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【第二章】新大陸 - 79:いい湯だな

2014/10/15 15:51

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「なん……だと?」

 小さな白い体から殺気が立ち昇るように見えた。

 怒れ。これも作戦の内だ。

「座ったままで充分だと言った。遠慮せず来い」

 わなわなと震える拳を握り締めて、眉を吊り上げたネウル。怖い表情になってるぞ。可愛らしい顔が台無しだな。

「馬鹿にしてんじゃねぇ!」

 最初からいきなりナックルの方でパンチに来た。怒りに任せた拳などするりとかわせる。そのまま一応反撃するように肘を頭に向け、もう一方の手で突きに行ったが、やはりするりと滑る感じがした。

 なるほどな、味方の攻撃が当らなかったのがよくわかった。

「顔色一つ変えやがらねぇ。面白く無い!」

 悪いな。意識はしていないのだが、この無表情は煽りに見えるのか。

 幾ら小柄とはいえ、座った相手に攻撃を仕掛けるのはこういうボクサータイプ、空手タイプの拳で決めるファイターにはやり難い。精神的にでなく、体勢的に。体の芯を真っ直ぐに保たないと拳の破壊力は半減する。自分より低い相手には重心が前に傾いてしまうからだ。ヴァファムにそこまでの基礎があるとは思えないが、煽ることによって飛びかかってくると計算済みだ。私だって考えているのだぞ。

 とはいえ、こちらも座ったままでは攻撃に行き辛い。かわすのが精一杯だ。

 拳が駄目とわかると必ず蹴りに来る。背中からか、前からか。

 その時こそ……。

 一瞬だけでいい。動きを遅くしてくれるだけでいい。頼んだぞルピア。

 拳を数度かわし、腕で防御してやると思った通り一旦離れて蹴りに来た。前からだ。ナイスタイミングで光る防御陣が目の前に広がった。よくやった、ルピア。

「なっ?」

 渾身の蹴りを止められ、驚いて真っ赤な目を見開くネウル。今だ!

 やや滑る感じの脚を抱え込むと体勢を崩した。そのまま服の胸倉を掴んで引き寄せる。

 打撃が効かないなら組めばいい。ナックルを装着した腕を巻き込み、倒すとそのまま崩袈裟固め。それから素早く姿勢を返して絞め技の袖車絞に入る。腿に力が入り痛いが、そうも言っていられないのでこちらも我慢だ。

「痛い、痛いっ!」

 うん、痛いだろう。完全に肘を固めてるからな。俗に言うアームロックだ。こっちも痛いんだけどな。これ以上力を籠めたら折れそうな細い腕だなぁ。

「捕まえたぞ! 誰かとどめを」
「わかった」

 って、え? 何でルピアが。

「引っ掻いて、いい?」
「可愛いって言ってたのに?」
「マユカと密着してるのが憎らしい」

 ……久々の残念節だな、ルピア。しかもすらすら喋ってるし。

「それに~、スカートの中身に非常にイヤーな物が見えた。男は可愛くない」
「ちゃ、ちゃんと下着つけてるだろっ!」

 そこに反応するのか、ネウルも……。

「なんでそこまでフリフリファッションで男物のパンツだ! 詰めが甘い」

 決定。ネウルが片付いたらルピアも絞めよう。三角締めがいいかな。

 結局引っ掻くのはやめたらしいルピアは、私にそのまま押さえ込んでいろと言いつつ、魔法陣を出しながらネウルの頭が動かないように固定し、意識のあるまま虫を引きずりだした。うわ、なんか……敵ながら可哀相。

 ってか、そこまで出来るんなら、早々にやってくれたらゲンが怪我をする事も無かった気がするのだが。

「さっきので調子が戻ったんだよ。ほら、ちゃんと喋れるし」
「ならいいんだが」

「というわけで、魔法を使ったので補給を」

 ……そうか。調子が戻ると残念な部分も元に戻ってしまったのか。そのタコちゅー唇やめろ。

「後でゆっくりな」
「わーい」

 多分三角締めだけどな。それとも腕挫十字固がいいかな。

 ネウルレア本体を取り出した後も、しばらくぼーっと寝転んだままだった白蛇ちゃんは、急にはっとしたように起き上がった。

「あれ?」

「正気に戻ったか。すまんな、関節が痛いかもしれないが」
「いえ……ご迷惑をお掛けしたようで、本当にすみません」

 あら、意外と大人しい子のようだ。本当に男の子なのか? 確かにこんなに可愛らしい子なら傍に置いておきたい女王の気持ちがわかるようなわからないような。うーん、しかしルピアがスカートの中身がイヤーだったと言ってたしな。

 立ち上って、飛び上がるくらい驚いた様子の美少年。

「僕なんでこんな格好をっ!?」

 あ、もしかしなくても気がついてなかったんだな。寄生が解けた後もまんまだったオネェもそこにいるが、この子は普通の感性の持ち主のようだ。

「す、スカート! なんでフリル……」

 ショックのようだがもうしばらくそのままでいてもらわねば。

 そうだ、オネェといえば結構酷くやられてたゲンは?

