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【第二章】新大陸 - 98:大女王の正体

2014/10/28 17:50

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「お久しぶりです東雲さん。随分と金ピカになられましたね」
「放っとけ。で? なぜお前がいるんだろうか、軽部」
「知りませんよ。ボクが訊きたいですよそんな事」

 女王の部屋への階段を上がりきった場所に不機嫌そうに立っていたのは、デザールのある大陸の武器工場……正確に言うとこの世界で唯一『日本』であった小部屋に置いてきたはずの軽部敬一郎だった。

 踊り場横の壁に、あきらかに周囲の重々しい作りの石壁と浮いているスチール製で丸い取っ手のついたドアがある。いかにもメイドインジャパンな作りだ。

「ここにはもう来ることは無いと思っていたのに」
「もうって……来たことがあったのか?」
「勿論です。ボクが三年前に呼ばれてしばらくは、あの部屋とここが繋がっていた。ここで生まれ、それぞれ体を得た上位の役つき達に知識を与えるためにね。武器工場にしか繋がらなくなったのはここ一年程の事です」

 そういう大事な情報は先に言っておこうか軽部。私が尋ねなかったのだが。

 ああ、でもそうだな。わざわざ幹部面々が向こうの大陸まで新人研修よろしく行くのは大変だっただろうなぁと思っていたが、違ったんだな。

「またその繋がりが戻されたというわけか。でも何故また?」

 軽部はもう使い捨てにされたんじゃないのか? なぜまた……。

「大女王に呼ばれたんじゃないか? 僕とマユカと一緒で、本当なら離れていたらいけないはずなんだ。純粋に僕の使った召喚の方法とは違うかもしれないけど近くに喚んだ物があるのと無いとでは魔力の消費が全然違う」

 そういえば……ディラの診療所のヒミナ先生もそんな事を言っていたな。術者は無事では済まないだろうと。

 そしてこうも言っていた。

『ただ一つ言えるのは、その術者も猫族って事だけね』と。

 少し回復したのか、自分の足で立ったルピアの横顔を見る。セープ王との会話、今までの事を振り返ってみたら、ルピアは大女王の正体を知ってる。

 私にも少なからずその宿主については察しがついているだけに、なかなか言い出せないでいるが、大女王はルピアの実の……。

「なあ軽部、そのドアの向こうはまだあの部屋に繋がっているのか?」
「ええ、繋がってます。寄っていきますか? ノムザさんもチィナさんマナさんいますし、他の者達も連絡がつきます。怪我の手当ぐらいは出来ますよ」

 穏やかな口調で言う軽部。近くにノムザルンカス達がいるせいか、精神的には落ち着いているようだ。血だらけのルピアの服を見て露骨に嫌そうな顔をしたのは、潔癖症の彼には仕方のない事だが。

 正直ルピアはニルアに少し癒してもらったとはいえボロボロだし、有難いかもしれない。ゲームでいうところのラスボス前のセーブポイントみたいなものだろうか。マナ達に会いたいなぁ……。

 だがルピアは冷静だった。

「マユカ、わかった。魔力の問題だけじゃない。大女王はマユカや僕がそこに入ったら繋がりをまた断つ気なんだ。そうすれば遠く離れた大陸に引き離せる」
「!」

 なるほど。多分軽部にはそこまでの悪意は無く、ただ親切心で言ってみただけだろうが、実に平和的で恐ろしい作戦だな。振り出しに戻すということか。

「それは勘弁願いたい。今までの戦いが全て無駄になる。軽部、危ないから部屋に戻ってろ。大女王を倒せばひょっとしたらお前は戻れるかもしれない」
「わかりました。ボクは女王と戦うなんてまっぴらですからね」

