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失踪~しっそう~ - 五

2015/02/16 13:43

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 目立つことこの上ない二人組を、空飛ぶ小さな鬼が先導する。道行く人々は声も無く路を開け、彼等を見送った。
 目的地に近くなると、二人は妖気を孕んだエネルギー風の流れを感じた。
 北東から吹いてくる。表鬼門の方角だ。
「来たぞ」
「はい」
 勘づかれ無いよう、気配を殺す。姿は目立つが、霊的なものは視覚に頼らずエネルギーの流れを読んで行動するのでこれで見つからない筈だ。安心して姿を現した瞬間を迎え撃つつもりである。
 神経を集中して、物の怪の動向を読んでいる内、俊己はある事に気がついた。
 悪意の篭った負のエネルギーの他に、もう一つ違った強い気が感じられるのだ。どうやらこの場所から出ている様だ。それは優しく清らかな印象を与える気だ。
 そして、俊己は悟った。
 ここが狙われる訳――――
 ただの建物と建物の間の路地とも呼べぬ隙間である。そこに積んである段ボールが火をあげるに違いない。だが、それは人目を忍ぶためのきっかけに過ぎない。本当に燃やしたいのはもっと他のものだ。それは地下にあるのだろう……コンクリートに覆われた今も、それは密やかに、清冽なエネルギーを放ち続けているのが感じられる。
 崇高な意思。そう呼ぶのが一番相応しい。
 この感じは――――
(ここには聖人の骨が埋まっているのか!)
 おそらく他の場所もそうだったのだろう。
 だから被害者が出なかったのだ。空き家であったり、留守宅であったり……偶然でも火を点けたものの配慮なんかで無く、この地下のもののおかげだったのだ。そんな心配りに気付きもしない愚かな人間達を、妖火に焼かれ、永遠に消えてしまう間際まで献身的に守護し続けている慈愛に満ちた街の心。
『この魔方円は前から京都にあったもので、今度の火事でそれを消そうとしているのかもしれないわ』
 雲母が言っていた筈だ。だが、気に懸かる点があった。守りの魔方陣は、その一部でも欠けると効力を失うと聞いた事があったのだ。
 昔、偉大な魔法使いが悪魔との契約の際、魔法陣の上に舞い降りたたった一枚の木の葉のために、失敗して命を落とした……という話もある。ならばここまで念入りに、全ての個所を消してまわる必要は無いはずだ。
 その疑問に対する答えが今わかった。この一点一点にも意味があるとすれば。
 誰が、いつ埋めたのかはわからない。だが遥か古の時よりこの東洋の都を、聖なる人柱を魔方円に配置して守護するという、途方も無い計画を立てて実行した者がいたのだ。
 それを消そうというのか!
「瀬奈さん!」
 和馬の叫びに、俊己は目の前の状況に意識を移した。
 途端に、体中の毛穴という毛穴から急激に毒素が染み込んでくる様な妖気が一気に襲ってくる。それにこの臭い!
 出た。
 何も無い様に通行人が通り過ぎたが、霊視の利く目で見ると、紫と緑の混ざり合ったような不気味な色合いの靄が地上3メートル位の所に凝縮しながら渦を巻いているのが見える。渦の中央に赤く光る目のような物が一つ。
「あれですか? テレビに映ったヤツは?」
 すでに臨戦態勢を整えて和馬が訊いた。
「いや。わしの受けた感じとは違う。克己の話だと目が沢山あると言っていたから、前の奴は影鬼だろう。選手交代とみえる」
「こいつは瘴鬼ですね。しかも強い。くう、体が腐っちまいそうだ」
「見ろ、火を持ってる。普通の火で無く特別な呪詛を篭めた火を渡されているらしい」
 不気味な靄は凝縮を終え、形を整えて更に奇怪なものになった。
 そう大きくは無い。人間の子供程の背丈。しかしそれは歪な瘤のある背中のせいで腰が曲がった老人のように前屈みになっているからだ。全体には人型だが、手は地面につく程長く、腹は妊婦のように膨らんでいるのに他は骨と皮ばかりに痩せこけて……いや、それすら通り越して所々肉が腐れて捲れ、骨が本当に露出している。捩じくれた貧粗な角が一本ある頭も同様で、疎に生えた毛をつけたまま皮がずり落ちてぶら下がっていて、一つ目の顔も爛れてかさぶたの塊のようだ。更におぞましいのは、腐乱死体よりも酷い有様の鬼が、煌びやかな錦の袖無しの羽織を身につけている事だった。
 その奇怪な鬼は手に松明を握っていた。
 ゆらゆら揺れる炎は虹色の妖しい色彩だった。
 ずるずると腐肉を落としながら、瘴鬼は段ボールの山に近づき、松明を差し伸べる。
 今だ。
「そうはさせん!」
 抑えていた気を解き放ち、二人は瘴鬼の前に飛び出した。

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