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降臨~こうりん~ - 六

2015/02/17 10:39

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 咲也の魂はもう消えて無くなってしまったのだろうか? 鵺や環達との約束は、自らの使命は、果たせないまま終わってしまったのか?
(僕は無力だ――――)
 自分を呪い殺してしまいたいほどの気分で目を閉じた克己を、和馬がつついた。
「おい……なんか様子が変だぞ」
「え?」
 言われて克己が目を開くと、魔王に乗っ取られたはずの咲也の様子は、確かにおかしかった。
「――――!!」
 咲也の口からこの世のものでない叫び声があがり、両手を頭にあて、狂った様に激しく首を振りはじめた。その動きは更に激しさを増してゆき、ついには立ち上がって祭壇の上の燭台や古書などをぶちまけ、髪を振り乱し身を捩り、暴れまわった。
「これは!?」
 驚いたのは克己達だけではなかった。予想外の展開に、麗夜も驚愕の色を隠せず、なす術も無く呆然と見ている。
 咲也は、足がもつれて倒れてもなお苦悶に身を捩り続けた。
 その動きが突然止まった。弓の様に仰け反って、宙に浮いたまま。
 次の瞬間、咲也の体からなにかが、ずるりと這い出した。
「なにっ?!」
 再び激しいエネルギーの嵐が屋上に吹き荒れ、防御する間も無く麗夜はまともにその魔気をうけて吹き飛ばされた。だがさすがというべきか、飛ばされながらも結界を張り、何とか身を護って魔法陣の上に着地した。
 一方、皮肉な事に、克己と和馬は麗夜の魔法の檻に閉じ込められていたおかげで、鵺さえ傷付けた魔気に晒される事も無く済んだ。
 嵐が止んだ時、咲也の体から這い出たもの……〈大いなるもの〉もしくは魔王……
は上空にいた。その巨大で不気味な影は、降りてきた時よりこころなしか弱って見えた。異界の存在の体に、出たり入ったりすれば、当然、魔王であろうと消耗する。
(∞≠∴£*§――――)
 湧き出す様な声がし、麗夜は身を固くした
「@*∈∂∇ʼn≒……」
 空を仰いで、奇怪な言葉で返す麗夜は青ざめ、脅えているようですらあった。
 魔王は麗夜の言葉に呼応したかのように、“街の心臓”へと移動し、そこに降りた。
 魔王がこの世にとどまり、その力を行使するためには器が必要なのだが、何らかの理由で咲也の体から追い出されたらしく、一先ず“街の心臓”へ降りる事を余儀なくされたようだ。この街はすでに魔界の住人でも生きられるほど変わっている。とどまる事だけなら可能だ。しかし、消耗している上、すでに咲也の体に合わせるよう調整を済ませていたため、今降りられる所といえば、咲也と同じ生体リズムを刻む“心臓”しかない。
 だが……街自体は動けない。ここは何としてでも、再び咲也の体を使えるようにするから、しばらく待ってくれ、そう麗夜は魔王に告げたのだ。
「よくわからんが、チャンスはまだあるみたいだぜ」
 一緒に閉じ込められている和馬が、克己に耳うちした。
「でもまず、ここから出ないと……」
 二人が何とか光の檻から脱出する算段を考じているのを尻目に、麗夜は床に倒れたまま動かない咲也の方へ近づいた。その足取りは先刻、魔王の魔気を受けたためか、少々ふらついていた。自分でも言ったように、麗夜も生身の人間。妖獣鵺でさえ実体を維持できないほどの、強い精神エネルギーをまともに浴びて、無事で済むはずがない。表情には出ていないが、かなり辛いらしい。
 気を失っている咲也を抱き起こし、麗夜はその肩を掴んで揺すりながら、彼には珍しく激昂したような口調で言った。
「嘘つき天使め。これはどういうことだ? あれだけの事を言っておきながら……公平だと? 信じろと? 現世での意志は関係ないと言ったのではなかったのか?」
 激しく揺すられ、うっすらと咲也は目を開いた。
「……あれ……は僕じゃ……ない」
 苦しげに、途切れ途切れに咲也は呟いた。
「言った……でしょ? 僕以外の……部分が目覚めた時は、知らない……って」
 麗夜と、咲也のやりとりは克己達にも聞こえていた。
「?」
(僕以外の部分……? おかしいな、咲也が自分のこと僕なんて言うの……)
 克己は理解に苦しんだ。それに何か違和感がある。あれは咲也では無いのか?
「あっ――――ああっ!」
 突然、咲也の体が痙攣を起こしたように跳ね、再び苦しみだした。
「?!」
 そして、彼等は見た。
 咲也から、もう一人の透き通った咲也が立ち上がるのを。
 それは、とても悲しそうな表情で目を閉じ俯いていた。その背中に、ゆっくりと広がってゆくのは美しい翼。
「天使……」
 克己も、和馬も、そして麗夜でさえ目を奪われる、夢のような光景だった。
「咲也は僕まで追い出してしまったよ……自分の一部である、僕まで」
 天使が寂しそうに言った。
 ふわり、と翼をもつ透き通った咲也が舞い上がった。
「待て!」
 麗夜が飛びたとうとする天使を引き止めた。
「おまえがいなくなるというのは……どういう事を意味する?」
「……」
 天使は答えなかった。ただ悲しそうに麗夜に微笑んだだけだった。
 本当は訊ねなくとも麗夜にはわかっていたのだ。
 運命の天使が飛び立つ。それは咲也が、自分自身のあまりに悲しいさだめを、受け止めるのを拒否した事を意味するのだと。魔界からも、この世からも選ばれた存在。どちらかを選ぶ事も許されず、ただ見届け、受け止めるだけの、そんな運命を咲也は拒否したのだ
 それは即ち、咲也の人並み外れた能力の喪失をも意味するのではないか? 霊媒としての力の。人外の存在を惹きつけ、魅了し彼等から身を守る術さえ知らず、だが決して傷つかない。そんな希有の存在は、あの天使を魂の一部に持って生まれた事によって在ったのだから。
 ならば――――それを憐れんで、天使は悲しそうな目で麗夜を見たのか?
「形勢逆転……か? いや、まだだ。まだ私は諦らめない……もう一つの選択肢を消してしまえば、未来は変えられる!」
 再び、麗夜の目が克己に向いた。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13