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夕立~ゆうだち~ - 十

2015/02/16 08:21

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 珠代は居間でテレビのチャンネルをワイドショーにあわせたまま針仕事をしていたが、急にアナウンサーが、
「ただいま京都から事件の現場中継が入ってきました」
 そう言ったので顔を上げ、画面を見た。
『過激派の仕業?』
 などとタイトル文字が踊った画面が映ると女性レポーターが御所の門を背景に現れ、
「先程、午後二時三十分過ぎ、ここ烏丸下長者町、京都御所蛤御門前で火事がありました。止まっていた自動車から突然火が出たもので、目撃者の話によりますと不審な人物は確認されておらず、車の持ち主に事情を訊いていますが、エンジンも止まっており、火の気は全く無かった模様で……」
 お決まりの口調で手にしたメモを見ながら説明した。珠代はみなまで聞かず、慌てて立ちあがって叫んだ。
「お父さん! お父さん! また火が出たわ。今度は御所やて!」
 縁側にいた俊己、克己、咲也にその声が届き、三人は大急ぎで居間に走った。
「早く、早く!」
 珠代がテレビの前で手招きしている。
 何とか間に合い、画面がまだ京都を映している間に三人はテレビの前に辿り着いた。
「――――京都では最近、放火とみられる不審火が多発しており、今回の事件も同一犯か、もしくは便乗犯の犯行という線で警察は捜査を進めていく方針ですが、皇室に対する極派の犯行という見方も濃厚で……」
 レポーターの声と、消防隊員や野次馬の人だかりの中で、まだ微かに黒煙を上げている車の映像が流れた。現在の状況である。その後VTRで、突然炎を吹き上げた車の映像が映し出された。
「これは?!」
 偶然、現場に他の番組の撮影で居合わせた地元テレビ局が撮った、事件発生時の決定的瞬間の貴重な映像です、と説明が入った。
 克己と俊己はレポーターの説明など聞いていなかった。彼等の目はテレビの画面に釘付けになっていた。
 まだ火の手が上がって間も無い現場の映像は俊己もしばしば目にしたが、事件のリアルタイムの映像は初めてだ。もしかしたらあの不思議な魔方陣を形作る一連の火事の手がかりが映るかもしれない。
 もう一度スローで火が出た瞬間がリプレイされ、猛火に包まれた車を映し、少し引いて辺りの景色が入った時、何かが見えた。
「何……今の?」
 克己が洩らした。
「え?」
 咲也も注意して見ていたが、何も見えず、映像はワイドショーのスタジオに移ってしまった。
 もうこれ以上映りそうも無かったので、立ったまま見ていた三人は申し合わせたように一斉に座った。
「見えたか、克己?」
「うん。一瞬だったけど……」
 同じ様に画面を見ていた咲也や珠代には何も見えなかった。克己と俊己にだけ見えていたとすれば、霊的なものだったのだろうか。
「何? 何が見えたの? 克己ちゃんには」
 珠代が尋ねた。咲也も一緒になって覗き込む。
 克己は困った様にちょっと首を傾げ、
「……何て言ったらいいのかな、確かに見えたけど、どう表現すればいいのか……顔、だね。強いて言えば。ほら……カメラが少し引いて、見てる人達と御所の門が映ったでしょ。あの時、一瞬画面いっぱいに幾つもの目と尖った歯を剥いた物凄く大きな口が被ったんだ。なんかすごく不気味だった」
「幾つも目があったんなら沢山いたわけ?」
「ううん。口は一つだから一人……じゃないな、一つだよ。きっと」
 咲也はうーんと唸って想像してみたが、どう考えてもマンガに出てくるお化けにしかならなくて、どうも迫力に欠けた。
「父さんはどう?」
 克己が訊くと、俊己は渋い顔で首を振った。
「――――わしは克己ほどははっきり見えなかった。ぼんやりした黒い影が画面に被さったように見えただけだ。ただ、何か強いエネルギーを感じた。悪意……というか、良くない気だな」
 VTRでそこまで判るなんて凄い、と咲也は関心したが、俊己の表情は晴れなかった。彼は内心、息子の方が自分よりはっきり見てとった事が意外で、少し自信喪失したのだ。結界が破られた事もあったばかりだ。
「その、画面に映ったおかしなものが例の魔方陣を描いているものでしょうか?」
 咲也が尋ねると俊己は気を持ち直して、
「何とも言えんな。先のVTRにも放火魔らしい人間は映っていなかったし、あの不自然な火の出方も人間には不可能に近い。火を点けてまわっとるのは、超自然的な力だと考えるのが妥当だろう。物の怪の仕業か、魔法でも使って遠くから意思の力で火を点けているか――――そもそも先程画面に映ったものが何だったのか……悪霊、物の怪の類か、誰かの精神エネルギーの投影か……そこが決め手だろうな。もし、誰かの意思の投影なら、あの魔方陣を描いている本人だろう。物の怪なら奴らにこんな手の込んだ事が考えつくとは思えん。実行犯として使役されている使い魔だろうな。とすれば、真の犯人は他にいるという事になる」
「なるほど。実行犯と真の黒幕とは必ずしも同一ではないわけだ――――」
「克己は何だと思ったかね?」
 父に問われ、克己はまた首を傾げた。
「物の怪だと思うんだけど……はっきりは断定出来ない。でも、そういう事ならどっちにしても後ろに誰かいそうだね。魔方陣を使うのは魔術師。魔術師は人間だもの」
「うむ。問題はなぜ、という事だが」
「そうだね。なぜ京都に大きな魔方陣を描いたのか……」
 謎は深まるばかりだ。
 横で静かに様子をうかがっていた珠代は、男達が黙り込んでしまったので、お茶でもいれようと台所へ立った。
 しばらく考えていたが、結局咲也は万歳して降参した。克己も同じらしく、
「理由はわからないけど、京都におかしな事が沢山起きるのとは関係あるだろうね」
 そうとだけ言った。俊己も頷き、
「だろうな。都市の霊的なエネルギーの均衡が乱された結果だろう。しかし……誰が何の為にこんな事を――――」
 廊下の方がふいに慌しくなり、三人が気がつくと、珠代が小走りに戻ってきて来客を告げた。俊己に急を要する話だという。
「誰かね?」
「それが……若い女の方なんですけど、どなたかは。ただ、京都に起ころうとしている異変についてお話があると――――」

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まいるどタブレット小説 Ver1.13