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夕立~ゆうだち~ - 九

2015/02/16 08:20

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「京都がおかしい?」
 克己と咲也が同時に訊いた。
「うむ。皆、薄々は気づいておるが……」
 俊己の話によると、今回のような出来事はここだけでは無いという。貴船、高尾では同じく鬼が、鞍馬では天狗が、神泉園では龍が伏見では河童が……というふうに伝説の妖怪や神獣が目撃されており、深泥ヶ池、宝ヶ池隧道、一条戻橋、東山隧道などの幽霊の名所ではいつもにも増して目撃例が多い。霊感の鋭い者になると、昼間でも河原の首切りの悲鳴がきこえたり、牛車の行列や下鴨神社の敷地内の糺の森を彷徨う束帯姿の顔の無い男が見えたりする。また、遅咲きで有名な御室の桜が二月に満開になったり、苔寺と呼ばれる西芳寺の苔が血のように真っ赤になったり……不思議な出来事は後を絶たないという。
 そして一連の放火事件にも触れた。
「放火と言われているが、犯人は目撃されたためしが無い。自然発火とも思えんし、数が異常なほど多いので気になって、ニュースでやる度に地図に印をつけていっておるのだが――――」
 少し待て、と言って俊己は奥へ消えた。
 克己と咲也は顔を合わせて、
「何かスゴイな」
「うん。僕も全然知らなかった」
 二人は俊己の話に軽い興奮を覚えていた。怖さ半分、好奇心半分のわくわくする様な胸騒ぎ。頬が微かに紅潮している。
 興奮しているのは少年達だけでは無いらしい。歳に似合わぬ軽やかな足取りで、小走りに俊己が戻ってきた。
「これだ。見てみなさい」
 そう言って二人の目の前に、あちこち破れて黄ばんだかなり年季の入った地図を広げた。隅に“五年二組瀬名克己”と上手いとは言い難い字で書かれているのが最初に目について、咲也はくすっと笑った。小学校の社会でもらった地図なのだろう。赤いマジックで沢山の印が書き込んであるのが、俊己がつけていった火事の現場である。
 俊己は一つ一つ指で示しながら説明した。
「最初が北区上賀茂、左京区北白川、南区上鳥羽、右京区太秦……と日に四件。次の日が衣笠、高野の二件、その次の日が今熊野、桂……おやもう何か気がついたか克己?」
「ずいぶん秩序だってる。まず、東西南北の四点、次の日から同じ順序で先の点の間に起きてる。ほぼ円になってるよね」
 克己が、地図の俊己の指したところをもう一度反復して言った。
「それにきっちり時計回りだよな」
 咲也が付け足す。
 俊己は優等生をみる教師のように満足そうに頷いて、
「なかなかよく見てる。その通り。次の日も鷹ヶ峰、松ヶ崎、東九条、下津林……とやはり均等に時計回りだ。ここまでは時計の文字盤のように十二点でほぼ円を描いている。だがそこから先はその円の中でばらばらに起きて、何の規則性も無い様に見えるが……」
 三人は、ばらばらとちりばめられた赤い点を見つめた。空気穴の開いたビスケットを街の上に置いたみたいに見えた。確かに最初の何日かで起きた火事が大外の臨界点で、他の点はその外にはみ出す事無く納まっているが、均等に散らばっているという事以外は、何の規則性も感じられなかった。
 何か思いつくかと黙って考え込んだ三人の中で、まず口を開いたのは克己だった。
「この点をすべて繋いでみると何か出てくるんじゃないかな?」
「ふむ。やってみよう。確信は無いが、思いあたる節もあるし……おお、書くものがいるな。面倒な。おい、珠代!」
 返事がないので、またしても俊己が立ちあがりかけたが、それを制して、
「僕が取ってくるよ」
 そう言って克己が燕の様に軽く身を翻して奥へ走っていった。
 残った咲也と俊己はしばらく熱心に地図に視線を注いでいたが、急に咲也が顔を上げ、俊己の顔におもいきり近づいて、
「思い当たる節があるって言いましたね?」
 そう訊いた。間近に覗きこむ息子の友人の美貌に改めて気づき、一瞬息をのんだが、すぐにその美しい顔の表情から何か感じとったらしく、
「君も何か気がついたかね?」
 そう訊き返した。
「俺も確信は無いけど……でもおじさんとたぶん同じかな? わりと最近、映画か本で見たことがある。これ、もしかして……」
 いいさして、絶妙のタイミングで克己が戻って来たので咲也は苦笑いで肩を竦めた。
「ま、確かめてみればすぐわかる事だし」
 俊己もそれに答えて悪戯っ子みたいに頷く。
「何?」
 克己が二人を見比べて首を傾げた。
「別に。さて、やってみよう」
「何かどきどきするな」
「うん。スリルあるよね」
 少年達がはしゃぐのを、俊己は苦笑いで制した。彼も内心は同じで、年甲斐も無く謎解きのスリルを密かに楽しんでいた。
 克己と咲也が息を呑んで見守る中、俊己がゆっくりと、出来るだけ起こった順番に点を結んで行く。点が消えないよう、克己が持ってきた筆記用具は黄色い蛍光のマジックだ。夏の午後の日差しに輝く軌跡は、神秘的な図形を描き出していった。
 完成に近づくと、克己があっと声をあげ、あとの二人はやはり、と思った。咲也と俊己の考えは当たっていたのである。
「これ……魔方陣――――?」
 克己が呟いた。
 古の東洋の都の上に描き出されたのは、まこと似つかわしくない西洋の魔法の印だった。

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