降臨~こうりん~ - 四
2015/02/17 10:33
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夢を見ていた――――。
平穏な、いつもの風景……朝寝坊して朝食を摂る隙も無く、寮を飛び出す。途中、
同室の克己に追いついて文句を言う。
「なんで起こしてくれなかったんだよ!」
克己はいつもくすくす笑って言うんだ。
「起こしたじゃないか。何度も。でも起きないんだもん。僕まで遅刻したらやだからね」
「この薄情者」
そして二人でケンカしながら学校へ行く。
教室は同じ。でも席は離れてる。克己は背が小さいから一番前が万年指定席。俺が窓際の後ろから二番目。時々、こっそり手紙が回ってくる。
“また憑いてる。休み時間に祓ってあげる”
そういう時は肩が重かったり、気分が悪かったりする時。でも、克己はすぐに治してくれるんだ。
放課後はわりとヒマ。進学校だからクラブ活動もそう盛んでは無いし。時々、俺はバスケ部や陸上部に呼ばれて、試合前だけ練習に行くけど、正式にはどこにも入ってない。克己もだ。たまに弓道部に助っ人に行くくらいで、どちらかと言えば、漢字がびっしり詰まった難しそうな本を読んでる事の方が多い。
静かにお勉強する環境を重視するあまり、東京と言っても郊外のド田舎に建ってる学校だから、寮の門限に気を取られてたら、平日はとても遊びには行けない。で、結局いつも日が暮れて、一日が終わるんだ。
でもわりと幸せな毎日。些細な事でも笑って、喧嘩して、悩んで……青春ってやつ? そして、気がつけばいつも隣に、起きてから眠るまで、小さな友達がいるんだ。同じ歳とは思えない見かけの、でも、自分よりずっと強くて頼りになる、そんな友達。普通、肉親でもこんなに四六時中一緒にいれば煙たくなるはずなのに、どうしてだろう? 少しでも姿が見えないと不安になる――――
あれ? どうして今、隣に彼はいない?
「君が殺したからだよ」
誰かの冷たい声が聞こえる。誰? 何を言ってる? 俺が殺した?
ここは何処だ? ひどく暗い。さみしい所。
不安でたまらない。なんだか悲しいよ。
「克己! かつみ!」
返事はない。
いつもすぐに駆けつけて、笑顔で「大丈夫だよ」って言ってくれるのに。
「咲也……」
克己の声だ! いるじゃないか。ちゃんと。
声の方に走っていくと、克己がいた。だが……そこにいた克己は血だらけで、和馬さんに抱かれて俺の方に手を伸ばしてる。
「克己!」
慌てて手を伸ばすのに、どうしても届かないんだ。どうして……どうして!?
「君にはその資格が無いから」
また冷たい声が聞こえる。
まわりには京都の街が広がってる。でも、壊れて、滅茶苦茶になって、人はみんな脅えた目で俺を見てる。これも俺のせいなのか? 嫌だよ。悲しいよ。俺はこんなことしたくは無いんだ……誰か助けて!
母さん……父さん……克己!
「さくや――――っ!!」
誰かが俺を呼んでる。女の子の声。この声は知ってる。克己のお姉さんだ。環さん?
(ううん、私じゃないわ。あれは弟。克己はあなたを助けるために、私になったの)
同じ声が違う方から聞こえる。
なんだか変な感じだ。それに意味がわからないよ……
後からの声のした方から、克己そっくりの女の子……環さんが現れた。彼女はとてもやつれて見えた。
(ああ、やっと見つけた! こんなに奥深くに隠れてるんだもの……探し出すのにとてもかかったわ)
「探してた? 俺を?」
(そう。克己にあなたを助けてって任せたけど、あなたが心を閉ざして、現実から逃げてしまったままだったら、幾ら克己が頑張っても駄目だもの……幸いって言っていいかわからないけど、私もあの世への扉から押し戻されてしまったから、せめてあなたの心だけでも助けられたら……と思って)
「……」
突然、環さんが振り返り、慌てはじめた。
(もうすぐ来るわ! あれが……私は行かなくてはならないけど……いい? 自分を責めては駄目よ)
環さんは急速に遠ざかって行く。
「あっ! 待って!」
(……あなたは克己を殺してなんかいない。京の街を変えたのも、あなたのせいじゃない。だから勇気をだして。こんな心の奥深くから逃げ出して! 克己は助けに来てくれるわ私の姿で――――だから、その時は目を覚ましてね。私の声に応えてね……)
もう見えなくなってしまった環さんの、ひどく遠い声……でも彼女の言葉で少し、不安や悲しみが和らいだ。
「咲也……さくや――――っ!!」
また環さんの声。でもあれは……
応えなくては。目を覚まさなければ。
「克己?」
そして、長い夢から目覚めた。
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