HOME

 

大いなるもの - 四

2015/02/17 10:01

page: / 86

「ああっ!! 見て!」
 克己が叫ぶ。
 光の柱は、真っ直ぐに空へ伸びた後、ある程度の高さまで上がると、先が無数に分かれて弧を描き、再び地上へと戻っていく。その様はまるで、真っ赤な血の噴水みたいに見える。再び地上を目指した光の行く先は、それぞれ放火事件の起きた箇所……魔法陣に配置された聖柱のあった場所だ……やがて、それぞれの点は心臓部と同じ色の輝きを放ちはじめ、点と点は繋がって線となり、京都の街の上に、巨大な、炎の様な真っ赤な光の魔法陣が描かれてゆく――――
 ちょうど三人の立っていたあたりは、魔法陣を描く線が通る所だったのだ。光の線の通っている所は、建物も家も破壊され、木はなぎ倒され、アスファルトで覆われた地面も裂けている。地下深くから光が漏れているようだ。あのまま立っていたら今ごろはどうなっていたか……だから鵺は急いでいたのか。
「助けてくれたんだね。ありがとう、鵺」
 礼を言う克己に、鵺の返事はにべも無い。
(……誤解スルナ。オマエ達ガドウナロウト、我ハ一向ニ構ワヌ。寧ロ死シテクレタ方ガ有リ難イ位ダ。戒メカラ逃レラレル)
「なんだと……!」
 かっとなる和馬を、克己が無言で制した。ここで機嫌を損ねて落とされでもしたらたまらない。
(ダガ、オマエ達ニ何カアレバ、“さくや”ガ悲シム。我ハソレヲ見タク無イダケダ)
 それが鵺の嘘偽りない本心だった。克己にはわかる。
「いいよ、それでも。結果的には同じなら」
(……)
 それっきり、鵺は口を開かなかった。
 再び街を見下ろし、三人は息を呑んだ。
 どくん、どくん。
 心臓の鼓動が聞こえる。街が脈打っている。……魔法陣の光が、鼓動に合わせて点滅を繰り返す。光の線は血の通った血管の様だ。
 そして……克己達は見た。
 街に、一つの美しい顔が重なるのを。目を伏せ、哀切に満ちた表情の少年の顔が。
「咲也……」
 青白く透き通った、美しい幻。
 やがて、咲也の幻影は顔だけではなく、その上半身も顕にした。ゆっくりと両手が広げられる……街を抱き込むみたいに。翻る着物の袖は、オーロラの様に虹色に透き通って闇にやわらかなヴェールをかけて輝いている。少年の幻に抱かれた街は、天使が降臨した祝福の街にさえ見えた。
 だがこの街はその逆、魔界と化そうとしているのだ――――
 どくん、どくん。街は脈動を続ける。
 幻の咲也の伏せられていた目が開かれ、克己達の方を見た。縋るような、痛々しいほど悲しい眼差し。言葉はなかったが、その瞳を見た瞬間、克己には理解できた。
(“さくや”ハ何故アンナニ嘆イテイル?)
 鵺が克己に訊いた。鵺にはわからなかったらしい。
「……この鼓動は咲也の鼓動……流れているのは咲也の血……咲也は自分がこの街を変えてしまう事が悲しいんだよ」
(アノ魔導師ガ、サセテイル)
「そう。でもね、たとえ麗夜が操っているといっても、咲也は責任を感じているんだ」
(……前ニ、オマエ達ト戦ッタ後モ……“さくや”ハオマエヲ殺シテシマッタト、自分ヲ責メテ、心ヲ閉ザシテシマッタ。アノ魔導師ニ操ラレ、我ガ手ヲ下シタ事ナノニ。我ニハ解ラナイ。教エテクレ)
 そんな事が……と少し驚いてから、克己は人間ではない妖獣に、何と説明すればいいか困った。理屈では無い微妙な人の心理を。
「……上手くは言えないけど、それが人間だって言う事なんじゃないかな。僕だって今、心を閉ざしてしまうほど咲也を悲しませた事を、自分の罪だと思うよ。好きで死ぬ目にあった訳じゃ無いのにね……お前はさっき言よね? 咲也が悲しむのを見たくないって。問題は、どうすればもう、咲也が自分を責めて悲しい思いをしなくてもいいようにできるかって事だよ」
 なかなか上手い事を言う……と、黙って克己と鵺のやり取りを聞いていた、俊己と和馬が顔を見合わせた。
(……ソレナラ解ル。望マナイ事、心ニモ無イ事ヲシナクテモヨイヨウウニ……即チ、アノ魔導師カラノ開放。急ゴウ。コレ以上“さくや”ヲ悲シマセナイ為ニ)
 鵺は咲也の悲しい幻影に背を向け、目的地……麗夜と咲也の実体のいる所を目指し、三人を乗せたまま空を走り始めた。
 めざすは、京都駅ビル。

page: / 86

 

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13