 実に正直な男だった。こっちも戦力としてなんか期待してないしな。

「ああ、でも折角なんで向こうにいる人達をこっちに出しておきますね。あれだけ仲間がいたのにお二人って事は下も大変だったのでしょう?」

 そして抜け目もない奴だった。多少狂ってはいるが異常に頭はいいからな。

「頼む」

 マナやキール、チィナはいずれは船ででもこちらに来るはずだったのだ。実に便利じゃないか。好きな場所に行けるなんちゃらドアみたいなもんだ。

 さて、まんまと乗せられそうになったが、またルピアと二人だけで大女王の元に行く。二匹の蛇のレリーフの重厚な扉は目の前、ここを開けば大女王がいるのか……。

 もう役つきはいないのか襲っても来ないし、殺気も何も感じない。静かすぎるのが逆に恐ろしいくらいだった。

 今までの小女王のように、ひょっとしたら大女王も戦わないのではないのだろうか。変な話、無抵抗の相手を傷つけるのは気がひけるのだが……。

 そんな私の考えを察したのか、

「マユカ、大女王だけは殺さなきゃいけない。出来る?」

 重々しくルピアが言った。

「どうしてもか?」
「うん、どうしても。そうでないとまたいつか歴史は繰り返す」

 かつて私と同じように異界から戦士を呼ばねばならない時があった。それは聞いていたから知ってはいた。だが大女王は……。

「数百年前……異界よりの女戦士と各種族から選ばれた戦士によってヴァファムの侵攻は鎮められた。今よりも文化水準は低く、ヴァファムが手にした武器も原始的なものだけだった。軽部のような異界の知識を持ち込む協力者もいなかったからね。だがデザール王はどうしても大女王を殺すことが出来なかった。大女王の憑代となったのが王妃だったから……他の種族の反対を押し切って猫族と並んで魔力の強いこのセープの王家に協力してもらい、強い魔法で封印しただけだった。あの時女王を殺しておけば今回の事態は起きなかった」
「……」

 なんと言葉をかけていいのかはわからないが、なるほど、セープの魔導師の反乱はそういう経緯があったからなのか。

「他のヴァファムは下っ端であろうと殺しはしない。大女王の命令さえなければそれほど害はない。でも大女王はもう最終形態に入ったらしいから宿主とは切り離せない。だから命を断つしか……」

 悲しげな色を湛える緑の瞳。胸を抉られるように痛い。

 出来るのだろうか、私に。ルピアの親を殺すことなど。目の前で両親の命を奪った男と同じになれというのか。

 だがこの世界に呼ばれた日から今日までの事が早回しの映像のように頭をよぎる。寄生され虚ろな目で機械のような声をだす人々、変わってしまった家族に嘆き悲しみ、閉じ込められ隔離されていた女子供。自らも武器をとり昨日までの隣人の命を断つ人々……。

 本来なら脳天気で平和的なこの世界の沢山の人々を人達を救うには仕方のない事なのかもしれない。だが簡単に割り切れるほど生易しものではないじゃないか。

「僕は王だ。民のために自分の意思など捨てた。二度と愚かな判断をして歴史を繰り返させはしない。わかってくれるね、マユカ。そのために君をよんだ」

 ルピア、かつてのデザールの王はとても人間らしい感情の持ち主だったと思うぞ。愚かではない。こうして歴史が繰り返されたのだとしても、その時の判断は真っ当だったと思う。

「……行くよ」

 感情を押し殺したような顔で、ルピアが大女王の間への扉に手を掛けた。


 ゆっくりと扉をくぐる。

「……」

 言葉が出なかった。

 身構えたが何も襲いかかっては来なかったのは幸いだった。

 だが……なんだ、ここは。

 扉一つ隔てただけなのに。ここは……違う。それが第一印象。

 私の知っている世界でもない、そしてこちらの世界のどの場所とも違う。そうとしか表現のしようのない異質さ。まるで違う星にでも来たような。 

 まず嗅覚に訴えてくるのは、あの小女王の部屋で嗅いだ甘い花の蜜のような匂い、それに華やかな薔薇の香りを足したような香り。決して嫌な匂いでは無いがむせ返るほどの濃密さで息が苦しいほどだった。

 次に視覚。暗くはない。仄かに明るい。下の階に比べてさほど広くはないとはいえ、この一部屋しか無い十二階は軽く五十平米(役百畳)くらいはあるだろう。その室内全て、天井にも壁にも床にも蜘蛛の巣のような薄緑色の細い糸が張り巡らされ、全てが桃色に霞んで見えた。

