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百鬼夜行~ひゃっきやぎょう~ - 十

2015/02/16 14:02

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 瀬奈家に戻った俊己、克己、和馬の表情は険しかった。
「事態が悪化した。これでは魔法円を護った甲斐がないってものですよね」
さすがの呑気者の和馬も溜め息をついた。
「物の怪や霊ばかり気にしてたから、まさか人間がこんな暴挙に出るとは思いもよらなかった。よりによって今頃――――」
 克己の言葉も重い。
 三人にお茶を運んで来て、大人しく話を聞いていた珠代が首を傾げた。
「確かに大事なお寺や文化財が壊されたけどどうしてそれで事態が悪化するの?」
「……考えてみなさい。何故この街には今もなお古い寺や神社が数多く残るのか。幾度もの戦乱や自然災害に見舞われ、焼失し、寂れても、また建て換られ、再興されて、守られて来たからだ。それは何故か? あるという事に意義があったからだ」
「……」
「現代の都東京と、奈良や京都とでは、都としての根本的な質が違う。東京は確かに政治経済の中心をなし、天皇もおられる。だが創世のプロセスが違う。人為的に選ばれた土地と人以外の力が選ばせた土地……平安京以前に栄えた平城京から遷都が決まったのは何万何億のミミズが一斉に土から這いだし、都を捨てたためという。幻の都となった長岡京では蟇(ひき)が……昔の人間は知っていたのだ。人よりも妖しに近いミミズや蟇でさえ住まぬ地に先は無いと。都が栄えるには、その基盤となる土地が強い力を持っていなければならん。この世と魔界は表裏一体。表が栄えれば裏もまた――――すなわち、魔界の力の強い土地には都が栄えるという事だ。そして奈良や京都はまさにその土地だった。魔界の力は権力や富、発展を約束するが、毒もまた強い。平城京を造る時は、仏教が大陸からもたらされた時節もあり、その毒を消そうと過度に防衛した為、街の生命力ともいえる魔力が失われ、遷都をやむなくされた。その後、数々のテストパターンを経て、この地に平安京が造られた。魔界の毒に対して数々の防御を敷き制御しつつ、魔力を失わぬ様バランスを取った計画的な霊的都市を。この都が特別な所以はそこにあるのだ。だからこそ、海から遠く不便な内陸の地にありながらも、明治に東京に遷都されるまで、千七十年余りの長きにわたり都で有り続けたのだ。途中、何度も均衡が崩れ、存亡が危ぶまれながらもその度に対処が施されて来た。そして現代首都は移っても、この土地はまだ死んでいない。抑えられ、眠ってはいたが、秘められた土地の魔力は衰えていないのだ。特に百年に一度の魔力の強まる時期にも入っており、衰えるどころか、力を増してすらいる……百年前の平安建都千百年の時には、平安神宮が建立された。それも霊的均衡を保つのに意味があったのだ。だが先の建都千二百年祭の時には、何も霊的な措置はとられなかった。それどころか、羅生門の再建の計画は立ち消えとなり、地脈を乱す地下鉄は走り、高層の建造物が空の結界を破るのを許した。四神獣の宿る地形も開発によってその効力を失い、昔からある寺院や神社だけが、創設時に比べれば確かに力は無くなったにせよ、残された防衛線だったのだ。その最後の砦が今、無知な人間の手によって決定的に壊された! 先人の築いた寺や神社、仏像に籠められた意味も知らぬ奴等に。魔力は強まる、抑えるものは無いでは、先に待っているのは……わかるだろう?」
 最後の方は、心ない人間達の行動に改めて怒りが湧いたのか、俊己にしては激しい口調だった。顔はいつもの渋い無表情のままだが頬はやや紅潮している。
「……」
 この街の創世前からの長い歴史の講義を聞き終えた克己達は、改めて事の重大さをひしひしと感じて默した。
 俊己は黙り込んでしまった三人の顔を見回して静かに言った。
「企みの内なのか、丁度時期が悪かったのかわからんが、これから厳しくなる事だけは間違いない。今夜あたりから今までに増して沢山の死霊や魔物が京の街に溢れ出すだろう。咲也君を取り戻し、召還の儀式を潰すにも、障害が増え、辛い戦いになるだろうな」

