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鳥篭~とりかご~ - 三

2015/02/17 07:26

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「親父、今封印を解くぜ」
 独り言ちた和馬の印を結んだ手が空を切った。手がなぞった空中には幾何学的な光の図形が幾つも生まれ、鵺の回りを囲んだ。
 鵺も勿論黙ってさせてはおかない。強烈な魔気を発しながら、和馬に向かって突進をかけたが、その動きも気も光の図形に跳ね返されたではないか!
 和馬が聞き慣れない響きの呪文を呟く度、光の図形は間隔を狭め、終いには篭の様にくっつき合って鵺をとじ込めた。
「あれはもしや……剣の鳥篭の秘術!」
「え?」
「この技を破れる魔物などいない。強力無比の呪術。だが……禁じ手だ」
 鳥篭の術――――剣家に伝わる、どんな魔物でも確実に捕らえ、結界に封じ込める事が出来る究極の奥義。
 これをもってすれば、鵺さえ捕縛出来る事を和馬は勿論知っていた。だがもっと早くにこの技を使わなかったのはこれを使う時は同時に使った者の死ぬ時だからだ。使用する呪文が多大な代償を必要とする危険な古代呪術系の言葉であるのもさることながら、篭を形作っている様に見える光の図形は具象化された術者本人の魂……すなわち霊体となって自らが相手を囲み込むという命懸けの大業なのだ。そして何よりも、相手を確実に捕らえる事は出来ても、そこから先が無いというところにこの術の欠点はあった。鵺の様に強力な相手になるとそう長く持ちこたえられないだろうし、かといって手を変え、術を解いた瞬間に相手は攻撃に転じて来るだろう。未だこの術を使った先人で無事生還した術者はいない――――あまりにもリスクだけが大きいゆえに封印された術。
 ついに和馬はその禁じ手を使った。何しろ教わっても実際に試す事も出来ないので、初めてで上手く行くかもわからなかったが、どうやら成功の様だ。
 効果は絶大だった。鵺は小さすぎる鳥篭に入れられた鳥の様に身動きが取れず、吐き気がする程満ちていた妖気のかけらすら洩れて来ないほど完全に密閉されている。
「凄い……だが動きを止めても殺す事も消す事も出来ない獣をどうすれば……そのうち力尽きるのがおちだ。やはり彼は死ぬ気なんだ!」
「いや、まて。もし瀬奈さん達が辿り付くのが早ければ……」
 和馬の意図を仲間たちは悟った。
 これはチャンスかもしれない……和馬はそう言わなかっただろうか。
 麗夜を倒すには鵺の力が必要。それには瀬奈の家伝の破魔弓で鵺の射なくてはならないわけだが、破壊力、魔力を増したこの巨大な化け物を射るのはたやすい事では無い。外せばそれまで、主隗たる麗夜に行き着くまでに鵺によって皆殺しにあうだろう。いや、そうなる確率の方が遙かに高いどころか、真っ向から戦って、一度で射止めるなど、砂漠で針を探すよりもまだ難しいのではないか。
 今、鵺は動けない。奇跡を起こす唯一の好機を、和馬は命を懸けて招いたのだ。
「よし加勢するぞ!」
 僧形の術師が進み出て経典の巻を宙に投じた。長い紙の巻物は光の篭の上から蛇の様に獣を巻き込んだ。
「我等も!」
 残りの者達もそれぞれの技を駆使して和馬に加勢した。先刻、まだ人数もあった時に全員で挑んでも無駄に終わったし、鳥篭の術に比べれば微々たる力ではあるが、ほんの少しでも役にたつかもしれない。
(瀬奈さん達が間に合えば――――)
 加勢したのは生き残った者ばかりでは無かった。鵺の前に無残に散った霊能者達のまだ新しい魂もまた、今とばかりに自分を殺した妖獣に群がって、和馬の作った魂の篭を更に分厚くした。
(みんな――――)
 やや負担が減って和馬は楽になった。これなら時間を稼げそうな気がする。覚悟は出来ているが、ひょっとしたらこの術を使っても命を永らえた最初の術者になれるかも……そんな希望さえ沸いて来た。
(俺はこの手で親父達の仇を討つまでは死なん。頼む、克己坊!何とか持ちこたえたえてる間に来てくれ!!)

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