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【第1章】五種族の戦士 - 43:私の中のリリク

2014/10/14 16:50

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 押さえ込んでいたリリク……いや、リリクだった少女から離れ、真っ直ぐ自分の方に飛んでくる虫を払いのけようと手を振ったが、虫はすいとかわして私の鼻のてっぺんにとまった。

 ひいいいいっ!

 虫っ! 虫があああああっ!!

 あまりのことに気が遠くなりかけた。動くなんて出来無い。

「このっ!」

 ルピアの声がしたと思ったら、次の瞬間に鼻先に痛みが走った。

「いたっ」
「ゴメン!」

 痛かったのはちっちゃな猫ちゃんの爪で引っ掻かれたのだ。ルピアが虫を捕まえようとしたこと、ルピアは弱ってて動きが鈍くなっているから逃げられたのだと理解出来た時には、耳にがさごそいう違和感を覚えた。

「や……やだ。耳に……」

 プールで耳に水が入った時みたいに振ってみたが、離れる気配は無い。かといって手を伸ばす勇気も無かった。

 ぎゅうぎゅうと何かを詰め込まれる圧迫感。時折感じるちくっとした感じは、足が引っかかっているのだろうか。

 嫌だ、気持ち悪い! 思わず耳を押さえて座り込んだ。

『怖がるな。受け入れなさい』

 声が聞こえる。これはリリクレアの声か?

 誰が受け入れるか。さっさと出て行けっ!

 ふいに耳の奥の圧迫感を感じなくなった。じんわりと体が温かくなった気がする。少し心地よいかも。でも、手も足も自分の意思で動かせないのに、勝手に背筋が伸びて立ち上がった。

「マユカ、マユカっ!」

 立ち上がった私の足首にまとわりつく子猫の感触。ルピアが後ろ足で立ち上がって私の脛にくっついてる。

「邪魔だ、どけ」

 遠くで自分の声が聞こえる。私が発した声で無いのに。そのまま脚を蹴り上げるが、飛ばされまいと必死にぶら下がっている。

 なんて事を……! ルピアを、子猫を蹴ろうとするなんて。自分がやったのでは無いのに、何だこの罪悪感は。自分の体なのに違う意思が動かしている。何と言っていいのだろうか、透明の箱にでも入れられてしまって、自分の事を遠くで見ている様な。まだ感覚はちゃんとある、見えるし聞える。なのにどうしようもなくて。

 これが寄生というものなのか。

 急に重くなったと思ったら、人型に戻ったルピアが私の足に掴っていた。青ざめて、泣きそうな顔で。

 お前……変るのにも魔力を使うと言ってたじゃないか。そんなに無理して……。

「どけと言っている」

 躊躇無く私の足はルピアを蹴り飛ばす。

 一度だけでない、何度も何度も。綺麗な顔の顎に当り、唇の端から血が滲んでもルピアは離れようとしない。

 やめろ、やめてくれ。こんなの……嫌だ。

 ゴメン、ルピア。お前を傷付けたくなんかないのに、こんな事したくないのに。痛いだろ? 辛いだろ? だからもう離れてくれ。

 いっそすぐに何も感じなければ良かったのにと、まだ自分の感覚が残っている事にすら腹が立つ。

『すぐに完全に同化してあんたの意思は無くなる。そうすれば無駄な罪悪感など抱く事も無い。さあ、アタシに任せて少し眠っていなさい』

 頭の中にリリクレアの声が響く。

『流石は異界の人間。今までとは全然勝手が違う。なかなか同化出来無いけど時間をかければ』

 自分の中の見えない檻に閉じ込められて、外だけを見ている。ついにルピアが力尽きて気を失ったように手を放すのを、その体を最後に蹴り飛ばして転げて行くのを、もう呆然と見送るしかない。

 多分私は今泣いている。でもそれは体でなく、心の中でだけで。

 ごめん、ごめん……。

『眠りなさい。あなたが抵抗しなければもう誰も傷付けないから』

 リリクの声が優しくすら思える。

 眠ってしまおうか。任せてしまおうか。確かに見なければこんなに辛くは無いかもしれない……。

『マユカ、駄目だ。諦めないで。僕は大丈夫だから、自分の意思を捨てないで。もっと抵抗して!』

 この声は……ルピア。

 そうだな、眠ってはいけない。諦めちゃいけない。

 精神の世界で私を捕らえている透明の檻は、何かに守られているよう。これはルピアか? ルピアが防御魔法で私を最後の一線を越えないよう守ってくれているのか?