「あーいいお湯ぅ。すごいわよ、この温泉。痛みがすぅっと楽になってよぉ」

 なんで風呂に入ってるんだ~! ってかなんで裸だ、このムキムキオネェ! なんだ、その上腕二頭筋と大胸筋。良かったよ、ちょっと濁り湯で。

「マユカちゃんもいらっしゃいよぉ。足、治るかもよぉ」
「……後でな」
「ほら、アタシ気持ちは乙女だから、裸見ても平気よぉ」
「……」

 乙女はこんなに周りに何人も男がいる所で裸にはならんだろう。

 なぜ止めなかった、リシュル、グイル。思わず睨むと二人はすいと目をそらした。ああ、何かルピアだけでなく皆残念な気がしてきた。

「き、効くんだったらいいんじゃないか?」
「……まあな」

 さて。すでに癒されてる裸のオネェはここに置いておくとして。

「先に女王を回収しよう。効能はゲンが実証してくれたからその後に私も入りたい。勿論女湯でな」

 ロリロリスタイルの白蛇ちゃん……スイ君は実は案外蛇族の国セープでは有名人だったことが判明した。

「え? あの最年少覇者の?」

 リシュルが驚いている。王子自らこうやって拳法を身につけているくらい、セープは魔法と並んで格闘が盛んな国である。故に最初にヴァファムの大女王が拠点においたのであろう。その体術全国大会で僅か十二で優勝したのが三年前だとか。と言う事はこう見えて十五か、男の子にしては小さいな。

「なるほど、攻撃を受けないのなら勝てるな。それだけで無く体技もしっかりしている。だが何故そこまでの実力者がヴァファムに寄生された?」
「大女王の側近に捕まったんです。僕の師匠だった人です。その後はよく覚えていません。何となく小女王のお世話を任されていた事だけは……」

 本当は今すぐにでも着替えたいスイ君を説き伏せ、まだ寄生されているかのように振舞ってもらう。小女王を安心させて室内に入れてもらうためだ。

「可愛い女の子のような感じで」
「……が、頑張ってみます」

 こう見えて格闘家だもんな。キツイわなぁ。

「ルピア、アレ持ってきた?」
「眠りの小瓶? うん、持ってきた。女王も宿主も傷付けたくないし」

 ここの小女王はエルドナイアのように大人しくしていてくれるだろうか。

 もう一度特別別館へ向かうべくロビーに出ると、ゾンゲ達に解放された街の人々が耳かき部隊に体内の幼虫を処理されている最中だった。

「相変わらず可愛いわぁ、ヴァファムのチビちゃん達」

 ミーアが掌にゆるキャラキノコのような幼虫ちゃんを数匹乗せてご満悦だ。うん、可愛いよな、チビ達はな。

「か、可愛いか?」
「女ってわからん……」

 リシュルやグイルにはこの可愛さはわからなかったようだ。

「あれ、ゲンは?」
「……一人で大浴場で癒されている」

 さて、こちらもそろそろ片付きそうだし、私達は早々に女王を確保してゲンじゃないが温泉で癒されたい。

「幸い設備の整った病院ですし、こちらで女王を取り出す事もできるでしょう。身柄確保後は、手術室に運んでください」

 キリム軍の医師が告げた。そうだな、ここは病院だった。

 そして……女王の部屋に着いた。

「キオシネイア様、ネウルです。入ってよろしいですか?」

 よしよし、上手だぞスイ君。

「遅かったわね。お客さんはお帰りになったの?」
「いえ……」
「悪いな。お邪魔させてもらう」

 ドアを開けると、あの甘い香りと緑の仄明るい森の中のような空間だった。

「貴女方……やはりネウルも止められませんでしたか」

 ベッドに一人の女性が身を起して座っていた。艶やかに広がった黒い髪、豊かな胸にはやはり管のようなものが見える。その先に繋がっていた二人の男性は女王を守るように立ち上ったが、リシュルとグイルに鳩尾に一撃喰らい、声も無く倒れた。

 小女王キオシネイアは……正確に言うとその宿主は、あの繊細で消え入りそうだったエルドナイアとはまた違い、見ただけで『女王』と納得させるだけの迫力があった。『母』というより『おっかさん』という感じだ。

 今まで一匹の虫も殺さなかったこと、幼虫も卵も含めちゃんと手厚く保護することを告げると、キオシネイアは微笑んだ。

「もう、何千何万という子供達を産んだ。もう私も疲れました……」
「眠っている間に他の仲間と会える」

 ルピアが差し出した小瓶から顔を背ける事もなく、堂々と女王は負けを認めた。

「さて、急いで手術室に運ばないと」
「うーん、まさかここまで女王サイズとは」

 キオシネイアの宿主は、オデブ……いやいや、超豊満な体をしておいでだったので、男達はベッドから持ち上げるだけで苦労した。まあ筋肉痛は温泉で癒してくれ。

 ロビーに出るとストレッチャーみたいなのをゾンゲが慌てて持ってきてくれたが……あるんなら最初から欲しかったな。

「ああ……いい湯だな」

 全てが片付いた深夜。

 月の見える露天風呂。病院に囚われていた旅館の主が招待してくれたのだが、本当に気持ちがいい。

 やっと念願の温泉に入れて、ゲンじゃないが足の痛みもすっと引いていくほど効いた。いいな、ここの温泉。

「マーユーカー。まだ?」

 生垣の向こうからルピアの声が聞こえる。ああ、ちゃんと男女別の風呂に入ったぞ。

「もう少し浸からせてくれ」

 これ、こんなに効くんなら魔力補給しなくてもルピアも癒されるんじゃないかな。ああ、いいご褒美になったな。

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