 俊己の言葉通り、一時停滞していた京都の魔界化は爆破事件のあった夜から関を切った水の様に勢いを増した。霊や妖怪達による被害はエスカレートし、霊障による病人、怪我人は勿論の事、ついに死者まで出始めた。
 躓く物など何も無い所で転んだり、触らないのに物が動いたり宙を舞ったり、灯が勝手に点灯する、物音がする、視線を感じる、金縛りにあう……等はまだ可愛い部類に入る。妖怪や自然霊のちょっとした悪戯だ。陰湿なのは、かつては生きた人間だった死霊達で、浮かばれない死に方をした彼らのこの世への未練、恨みが健康な人々に向けられ、様々な病気や事故を引き起こすのだ。大人しい人間がいさかいを起こしたり、犯罪に走る。元気な者が突然苦しみ出す。車を運転中操作不能になり事故……みんな憑いた霊達の仕業。
 霊感の鋭い者には真昼でも漂う霊が見え、強い妖気に気がおかしくなる程で、夜ともなれば多少鈍い者にさえ、妖しのもの達が見える――――もはや、霊の存在など絶対認め無いと言い張る、頭の固い現実主義者でも認めざるをえない。これこそ現実なのだから。常識では説明のつかない事件、事故が相次いで起こり、ノイローゼによる自殺者まで出て、やっと市や国も重い腰を上げ、専門家や学者に極秘に調査を開始させた。
 一方、俊己や克己達は、懸命の捜索にも係わらず咲也救出の糸口は掴めないのに、前にも増して除霊の依頼で忙しくなり、苛立ちながらも駆けずり回っていたが、そんな彼らの元に、奇妙な噂が聞こえて来たのは爆破事件から六日経った雨の日だった。

「今日、檀家さんの家を回ってましてね、興味深い話を聞いたんですわ」
 話を持って来たのは葛西という学校の教師で、家が寺で僧侶と二足の草鞋を履く男だが、俊己とは親しく、麗夜に粛清されず残った中では信頼の置ける霊能者として、事の始めから協力を頼んでいた一人だ。
 彼を出迎えたのは俊己と克己だった。和馬はまだ帰って来ていない。
「ほう、どんな話だね?」
「私らも瀬奈さんのお役に立ちとうて、咲也君に関する情報を手分けして聞いて回ってたんですけど、あまり手応えが無うて。それが今日、それらしい少年を見た言う人がやはったんですわ」
「本当?!」
 克己の目が輝いた。
「……本人かどうかはわからしまへんえ。そやけど、ここ二・三日前から、結構噂になってるらしい。真夜中に御所の付近に大きな獣が現れて、その背中には束帯姿、歳の頃は十五・六の美女と見まごう、見目麗しい少年が――――獣と少年は街を徘徊して、明け方に下(南)の方へ消えて行くんやそうな。ぞろぞろ幽霊や化け物を引き連れて……」
「……」
 克己、俊己は顔を合わせ、黙って頷いた。
 歳格好といい、霊を引き寄せる力といい、まさに咲也。
そして……雲母の夢の通りではないか!
「咲也だ。咲也に間違い無いよ!」
 克己は今にも飛び出しそうな勢いで喜んだが、俊己は少しばかり難しい面持ちになって腕組みをした。
(確かに咲也君の様だが――――)
「葛西さん、話の出所は確かかね?」
「はい。檀家さんの中でも古い、信用出来るお人です。それに他にも何人も」
「すまんな。疑い深くなっておって。ここのとこ良い事が無かったものでな」
「気にせんで下さい。良かったら今夜にでも私らで確かめましょうか?」
「いや、わしらが直接出向こう。応援がいる様になったらお願いするが、そちらは少しでも霊や物の怪の侵攻をくい止めてくれ」
 葛西が帰った後、帰って来た和馬も同じ噂を耳にした事を告げた。
「早速出向きましょう」
 逸る若い克己と和馬を押さえつつ、俊己は慎重だった。
(何か引っ掛かる――――気のせいか?)
「父さん? 何か気になる事でもあるの?」
 やっと咲也の手掛かりが掴めたというのに、余り反応の無い父に克己はややもどかしさを感じて声を掛けた。
「……考え過ぎかもしれんが、今まで何の動きも見せず、静かにしていたのが、俄に動き出したのが気になるのだ。和馬君の占いでもわしの勘でも、十中八九、召還の儀式は霊力の最も強まる盆。まだ少し間がある」
「この前の寺院爆破で、最後の防壁が崩れたのが切欠になったんじゃ無い?」
「そうかもしれん。だが動くにしても、代わりの無い大事な依童の咲也君を使うというのが引っ掛かるのだ。街に出ている間に何かあるかもしれんし、咲也君が現れたとなればわしらが黙っていないのは、向こうもよく承知の筈。麗夜にしてみればそんな危険を冒すよりは儀式の日まで隠し通した方が筋が通ってる。わしが奴ならそうするだろうな」
 考えてみればその通りだ。克己と和馬も不自然さに気がつき、麗夜の思惑を図った。
「陽動でしょうか? 我々をおびき出す」
「おそらくな。やはり我等が邪魔らしい」
「それでも――――」
 小さく言ったのは克己だった。
「それでも、もう後には引けないよ」

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