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鵺~ぬえ~ - 六

2015/02/16 14:14

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 鵺と克己達の死闘は続いていた。
 何とかしのぎ続け、致命傷は免れているが、どんな悪霊退散の術も決定的には効かず、衰えを知らぬ妖獣に比べ、人間の二人は体力、気力共に限界だ。
 もう技も使い尽くした。おまけに鵺も馬鹿で無く、学習するのだ。同じ技は二度と通じなかった。
「このままじゃ絶対に勝てない……二人共背中に咲也君が乗っているから、どうしても無意識に送る気を外してるんだ」
 和馬は何かを決意した様に厳しい表情になった。そして、先程からずっと思っていた事をとうとう口に出した。
「こうなれば最後の手段に出るしか無いかもな」
「最後の手段って?」
「……咲也君を殺す事」
「なっ……!」
 和馬の言葉に克己は耳を疑った。
「親父さんは言った。鵺は手強い。もし絶対斃せないと思ったら咲也君を殺せと……彼に替わる依童はいない。敵を倒さず取り戻せたとしても鵺がいる限りまた奪われる。だが――――彼さえいなければ召還の儀式は出来ないわけだ。怪獣相手より人間の方がまだ少しは勝機がある」
「和馬さん?! なんて事を……」
「俺だってそりゃやりたかねえよ! だが他に方法があるか?」
「」
 克己は言い返せなかった。確かにその通りだ。自分が御守りを持っていないのが悪いのだ。
 しかし――――
「いいな、克己坊。お前が嫌なら俺がやる。恨んでも構わない。でも何も知らない大勢の人々の為に、そうするより他無いんだ。少しでも力の残っている今のうちに……」
「そんな……」
 和馬は本気だ。人懐っこい童顔は今や修羅の厳しさに変わっていた。後ろ手に構えた隻腕にはいつの間にか、短くて細い刃の白木の柄の小刀を握っている。克己のかわらけももうあと一枚。和馬もすでに式神を呼ぶ形代も底尽き、護身用の御符二枚とこれだけが残された最後の武器。
 鵺がじりじり間を詰めて来る。気を充填し終わったのか再びその角は輝きだした。
「この期に及んで何をごたごたやってる?」
 少々いらついた様に咲也=麗夜が言った。
 それに答えて和馬は不敵に笑った。
「死に際の挨拶ぐらいさせてくれよ」
「やっと覚悟が出来たか。粛勝な心掛けだ」
「まあね」
 ちょっと肩を竦めて言って、和馬はちら、と克己を見た。『やると言ったら本気でやるぞ』その目はそう語っていた。
「ぬえ、望み通り送ってやるがいい」
 咲也の声とともに鵺が吠えた。
「その前に」
 その後の和馬の行動は鵺と咲也……麗夜の、そして克己の意表をついた。
 和馬はくるりと鵺に背を向け、いきなり克己に当て身をくらわしたのだ。力は入っていなかったが、いきなりの鳩尾への一撃に、痛みを覚える暇も無く目の前が真っ白になった。
「か……ずま……さん?」
 驚きの表情のまま、がくりと膝をついた克己を優しい表情の和馬が見下ろしていた。
「すぐ終わる。目ぇ閉じてな」
「気でも狂ったか? 剣和馬」
 と、咲也。思いもよらない敵の行動に鵺でさえ攻撃の手を止めた。
「やな思いをするのは俺一人で充分って事さ。さあ、何してる? 来いよ」
「ぬけぬけと!」
 再び戦意を取り戻し、鵺が動き出した。
 強烈な前足の一薙ぎが仁王立ちの和馬に迫る。
 和馬は逃げなかった。
 最後の力を振り絞り、二メートルを越す大男がどうして、と思う機敏な動きで和馬は振り降ろされた鵺の腕に取りすがり、そのままよじ登ったのだ。
 すかさず鵺の尾が伸びる。だが和馬の動きの方が一瞬早かった。こう来ることなど計算済だ。目にもとまらぬ早業で和馬は残った御札の一枚を鵺の尾に貼りつけた。効力は弱いものの、顔を持つ鵺の尾は後ずさった。
 和馬は鵺の背で咲也と相対した。
 あどけなさを残した美貌がぼんやりと和馬を見ている。
 美しくも儚げで無防備な姿。突き出された小刀を見ても少しも恐れた様子は無かった。わかっていての落ちつきでは無い。意味がわかっていないのだ。
(違う? くそっ、麗夜め逃げやがったな!)
 顔形はそのまま。だが本能的に和馬は悟った。目の前の咲也は本物の咲也だ。瞬時に相手の動向を読んだ麗夜は、自我を抑えられ、人形同然の咲也を残して気配を消したのだ。
 和馬の胸に焦りが生じた。
(くそっ……やはり出来ない。人と違う特別な体質に生まれただけでこの子に罪は無い……こんな無防備で何の抵抗も出来ない赤ん坊同然の状態の相手を――――)
 これこそ麗夜の思うツボだった。息巻いていてもやはりこんな状態の咲也を殺せるほど和馬達は非情では無いと踏んだのだ。何という狡猾な!
 だが和馬も負けてはいなかった。
(だがここで迷ったら敵の思いのまま。どうせ俺も死ぬんだ。今は心を鬼にして……もう二度とチャンスは無いんだ)
「……すまん!」
 和馬は目を閉じて小刀を振りかざした。
 咲也が首をかしげる。
「やめて――――っ!!」

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