 小女王の部屋も白い糸と緑の光に包まれた近い感じだったが、それの何十倍もの規模だ。あの森のなかのような穏やかな雰囲気ではなく、色が違う分毒々しい。

 糸は呼吸するように規則正しく動いている。そして灯りも何もないはずの部屋を仄明るく照らしだしているのは、その糸が自ら光っているから。部屋全体が巨大な繭の中、そんな感じだ。

 麻由花が繭の中に……とかそういうボケはいらんと自分でツッコミつつ、そんな馬鹿なことでも考えていないとちょっとどうにかなりそうなのだ。

 ここは本来神殿だとリシュルが言っていた。この国でどのような神を崇めているのかは知らないが、恐らく神が祀られていたであろう正面の壁、そこには桃色の糸で張り付いたように壁の中程に浮かんでいる何かがいた。

 人の形ではない、かといって虫の姿でもない何か。

 鈍く銀色の金属っぽい輝きを見せる沢山の刺のついた足、細い触角、虹色にも見える複眼……人の大きさほどの巨大な虫。それもカミキリムシのような甲虫の仲間の特徴そのままだ。

 だが完全に虫だと言い切れないのは、六本の足のうちの一番上の一本は人の手だから。首から上も半分は複眼と巨大な触角を備えているが、あと半分は白い美しい女性の顔だから。白い長い長いドレスと、金の長く艶やかな髪、全体のシルエットは人の姿だから……。

 これが大女王なのか。

 今まで見てきた上級の役つきですら、普通の虫の姿だった。直接見てはいないが小女王は耳腔でなくもっと体内にいたため巨大で柔らかかったそうだが、それでも虫の姿だっただろう。だが、もうこれは寄生しているというのではない。

 完全に同化している。これが最終形態? 確かにもう切り離すのは不可能だと見ただけでわかる。僅かに残る人らしい部分もやがて完全に甲虫にかわるであろうことも。

 小女王もそうだったが、生殖管とでもいうべき管が体の数カ所から伸びている。その先に寄生された人はいなかったが、第一階級の雄の紫色の小さな虫が数匹。それは輝く宝石のように大女王の周りを彩っていた。

 女王の膝元近くには、すこしたゆんだ幅広の糸の束の上に、ピンポン球サイズの球体がいくつも並んでいる。淡い様々な色の真珠のような光沢のそれは鼓動のように規則正しく中から光を放っている。恐らく役つき達の卵。糸の束は柔らかなゆりかご。鉤爪のある昆虫の腕の一番下の一対が、赤ん坊をあやすようにゆるやかにそれを揺らす。

 ……もう恐怖も何も麻痺してしまったように、ただ見惚れた。不気味だと思う以上に、それは美しいとすら思える眺めだったから。

 目を伏せていた半分だけ覗く女性の顔が目を開けた。エメラルドのような緑の瞳に、胸がどきりとした。

 ……似てる。そっくりだ、ルピアに。髪の色も目の色も。

「来てしまいましたか。サイネイアでも止められなかったのですね」

 穏やかな声は頭のなかに直接響くようだった。

「……宿主はルピアのお母さんか?」
「うん、そう。デザール王国の女王ルルナ・メルト・デザール・コモイオ六世……だったもの。でももう違う。あれはヴァファムの大女王」

 恐らく本心からでは無いだろうが、割り切ったようにルピアは言った。

「ふふ、ふふふ」

 突然、女王が笑い出した。

「規律正しく、清浄で愛にあふれた世界に導こうという私を受け入れない。愚かな獣の民に私が倒せるとでもおもっているのかしら? 可愛い我が子達のためにも、私は絶対に倒されはしない!」

 べりべりっと音を立てて大女王が壁面から離れた。そして翅を広げる。

 固い鞘翅の下に見えるのは飴色に透き通った翅。それを震わせて大女王が宙に浮かぶ。

 無抵抗でないなら戦うまで!

 少し迷いが和らいだ気がした。

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