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夕立~ゆうだち~ - 二

2015/02/16 07:26

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 日下部咲也は特異体質である。
 極めて美しい容姿をもった少年で、しなやかに引き締まったすらりとした長身、日本人離れした透ける様な白い肌、少し赤みを帯びた艶やかな髪、そして細面の端整な顔立ちはテレビでよく見かける人気タレントも恥入りそうなほどだ。笑うときに唇の左の端が少し上がる皮肉っぽい仕草と、髪を肩まで伸ばしているのが少しスレた感を与えるが、性格はさばけていて愛想も良く、スポーツも得意で、共学であったなら女生徒に放っておかれないだろう。事実、今も男子校であるが、彼に憧れ想いを寄せる者は少なくない。
 しかし、特別なのはその外見だけでなく、問題は彼の生まれ持った一種の能力……というより体質である。
 彼は他に類を見ないほどの強い霊媒質で、目に見えぬもの達を呼び寄せるのだ。
 蝶を誘う花の様に……
 普通、たとえ霊媒の素質があっても、波長のあうあわないがあって、実際に遭遇する機会は少ないものだ。だが、咲也の場合は相手を選ばない。何故か全ての霊が吸い寄せられる様に咲也の周りに集まって来て、ついたあだなは“霊界パラボラアンテナ”。
 その上、人間、いや生きとし生けるもの全てに、霊的自己防衛機能とでもいうべきものが生まれながらに備わっており、その精神や魂を幾重にも卵の殻の様なエネルギーの保護膜に包まれているため、外の霊的な力に直接触れたり侵されたりしにくく出来ている。
 だが中には稀に、その魂の保護膜が極端に薄く、肉体に簡単に他の霊が出入りできる人間がおり、その素質を生まれながら、または修行を積んだ末に、コントロール出来る者が霊を憑依させてその言葉を語るイタコや、信託を告げる巫女の様な特異な人々である。彼等とて、最後の一線だけは守れる力を持っているが、咲也の場合はその魂を保護する膜を全く持たずに生まれてきてしまったのだ。霊を呼び寄せる上に、それを防ぐ術を持たないのだから、究極の霊媒と呼べるだろう。
 ――――ところが困った事に、咲也はそうした特異な体質であるにも係わらず、霊感は人並み以下で、霊を見たり感じたりする事は出来ないのである。霊感とは、視覚、聴覚などの物質的世界の五感以外の霊的な感覚で、先の霊的自己防衛機能以前の、センサー的役割を担う、いわばもう一つの目である。鋭さの違いはあるにせよ、誰にでも備わっていて虫の知らせとか、予感がするなどといった形で無意識のうちに働いている。咲也の場合もその程度でしかないのだ。
 この世には、目に見えぬものが満ち満ちている……生まれてから十六年間、よくまあ無事にこられたものだと、克己などは思う。
 今は、その克己という強い味方が傍にいるから心強いけれど。
 瀬奈克己は、ある意味では咲也と同等、いやそれ以上に珍しい人種かもしれない。ただし、正反対なのだが。
 克己は鉄壁ともいえる霊的自己防衛機能でどんな霊エネルギーの干渉も跳ね返せるし、霊感も人並み外れて鋭く、大抵の霊なら見たり感じたり出来る。これは生まれついてのものであるが、更に彼はその能力を精神的修行を積む事によって伸ばし、霊体との交信や除霊までも体得している。父親が霊能者であるという、特殊な環境に生まれついたため幼い頃より才能を見い出され、その方面の英才教育を受けてきたのだ。
 咲也より、僅かに三日だけ遅く生まれたこの少年は、十六歳という実際の年齢よりはかなり幼く見える、小柄で色黒の、少年というより活発な少女を思わせる外見の持ち主で、顔立ちは整ってはいるが、美少年の見本みたいな咲也に比べればどちらかというと地味で古風な感じがする。しかし、人に見えないものまでも写し出す澄んだ大きな瞳は、一目見たら忘れ難いほど印象的だ。
 少々、発育不良的な小さな体は一見頼りなげではあるが、内に秘められたパワーは強く大きく、長年修行を積んできた霊能者も舌を巻くほどだ。
 ――――こんな二人であるから、超常現象など日常茶飯事で、他の同じ年頃の少年達とは少し感覚はズレているかもしれない。
 恋愛にしても、二人共一応健康な十六歳の男の子だから、やはり女の子が気になるし、カッコよくドラマみたいな恋に憧れたりもする。男子校であるため出会いの機会は少ないにせよ、揃って人よりモテる条件をそなえているから、休みの日に街へ出た時などチャンスもあるし、友達の紹介という手もある。咲也など、一声掛ければ拒む女の子などいないだろうし、克己もどうやら母性本能をくすぐるタイプらしく、可愛いと年上の女性にことのほか評判なのだが……
 克己にはどんな可愛い女の子も、色っぽいお姉さん方も、とんでもないものを背負っているのが見えてしまう。色霊、欲霊、動物霊……まあ、仕方が無いと言えばそれまでなのだが、いいな、と思った清楚な美人が色情霊を背負っていたり、水子の霊がすがりついている、何ていうのを見てしまうと、百年の恋も褪めるというものだ。
 咲也の場合はそれ程ストレートでは無いがもっと深刻かもしれない。外見では放って置かれる筈はないのだが……
 普通、男性よりも女性の方が霊感が鋭い。金縛りに遭ったり、霊を見たりするのに女性が多い事でもわかるし“女の勘”などと言われるのもあながち冗談では無いのだ。構造上からも、子を宿し、もう一つ別の魂をこの世に産み出すため、魂を保護する膜も薄く、出入りが易く出来ている。そのため、外的なものに対するセンサーもかなり敏感になっている。全ての女性がそうというわけでは無いのだが、たまたま運悪く、咲也が初めて真剣に好きになった相手が霊感が鋭く“霊界パラボラアンテナ”の咲也が呼び寄せてしまった霊を敏感に感じ取って、
「あなたみたいな気持ち悪い人、大嫌い!」
 そういって、近寄る事すら嫌がられてしまった。時に、中学一年の春だった……以来、咲也は女性に対してコンプレックスを抱いているのである。恋をする前にあきらめてしまって、どうもうまくいかない。
 同性間でも意味も無く嫌われたり、見ず知らずの人間にいきなり殴られたり……憑いている霊の仕業だが……した咲也は、一時期かなり荒れて、引篭もったりリストカットしたりもしたが、今ではもう慣れっこになって、悟りに近い気持ちで耐えている。それに今はうるさい霊から守ってくれる克己がいるのだから……そう安心する事も出来る。克己にとっては迷惑な話であるが。
 しかし、克己も咲也も知り合ってからこう思う。
 ……出会うべくして出会った……と。

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