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【第二章】新大陸 - 96:勝てる気がしない

2014/10/15 16:13

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 第一階級の余裕なのか、二人はすぐには動かなかった。

 ヌンチャクの男の方、キドネイアは宿主が格闘タイプのスイの師匠ということで、何となく正統派ファイタータイプだと推測される。これも推測に過ぎず、武器の形状も全く異なるから実際はよくわからないのだが。もう一人のリシュルの母ちゃんに憑いているサイネイアは全く持って予測すらつかない。

 手にあるのは舞に使うような大きな扇。マキアイア……ゲンが持っていたような鉄扇でも、拳法で使う太極扇でも無さそうだ。ひらひらと顔の前で動かすさまはどうみても柔らかでしなる素材。殺傷能力は無さそうなのだが。

 しかも舞と言ってもお上品な伝統芸能とかじゃなく、懐かし映像のテレビ番組で見た事がある、私がまだ幼児だった大昔に、今で言うクラブみたいなところでお立ち台という舞台の上でミニスカートにハイヒールのピッチリしたワンピースのお姉さんが激しく踊っていた踊り、あれで手に持っていたみたいなフワフワとした羽根の扇。

 この人形のようなドレスの女はどうやって戦うのだろう。

 ちろりと私達を見渡す金色の目がやはり蛇っぽい。息子を目の前にしてもその表情に全くゆらぎがない。

「やはり私がわからないようだ……」

 リシュルは父親に続いて今度は母親だ。第一階級相手だし、今回は父ちゃんの時の様に、意識に訴えるのも効かないだろう。精神的にキツイな、特に同じ親でも母親というのは子供にとって父親よりも身近な存在だ。だが感情に任せてまた先走る事があったら、今度は本当に危ない。

「熱くなりすぎるなよ、リシュル」
「わかっている。虫を追い出して元の母上に戻してみせる」

 うーん、イマイチ安心できる返事ではないが、コイツはとても頭がいい。先ので身を持って懲りただろうから大丈夫だろう。

 グイル、ゾンゲも準備はいいようだな。暗黙の了解で男の方はグイル・ゾンゲ組、女の方は私とリシュルの組に別れる。だが先程の事もある。臨機応変に行きたい。

「ルピア、離れてろ」

 私達が構えたと同時に動き出す二つの影。

 男の方キドネイアはこれといった予備動作もなくぴょんと高く飛び退った。
身が軽い! ゾンゲ、グイルの能力を信じ、任せるより無い。

 一方、ゆるりと扇を前に突き出し、しずしずと私達の方に歩いてくるドレスの姿。全くこれから戦おうという構えでも無く、素早い動きでもない。本当にゼンマイを巻かれた人形の様な姿。なのに……何だ、この隙の無さは。

 迫って来るふわふわの扇。

 なぜだろう、こんなにゆっくりなのに動けない! リシュルも動いていないが、動かないんじゃない動けないんだ。見た目とは裏腹の恐ろしいほどの気迫が、見えない糸になって全身を縛り上げるような。

 怖い、こわい、コワイ……心の奥の奥から湧き出してくるみたいな恐怖。今まで相手に対してこんなに恐れを抱いたことがあるだろうか。

 蛇に睨まれた蛙……まさに今その状態。私達は捕食される側のカエル。

「どうなさいましたの? かかっていらっしゃい?」

 鈴を鳴らすような可憐な声。

「こ、この!」

 私より先に動いたのはリシュルだった。三節棍の端を持ち、二節を振り回す形でかかっていった。それを切欠にして私も見えない呪縛から開放された。固まっている場合ではない。いかねば!

 確実にリシュルの攻撃は横っ面から相手を捉えたかに見えた。そして私の短くした棒の面を狙った打ち込みも。動いたようにも見えなかった。

 虚しく空を切った三節棍と棒。

「なっ……!」
「あら残念」

 声は後ろから聞こえた。

 振り返るとそこにはさっきとまたく同じポーズのサイネイアが立っていた。

 驚いてる間はないので息つく暇もなくもう一度突きに行く。

 だが今度もまた微笑んだ姿を捉えたはずが全く手応えが無い。

 ゆっくり動いてるんじゃない。速すぎるんだ! あまりに速すぎて残像を見ているのだ。

 これは……今までリリクやマキアもすごいと思っていたが、それどころじゃない。もはや生身の生き物の動きじゃない。高位のヴァファムに憑かれる事によって飛躍的に能力は向上するが、宿主も半端ない肉体の持ち主なのだろう。

 蛇族最強の女……リシュルも言っていたが、まさに!

