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蜩~ひぐらし~ - 四

2015/02/16 13:36

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「ところで魔方陣の方だが」
 俊己が思い出したように切り出したので、雲母も気を入れなおした。
「忘れてましたわ。見せてくださる?」
 克己が机の上に地図を広げ雲母に示した。
 順序立てて説明をしながら、克己達は先刻起こったばかりの御所近くの火事の一件を付け加えた。
「自動発火装置も見つかってないし、いくら場所が御所の傍だって、警察が言うように過激派の仕業なんて事は無いと思います」
「克己の見た物の怪らしい影が、おそらく出火の原因だと思うのだが」
「そうですね。今までの経過を見ても、およそ人間業じゃ無いもの。化け物の仕業ならば納得がいくわ。それにしても……」
 雲母は地図に記された蛍光の図形を見つめ溜め息をついた。
「どうです?」
「間違い無く。正確には魔法円。かなり古い形式ね。このままいけば後数カ所で完全になる。これには昨日の分は入ってないけど。……昨日は本当に、大変だったご様子ですし。ちなみに昨日は最多の六件が起きましたのよ」
「六件も!」
 俊己、克己、咲也の三人は声を揃えた。
「成程。道理で妖気が漂っていた訳だ。都市の気の均衡に急激な乱れが生じたのだな」
「うちでもクリスタルにひびが入ったわ」
「じゃあ完成したら……」
 沈黙。
 最初に口火を切ったのは克己だった。
「で、あとどのくらいで完成なんです?」
 念のため筆記用具を持ってきていたので、雲母に昨日の分を書き加えてもらった。
「これにさっきの一件を加えて……」
 ますますらしく成って来た図形を見ながら雲母が重々しく言った。
「……私の知識に間違い無ければ後二つ」
「たった二つ?!」
「そうね、場所は……大将軍と東寺の辺りかしら。今日の場所とで大きな三角を描く所よ」
「そこまでわかるんなら、何とか未然に防ぐ方法は無いでしょうか?」
 克己は今にも飛び出しそうな勢いである。
「もう起きてなければ……でもいつ起こるか予想もつかないのよ。今日かもしれないし、明日か、もっと置いてその後か。まったくそのへんは法則性がないというかアバウトというか……沢山ある日もあれば一つだけの日もある。もっとつきつめて考えれば、魔術関係か何かの特別な法則があるのかもしれないけど、ちょっと時間的に究明する余裕はなさそうだし」
「そうか……」
「今日はもう無いよ」
 咲也が自信を持って言ったので、三人は驚いてその顔を見た。特に雲母は警戒して。
「どうして判るの?」
「だって、今日はいつもより騒ぎが大きくなったじゃん。場所が悪かったせいもあるしさ。直接で無いにしてもTVカメラに撮られたりしたし、少しは慎重になるんじゃない?」
 なんだ……と雲母は露骨にがっかりした様子を見せた。
「相手が普通の放火魔だったらの話でしょ? 化け物にそんな常識が通じるかしら」
 雲母の口調に馬鹿にした様な響きを感じてむっ、と咲也は少々意地になって返した。
「親玉は人間だろ? あんまり常識があるとは思えないけど、少しでも理性が残ってたら考えるだろうね。俺達だってテレビで見たよ。いろんな人が見るだろうし、その中には克己やおじさんみたいにあのおかしな奴が見えた者が一人や二人いるよ、きっと。全国の人が見るんだし、あれ、おかしいなって疑問を持つ人が出てくるよ。そうなれば手先の化け物は失敗した事になる」
「うむ。一理あるな」
 俊己が肯定してくれたので、咲也は少し胸を張って雲母を見返した。その様子が子供っぽくて克己は笑いを堪えた。どうも第一印象が突飛だったせいか、咲也は雲母とウマが合わないらしい。雲母はわりと言いたい事を言うタイプみたいだし、そういう女性を咲也が苦手なのを克己は知っていた。