『まだ邪魔をするか』

 私の目がルピアを捉えた。

「ふふふふ」

 私が笑っている。声を上げて。

 歩きはじめる。壁際で倒れているルピアの方に。

 その足を誰かが掴んだのがわかった。まだ僅かだが私にも感覚が残っている。

「マユカ……」

 ゾンゲだ。倒れたままだが、私の方を見て首を振ってる。リシュルも立ち上がって立ち塞がった。マナも覚悟を決めたようにコッチに来る。グイルもフラフラと立ち上がった。

「手荒な事はしたくないが、マユカの体は返してもらう」

 そうだ、皆で私を倒してくれ。痛くてもいい、ボコボコにしてくれてもいいから。そしてこの虫(リリク)を取り出してくれ。

 動く気も無いのに勝手に体が動く。まず、掛かって来たゾンゲを殴り、蹴りにきたマナを反対に回し蹴りで倒し、パンチに来たグイルにマナを蹴った勢いのままとび蹴りを入れ、突きに来たリシュルの腕を捕らえて投げた。

 おい、こんな時に身についた技を披露して瞬殺しなくていいから、私の体!

「素手でも使い勝手がいいじゃない」

 リリクレア、貴様……。

 何とか立ち上がって皆がもう一度かかってきたが、マナを除く三人は最初から怪我人だ。もう一度倒すのに時間はかからなかった。

「つ……強すぎ、マユカ……」

 ゴメン、皆! 無駄に鍛えててホントすまん。

『マユカ、もっと抵抗して!』

 ルピアの声。

 外からが無理なら私がなんとかしないと。

 そこで、ふと何故か頭に浮かんだのが、粘着式のゴのつく虫を捕るやつ。ホイホイとかいうアレ。まさに今自分がホイホイ?

『なっ、何て恐ろしい事を考えるのよっ!』

 あ、ちょっとリリクがビビッているのが伝わってきた。やっぱ虫なんだな、幾ら知能が発達してるといっても虫は虫。

 じゃあ、もっと想像してみよう。虫嫌い、キモイ、最悪、出て行けっ! 思いっきり色々考えてみた。考えるだけで自分でも気持ち悪いのだが、向こうの世界の事を色々とぶつけてやる。ハエ叩きとか、夏に捕虫網で捕まるセミやカブトムシとか、店の外に吊るしてある紫色の電気に集まってきた虫がバチッってなるやつとか、とどめはイナゴの佃煮だ。どうだ、私が生まれ育った世界はこんなのだぞ。

『やめてえぇ! あんたの世界はなんて恐ろしい所なのよっ!』

 ふいにまた耳に違和感を覚えた。遠ざかって行くのはリリクの意思。

 急にぱっと目が覚め直した気がした。耳に手をやったが、自分の意思で体が動く!

 ブーンと羽根の音がした。

 目の前に飛んでいるのはリリクレア?

「あ、ヴァファムがマユカから出たぞ!」

 ってか今まで見た第二階級どころでない大きさなんだけど! かなり大き目の頭にゴのつく虫くらい……ううっ、そんなの考えるだけでも無理なので、角の無い小さめのカブトムシくらいと思おう。

 こんなのがほんの僅かな間とはいえ、私の中に――――。

 ああ、駄目だもう一度気が遠くなって来た。気持ち悪いいいいい。今すぐ耳の中まで全部ゴシゴシ洗いたい!

 もう一度最初の体に戻ろうとしたのか、倒れたままだった蛇族の少女の顔にとまって、リリクがその鼻の穴にもぐりこもうとしている。耳は諦めたんだな。

 ……あの、少女の顔がとんでもない事になってますけど……。鼻の穴って伸びるんだねぇ。

「なかなか入れないみたいだな」
「外に出たはいいけど、女王に進化が始まってしまったんじゃないでしょうか?」

 ほうほう、なるほど。じゃあ耳からじゃなく鼻か口から入らないと肺には行けないって……じゃなくってっ!

「おい、長閑に見ている場合でなくて、捕まえないと不味くないか?」

 マナとリシュルが顔を合わせた。急いでくれると有難い。私虫は触れないから、よろしく頼むな。

「わ、私も虫は苦手で……」

 マナも女らしくデカイ虫を掴むのに躊躇した。あんたにもそんなの入ってたんだよ? 結局ひょいとリシュルが手を伸ばして虫を握った。流石は男だな。

 そんなに宿主を傷つけもせず、耳かき作業も必要無く、最大の幹部リリクレア本体を直接ゲット。

 痛い目にはあったが、何だかんだで最後最も楽だったんじゃない?

「……笑っていいだろうか、マユカ」

 うん、気持ちはわかるが余りに周りは悲惨な事になってるんで笑うのは我慢しようか、リシュル。ゾンゲとグイル気を失ってるし。

「マ……マユカ……早く……」

 そうだ。ルピアを忘れてた。

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