「ふふ、大したこと無いわ。どうしてここまで来られたのかが不思議」

 年齢を感じさせない顔が笑みを深くした。また突き刺さる針のような殺気が襲ってくる。

 ふわりと力も入れずに翻っただけに見えた羽根扇。

 次の瞬間、リシュルが飛んだ。

「うわっ!」

 何も当たったようにも見えなかった。それなのに渾身の蹴りでもくらったような形で壁際まで飛ばされた。

 気をとられているヒマはなかった。もう一度扇が翻る。受け身を取る間もなく、今度は私が吹き飛ばされる番だった。

「つっ……!」

 脇腹に重い衝撃。何だ今のは! 回し蹴りを受けたような感じだった。

「マユカ!」

 ルピアの声が聞こえたが、来るな……。

 すかさず立ち上がる。口の中に少し血の味がした。

 なんて速さと攻撃力。全く勝てる気がしない。一撃でも食らわせるどころか、攻撃をかわすことも見切ることも出来ないなんて。

 だが……いくら第一階級、人知をこえた動きといえど生身のはず。絶対どこかに弱点はあるはずだ。考えろ、私。

 またゆっくりとこちらに近づいてくる華奢な人影。

 続けては攻撃してこない。そして扇を動かしたかに見えたのに実際受けた攻撃は恐らく蹴り技。その矛盾。

 捨て身の覚悟でもう一度攻撃に出る。今度は棒を伸ばしながら下段から振り上げる。

 また翻った扇。そして次の瞬間に軸足の膝に横からの衝撃を受けて倒された。

 くそ、痛いじゃないか。鎧の部分に当たったのでダメージは少なかったが……やはり蹴りだな。

 全く関係ないはずなのに、なぜか居合が頭に浮かんだ。居合……ほんの僅か何かひらめいた気がする。まだ形にはならないが、ここに攻略のポイントがある気がするのだ。

 その時、鋭い音が響き、目の前をグイルが過った。そういえばもう一人役つきと戦っていたのだ。このそう広くない階段下の小部屋で。

 ヌンチャクをひゅんひゅんと振り回し、グイルとゾンゲと戦っている男。サイネイアと私達の間に入って来て、こちらは一旦中断された。

「もう、キドネったら邪魔ですわ」
「すまんな、狭くてな」

 二人とも全く緊張感のない穏やかな口調。余裕だな。まあ向こうもゾンゲも膝をついてるし、グイルもさっき飛ばされていた。こちらは命拾いしたが、あっちも全く歯がたたないようだ。

「速さにはなんとかついていけるが……こっちの攻撃が全く効かない。ゾンゲの爪も跳ね返される」

 グイルが立ち上がりながら、ぺっと床に血の混ざった唾を吐いた。

 全身が固い鱗で覆われていて攻撃が効かないとスイが言っていた。ええと、弱点は確か……。

「脇の下が弱点らしいぞ」
「……何とかやってみる」

 すごく微妙な攻撃しにくい弱点だが、何とか頑張ってくれ。

 こっちもそれどころではない。気が付くと目の前にサイネイアが迫っていた。

「邪魔が入ってしまってごめんなさいね」

 いや、そんなに微笑んで断られても。寧ろ助かったとは言わないが。

 もう一度ふわりと扇が翻りかけた時、

「あら?」

 ふとサイネイアが首を傾げた。

 いつの間にか彼女の周りに光る図形が無数に浮かんでいた。いや、サイネイアだけではない。キドネイアの方もみたいだ。

「僕もいるんだよ」

 ルピアか。これはマキアイアを抑えこむ時に使った強力な魔法。

「長くは……持たないし、完璧じゃない。でも少しでも今のうち、に……」

 声が震えている。弱っている時だったがこれを使った後、本当に死にかけてたからなルピア。

 二体同時に抑えこむなんて相当の負担になるはず。なのに。

 密着して巻き付いた鎖のように相手を押さえ込んだ図形。考えている暇は無い。この隙に!

 リシュルと同時に打って出る。そして向こうはグイルとゾンゲが。

 完全に捕縛は出来ていないのか軽くかわされるが、何度も行くうちに攻撃が当たった。リシュルが三節棍で薙ぐように横から打ち込み、私が足を払う。可憐な見た目だけに、やや気が引けたがそうも言っていられない。すまんなリシュル。お母さんを攻撃するなんて……だがこれも助けるため!

 グイルの蹴りがキドネイアの顔に当たるのが視界の隅で見えた。ゾンゲの爪が翻るのも。

「くそっ! 卑怯な!」

 キドネイアが吠えているが、卑怯ではない。こうして体で戦うのが私達の力なら、ルピアの戦う方法は魔法なのだから。正直後味は悪い。だがそう思わなければ勝てない。大女王の所に行けない。

「面白くないことをしますわね……」

 よろめいたサイネイアが呟き、ビン、と空気が凍りついたかに思えた。

 彼女を捕らえていた光の図形がはじけ飛んだ。

「えっ……!」
「悪い子はお仕置きしないといけませんわ」

 ふっと掻き消えるように目の前からサイネイアが消え、私達が攻撃にそなえて構えた次の瞬間。

「あ……」

 小さく声が上がった。

 振り返ると、ゆっくりと崩れ落ちる姿が。窓から差し込む陽に照らされて、赤っぽく染まった金色の髪が残像を残すように輝く跡を残して。まるでスローモーションのように感じた。

 どさりと微かな音をたてて床に倒れたのはルピア。

「ルピア?」

 返事はなかった。

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