「……まあ何時起こるかはわからないが、場所が判った以上は何とかわしらで手を尽くしてみよう。手先の物の怪だけでもなんとかなるかもしれん」
 俊己の一言に一同頷いた。
「父さんカッコイイ」
「こらこら克己。これは遊びでは無いぞ。お前とて生まれ故郷のこの街を死の都に変えたくはあるまい」
「勿論さ。僕だって戦うからね」
 頼もしくも奮起する霊能者親子の傍らで、釈然としない様子で雲母はまた地図に視線を落としていた。
「何か気になる事でも?」
 咲也が気付いて声をかけた。
「ええ……この魔法円について考えてたの。確かに魔術の儀式や、魔界の者達を召還してその力を借りる時にも使うんだけど、本来の役目は結界と同じ。黒魔術で悪魔を呼び出して使うときも悪魔は円の中には入れないの。魔術師自信は円から出ない限り無事でいられるのよ。だから京都の街の上に大きな魔方円を描いて、魔界の者を召還するつもりなら、私が夢で見たみたいに京都だけが変わる事はありえない。逆に外が変わる筈よ。本当なら」
「おかしいよね」
「そう。だから推測なんだけど……我ながら突飛な考えだと思うけど、もしかしたらこの魔法円はもともと京都を護るためにあったもので、今回の火事でその魔法円を消していってるとしたら……」
 雲母の言葉に、今度は咲也が鼻で笑った。あまりにも日本の古都に不釣合いな気がしたのだ。
「あ、馬鹿にしてるでしょ?」
「そんな事ないよ。マジメに聞いてます」
 睨まれて咲也は肩を竦めた。気の強そうな女だこと……
「でもありえない事じゃないと思いますよ」
 克己が割って入った。俊己も加わり、
「京都はあらゆる守護の陣に護られておる。周りは山々で自然の包囲が整っているし、東西南北に白虎、青龍、朱雀、玄武を配置し、風水的にも完璧だったといわれておる。また仏教、神道、陰陽道などの術者はこぞって霊力でバリアを張って帝をお護りしてきたし、寺社仏閣の配置すら意味を持っている。その他にも数々の鬼門封じや、魔をもって魔を制す不思議な呪いも幾つも施され、呪術的に見ても念入りな防御が敷かれている。平安京の時代から京都は国際都市だったし、意外と新物好きな土地柄。西洋の結界が張られていたとしてもそうはおかしくは無いかもしれん」
「そんなもんなのかなぁ」
 咲也だけは納得がいかない様子である。
「なんかイメージ違うよな。京都ってめちゃ日本的って感じかと思ってた」
「……咲也君って緊張感ないのね」
 雲母が溜息混じりに囁いて、克己に苦笑させた。咲也はめげずに、
「じゃあさ、このお姉さんの言葉が正しいとするじゃん。そしたら魔方陣を消して、守りが薄くなった所を突こうって魂胆かな」
「お、咲也、積極的だね」
「モチよ。俺の運命かかってるもんね。まあ誰かさんの言葉が正しかったらだけど」
「まあヒドい! 信じて無いわけ?」
「信じてるよ。何てったって有名な占い師様の言う事。でも俺が鍵ってのは嘘だよ」
「あなたね……」
 今にも喧嘩になりそうな勢いで睨み合った雲母と咲也を俊己が制した。
「まあ、ともかく橘さんにはもう一度占ってもらって、もっと詳しい事を見てもらおう。わしは他の術者に協力を頼んでみて、何とか未然に次の火事を防ぐ方法を考えてみよう。それでよいかね?」
 年長者の言葉に、若い三人はおとなしく頷いて、この場はお開きとなった。
 身の危険があるため、このまま泊まっていくよう勧めたが、雲母は一旦家に帰ると退去した。占う準備をしなくてはならないという。念のため俊己は御札を渡して持たせ、雲母はまた今日中に戻って来ると約束した。
 見送りに出た克己たちの元に、もう一人の来客があったのは、もう日も暮れかけた夕刻の事だった。

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