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蜩~ひぐらし~ - 七

2015/02/16 13:39

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 ボーン、ボーン……
 遠くで振り子時計の時を告げる音がした。
 十二回。日付が今変わった。
「遅いな雲母さん」
 咲也が心配そうに呟いた。もう同じ科白を何度繰り返しただろうか。
『今日中に戻る』
 と雲母は言ったが、それはもう昨日の事になってしまった。
 すでに寝巻きに着替えて克己の部屋のある離れの床に追いやられ、灯りまで消されてしまった二人だったが、とても眠れるはずなど無かった。
 窓から見える母屋は明かりが光々と灯り、大人達はまだ話し込んでいるらしい。
 俊己と和馬は再び雲母の夢占が行われ次第、昼間彼女の指摘した次の火事の起こる可能性のある場所へ、その元たる物の怪を待ち伏せに出向こうと言っていたが、それも雲母が帰ってこないため先送りになっているのだ。幸い、今日はもう一件も火事は起こらなかった事だし、内心よかった……と克己は思った。
 幾ら二人が使い手だとはいえ、かなり危険な計画だ。甘いと言われるかもしれないが、やはり親には無事でいてさえくれたら……という思いが働く。徳次の凄惨な死体を思い起こすと、父や和馬をあんなめに遭わせたくないと心底思った。
 それに“ざまあみやがれ”という意地悪な思いもわずかだがあった。その危険な作戦に克己も同伴すると名乗りを上げたが却下されたのだ。
 返って来た理由は、『危険だから』
 これでは納得出来る筈が無い。自分達はどうなんだ? 危険な事にはかわり無いじゃ無いか。珠代は喜んだし、確かに自分はまだ修行が足りないかもしれない。気遣ってくれるのもわかる。だが、なにか仲間外れにされた様な気がして、克己は面白くなかった。何とか引き下がったのは、
『お前は咲也くんを護れ』
 との父の一言があったからだ。その言葉で作戦から降りることに納得した。それどころか、今や克己は使命感に燃えている。
(咲也は僕が守り抜く。化け物なんかに渡してたまるか)
 これはもう、一つの戦いなのだ。
 克己は隣に横になった咲也を見た。
 微かな外からの明かりだけで、ぼんやりと浮かび上がる優美な肢体。風紀検査を何とかかわしつつ、憧れのアーティストと同じ髪型にと伸ばした長い髪は、昼間は束ねているがほどくと顔を半分ほど隠してしまう。僅かにのぞく顔が端正なだけに、それすらも廃頽的な陰影を付け加えて、性別を感じさせない不思議な生き物に咲也をかえていた。
 なんて綺麗なんだろう、と克己は思った。
 毎日見ている姿。でも何度見ても見飽きる事なんか無い。この不思議な生き物は美しさを与えられる代りに、普通の人が当然持っているはずの多くの物を与えられなかったのだ。
 家族の愛情も、目に見えぬものから自分を守る力も――――大きな代償だ。彼が望んだことで無いだけに不憫で仕方が無い。なのに、運命はまだ彼に試練を与えようというのか?
 占い師が言った。
『彼が鍵だ』と。
 それがどんな意味を持っているのか判らないが、克己も本能的にそれは正しいと思った。それが何なのか早く知りたい。知らなければ守りようも無い。
 しかし雲母は帰って来ない。
 時計がまた一つ鳴った。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13