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失踪~しっそう~ - 四

2015/02/16 13:42

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 付き添いとして珠代は病院に残る事になり帰りは克己一人になった。本当は母を残すのは、また刺客が来た時危険だと反対したが、もう占いの出来ない雲母を狙っては来ないだろうという珠代の意見も頷けた。
 克己は一刻も早く家に戻らねばならない。咲也を守る事が、克己に与えられた使命なのだから。
 雲母をお願いします、そう言い残して別れる間際、医師が克己を呼びとめた。
「君に渡しておきたいと思って。彼女がこれを大事に握り締めていたんだ」
 そう言って、彼は白衣のポケットから1枚の紙切れを取り出し、克己に手渡した。
「これ……」
 皺だらけになってはいるが、それは俊己の渡した御札だった。
(雲母さん大事に持ってたんだ……)
「警察の人には内緒だよ。こんな事を言っては笑われるかもしれないが、運転手は亡くなり、彼女が助かったのはこれのおかげじゃないか……なんて気がするんだ」
「笑ったりしません。僕もそう思います」
「良かった。君にならわかってもらえると思った。君は不思議な目をしている───こんな人が聞いても絶対信じてくれそうにない事でも隠しておけなくてね。
それに……ひっくり返してごらん」
 克己は言われるまま御札を裏返した。そこには文字らしきものが記されていた。
“杯の――――”
 そう読めた。
「何だろうね? これは?咄嗟に走り書きした様だが。犯人……人間としてだが、その手掛かりだろうか?君にならわかるんじゃないかと思って」
「……」
 克己もすぐには意味を理解しかねた。だが雲母は命を掛けてでも伝えたかったのだろう。医師が言った様に、雲母を傷つけたものの手掛かりか?
 いや、違う気がする。
 もしかしてこれは夢占の結果で、咲也に知らせたかった事と関係があるのでは……
「――――調べてみます。僕が預かっていいのですか?」
「もし犯人の手掛かりなら、警察に渡すべきなのだろうが、何故かわからないが私の勘では君に渡す方が正しい気がしてね。もし良ければ、何かわかったら私にも教えてくれたまえ。どうもすっきりしない」
「ええ」
 医師と別れ、克己は病院を後にした。
 謎の言葉を手土産に。これによって事態はまったく振りだしに戻った訳では無くなった。
 しかし、またややこしくなってきた。これからの戦いに雲母を欠く事は大きな痛手だ。彼女の役割はいわば目だ。これから暗闇を手探りで進まなければならない。
 克己の口から大きな溜め息が漏れた。


 待った。
 待つということがこんなに大変な事だと、和馬ははじめて知った。俊己はさすがに和馬の倍ほども生きてきただけあって、辛抱強く構えているが、若い和馬には何もせずただじっと待つだけなのは、かなりの苦痛を伴った。
 二人は今朝早くに神社を後にし、京の街に火を点けて回る物の怪を退治に来たわけだが『本日西が凶』といっても1日は長く、的もいまひとつ絞りきれない。この辺りといっても、どの建物、場所かはっきりすればそこに貼りついていられるのだが……始めのうちは地図を片手に、先の御所から三角を描く所で考えられる範囲内を、何度も路地を巡回しながらまだ起きていないか、おかしな気配が無いか確かめていったが、すっとそうしている訳にもいかず、仕方なく車で待つ事にした。尖兵として和馬が式神と呼ばれる使い魔を放ち監視に当たらせているが、一向に異変を知らせては来ない。
 もうすぐ正午。監視開始から七時間を過ぎようとしている。
 苛立ちを隠せない和馬に、
「そう焦るな。第一、火事など起こらないに越した事は無いのだから」
 俊己が諭す様に声を掛けた。腕組みでシートに深くもたれて目を閉じた様は、一見のんびり昼寝でもしているみたいに見えるが、ちゃんと霊的レーダーは働いていて、周囲に気の乱れが無いか神経集中に怠りは無い。
 しかし暑い。今日も35度の猛暑だと天気予報は言っていたが、もっとあるに違いない。幾ら冷房をかけても追いつかず、エンジンを止め、全ての窓を開け放しても車内はサウナ状態だ。汗がぷつぷつ珠になって湧き出してくる。喉もカラカラで、いい加減神経集中も怪しくなってきた。
「一度どこかで休みましょうか?」
 和馬の提案に俊己も賛同した。
 河原町周辺などの繁華街に比べれば静かで庶民的なこの辺りでも、やはり昼間は人通りも多く、皆が二人に振向いた。京都ではたとえ繁華街のど真ん中であっても、和服は勿論僧侶の格好であろうと山伏の装束であろうと人目を引くに値しないが、浅葱袴の難しい顔をした小柄な中年男と、2メートルを越す巨大な若者の凸凹コンビは目立つなと言う方が無理な話だ。本人達は一向に気にする様子も無いのだが。
 南のポイントや家の方も気になるので連絡を……と思った矢先だった。
 前を行く買い物帰り風の主婦二人組が悲鳴をあげた。恐怖に硬直した彼女達の前に小さな何かがいる。
 俊己と和馬が走り寄り、確かめた瞬間、二人は顔を合わせて苦笑いした。
 突然空から降ってきたそれは、何とも奇怪なものだった。生き物ではあるらしいが、こんなものを主婦は初めて見たに違いない。
 二本足で立つ姿は人間に近い。だが肌はレンガ色で、背中には蝙蝠に似た羽根があり、手足の爪が異常に長い。顔は猿に似ている。それは、きい、と鳴いて主婦の足元をすり抜け、和馬の肩に飛び乗った。
 この奇怪な生き物は和馬の式神であった。
「馬鹿野郎、人前では姿を消せといったろ」
 鼻先を指でつついて叱ると、抗議する様にもう一声鳴いた。こっちの方が悲鳴に驚いたとでも言いたげだ。
「すいませんね」
 和馬は立ち竦んだままの主婦に微笑んだが、奇怪な生き物と巨人の組み合わせに、彼女達はもう一度悲鳴をあげて一目散に走り去った。
「どうした?」
 和馬が訊くと、式神は耳に顔を寄せ何か囁いた。聞いた途端、和馬の表情がかわる。
「何と言ってる?」
「来ました。そこまで迫ってるらしいです。目指しているのはニ辻ほど下がった所」
「よし。急ごう」

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まいるどタブレット小説 Ver1.13