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鵺~ぬえ~ - 二

2015/02/16 14:05

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 鵺は彼等の追跡を知ってか知らずか、ほの光る臣下を引き連れ、悠々と空を走る。追い着けないが、決して見失う程の距離も開かない所をみるとわざと誘っている様にも見える。
 数分走った後、鵺は速度を落とした。
 通行人も車も無い静かな交差点。その中央に信号と街灯のスポットライトを浴び誰か立っている。鵺は一声吠えると、人影をめがけて急降下し、その傍らに降り立った。
 ああ、その人影は――――
(咲也?)
 間違いなく咲也だ。見覚えのある、良く知った親友の美貌。しかしどこか違う……何日もの間探し求め、心焦がしていた咲也をやっと目の前にしたというのに、克己は言いようの無い違和感を覚え、飛び出して声を掛ける事も出来ず立ち竦んだ。
 鵺と共に集まって来た霊達の発する蛍の光に似た燐光の乱舞するなか、無機質な赤や青の灯を浴びて浮かび上がった姿は、この世のものとは思えなかった。
 錦の着物にきらめく飾冠。祇園祭りの稚児を思わせるいでたち。何より、その衣装のきらびやかさすら色褪せてしまう、纏った本人の白い面……夢見る様な虚ろな美貌の秀麗さ。女でも男でも無い、少年の顔。
 鵺は静かに佇む麗姿に歩み寄り、その傍らに伏せた。伏せてなお巨大で奇怪な獣は、愛らしいとさえ言える仕種でほっそりした体に無骨な鼻先を擦り寄せた。白い手が伸び、無表情にその頭を撫でる。鵺は撫でられると、ぐるる……と嬉しそうに喉をならした。
 醜悪な獣と美少年の妖しい取り合わせを取り巻く淡い霊光の舞い。まるで美しい悪夢の様な光景に、克己達は魅せられた様に呆然と見入っていた。
 咲也は鵺の背に腰掛け、空を仰いだ。
 一飛び。
 鵺の背に跨がった咲也の長い髪が風に靡き冠のこめかみ辺りから長く下がった飾りと錦の衣の金糸銀糸は月の光を受けきらきらと輝いた。鵺の吐く生臭い息が夜を染めた。
「しまった……!」
 我に返った時は遅かった。
 少年を乗せた妖獣は、次の瞬間には建物の陰に隠れて様子を窺っていた克己達の上空に浮かんでいた。気配を殺していたとはいえ、鵺は追跡を知っていたらしい。そうと知って三人を誘ったのか。今や敵意剥き出しの赤く燃える眼は、険悪な妖気を湛えて三人に向いていた。そして咲也の虚ろな視線も。
 克己は咲也の自分を見る視線に愕然となった。
 見たことも無い、知らない者を見る目。
(咲也……僕がわからないの?)
 込上げた言いようの無い感情に、克己は止める父達の手を振りほどいて飛び出した。
「咲也!! 僕だよ! 克己だよ!!」
 悲痛な呼びかけにも表情も変えない。
「ぬえ、あれはどうするの?」
 始めて咲也が口を開いた。抑揚の無い、感情の籠もらない言葉。
 答える様に、しゅう……と鵺が威嚇の声を上げた。それでわかったのか、咲也は何の感慨もこめず淡々と言った。
「そう。じゃあ始末しちゃえよ」
「咲也――――」
 信じ難い言葉に金縛りにあったみたいな克己に、鵺の鋭い爪を持つ前足の一振りが襲いかかる。
「危ない!!」
 間一髪で和馬の太い腕が小さな体を引き寄せ、爪は空を切った。
「克己坊! 今の咲也君は術をかけられて何もわかって無い。油断するな!」
「でも……」
 鵺はあきらかな殺意を漲らせ、唸り声を上げながら次の攻撃に移ろうとしている。吐き気がする程の妖気が辺りにたちこめた。
「……ぬえ、ちょっとお待ち」
 鵺が再び克己達めがけて飛び掛かろうとするところを咲也が止めた。
「考えが変わった」
 その言葉に咲也が我に返ったかと希望を抱いた三人だったが、それは次の瞬間に粉々に打ち砕かれた。咲也は楽しそうとすら言える口調で冷酷な台詞を吐いた。
「お前なら簡単に殺れるだろうが、それでは面白くない。まずは雑魚共に相手をさせて手並みを見、時間をかけて嬲ってやろう」
 克己の背中を戦慄が走り抜けた。
 これがあの咲也なのか!?
 あまりの衝撃に、咲也の顔が人形の様に無表情で虚ろで、明らかに本心から自分の意思で喋っているので無い事など、気がつく余裕は無かった。
 しばらくの沈黙の後、鵺の猿面がにやり、と笑った。意見に同意したらしい。
 鵺は咲也を乗せたまま高度を上げ、高みから三人を見下ろした。
「気をつけろ!」
 俊己の声と同時に、がっ!と鵺が吠えた。
 それは合図だった。
 光の泡となって漂っていた夥しい数の妖しのもの、雑霊が一斉に津波の如く押し寄せて来た。凄まじいエネルギーの波に翻弄され、克己達はしたたかに地面に叩きつけられた。
「……ってぇ。やりやがったな」
 すぐに和馬と俊己が起き上がった。
「へえ、やるな」
 少し関心した様に咲也が言った。
 普通の者なら今の一撃で発狂するか死ぬかというパワーだったが、彼等は何とか持ちこたえた。瞬時に気のバリアを張ったのは優れた霊能者の彼等だからこそ出来た業だった。克己も背中を強く打って咳き込みながらもどうにか身を起こした。その表情は厳しい。
「……本気みたいだね」
「こちらも本気でかからねばなるまい」
 体勢を建て直し、俊己、和馬、克己の三人は背を合わせて集まり、それぞれ印を結んで呪文、祓言を呟き気を集中した。それを止めようとするかの様に更に強い第二波が来る!
 和馬の隻腕が九字を切った。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
「――――祓いたまえ清めたまえ」
 克己が奏上した。
「はっ!!」
 俊己の気合と柏手が鳴り響いた。
 空間が歪む程の衝撃と共に霊達は四散した。続いて第三の波も同じく。
 ぱちぱちぱち。
 咲也が無表情のまま手を叩いた。
「お見事。でもいつまでもつかな?」
 三人のありったけの霊能力を合わせれば数に任せようと雑魚など歯が立たない。しかし懲りずにまた他の霊が次々と集まって来ては襲って来る。今の京都には替わりは幾らでもいるのだ。祓っても祓ってもこれでは際限が無い。しかも徐々に数が増していく。何度も繰り返される攻撃に、少しずつだが三人の息が上がり始めた。
「咲也が目の前にいるのに……」
「これでは埒があかん。ったく、鬱陶しいったらありゃしねえ。まだ化けもんに一発でやられる方がマシだぜ!」
 克己と和馬が思わず洩らした時、思いもよらない声がその場を救った。
「そこまでにしておいてはどうかね?咲也」

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