが今になって現われようとは。
(聖柱ハ、コレデ全テ魔界ノ印ニ塗リ替エラレタ)
「それって――――」
(ソウダ。人間ヲ守護シテキタ法円ハ、今度ハ魔界ノ者ノ守護トナル)
 鵺が言い終わるか終わらないかという時、第二の異常な感覚が三人を襲った。
 足元が突然無くなって突き落とされたみたいな墜落感。その瞬間、真っ暗だった街の一角から、地響きと共に巨大な真っ赤な光が柱のように空に向かって立ち昇った。
「今度はなんだ?!」
(!)
 突然、鵺が急降下してきて、克己達の前に降り立った。身を低くし、尻尾と顔で合図する。乗れということらしい。しかもかなり急いでいるようだ。
「いいの?」
(上モ危険ダガ仕方ナイ。早ク。急ゲ)
 促されるまま、三人は鵺の背に飛び乗った彼等が乗った事を確認すると、鵺はまたすぐに宙に舞いあがった。小柄で軽い克己と俊己はともかくとして、和馬の巨体まで一緒に乗っていても狭く感じないほど、鵺は大きかった。三人の人間の重さもまるで苦になっていないみたいだ。物凄い勢いで急上昇する鵺に振り落とされないよう、三人は必死になってしがみついた。
 彼等は上空から、鵺と同じ視線で街を見下ろした。漆黒の闇に沈む街。その一角から、さっき見た光の柱が大地を突き破って空に伸びていくさまが見える。
「あの方角は……」
 彼等がいる場所から北の方角。今はひっそりと石標が立っているだけの、普通の町角。丸太町通りに面したそこは、京都の街の真の中心。かつて大極殿があった場所……。
(街ノ心臓――――)
 鵺が呟いた

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