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【第1章】五種族の戦士 - 28:消えた村人

2014/10/14 15:06

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 遠いお空のまた遠く

 お日様ぴかぴかさようなら

 明日にまた会いましょう

 代わりにきらきらお月様

 いい子のところにこんばんは


 童謡かな。随分と可愛らしい歌詞だと思う。少しメロディーは赤とんぼに似ている。今から日が沈もうという夕方のこの時間によく似合う歌だと思う。初めて聴くのに、なぜか懐かしい気がするのは何故だろう。
 どこから聞えてくるのだろうか。優しく唄うどこまでも澄んだ声。

「子供にでも聞かせているのかな?」

 知っている曲なのか、それとも一度聴けば覚えるようなメロディだからか、ルピアがスリングの中で鼻歌を唄っている。

「またどこかに子供が集められているのだろうか? だが……」

 これは刑事として色々な現場に行ったが故身についたのだが、大抵子供がいそうな家や場所というのはわかる。洗濯物であったり、玄関先に置いてある物だったり。それ以外にも勘みたいなのでわかる。

 この数件しかない村をぱっと見渡した限り、そういう場所が見当たらない。日本とは違うかもしれないが、田舎の村にそもそも子供は少ない。

 ゆっくりと歌の聴こえる方へ村の中を歩く。石畳ですら無い地面が夕日でオレンジに染まって、長く伸びる自分の影が何とも言えず物寂しい。

 お喋り子猫も、ミーアやイーアですら無言。

 下っ端に寄生されていそうな村人の気配さえない。

 街で見たが、確かヴァファムはとても規則正しい生活をする筈だ。そろそろ夕飯の時間なのでは無いだろうか。だがどの家からも食事を用意する匂いも、煙突から煙も上がっていない。第一外がここまで夕刻になっていたら室内は暗いはずだ。なのに窓に灯りの一つも無い。

「ヴァファムのニオイはプンプンするんだが、人間のニオイが無い」

 ワンコ青年が言う。

 歌がふいに止んだ。

 だが、歌はこの奥の一際大きい木造の二階建ての洋館から聴こえて来たという事はわかった。たぶん村の有力者の家だと思う。そこへ行く前に、ふと村の一軒の家の戸をノックしてみた。

 返事は無い。鍵もかかっていないようだ。

「お邪魔するぞ」

 不法侵入? 私が捜査令状だ!

 ……一度コレ、言ってみたかっただけだ。

 ひと気の無い家の中。窓から僅かに夕日が差し込んで来る以外は暗い。第一印象は「あれ?」だった。

 やたらと綺麗に整理整頓するヴァファムだが、この家の中は雑然としている。足元に投げ捨てられた篭からはみ出た衣服の山は、洗濯物を取り込んできてその場で落としたような。

 壁際のソファーの上の本は広げたまま伏せられている。読んでいる途中で後で続きを読もうと置いたような。

 奥のダイニングテーブルにカップが二つ。一つは飲みかけでやめたように中身が少し残っている。

 綺麗好きにはありえない室内。この状況から察するに、午後のお茶の時間、一人は飲み終えてソファーで本を読んでいた時に何かの理由で立ち上がった。もう一人はお茶を飲み終える前に、突然の雨か何かで洗濯物を慌てて取り込みに行った。で、何かに驚いてドアを入った所で篭を落とした……そんな状況が推理出来る。

 隣の家も覗いてみたが、やはり不自然な点は多かった。

 普通の日常生活から、突然人が消えただけの家。

「この村は余所とは少し違うみたいだな。村人は何処に消えた?」
「上手く逃げてくれているといいな。とにかくあの建物に行く?」

 ああ、勿論だ。

 役つきが多数いるかもしれない。もう一度気合を入れなおす。

 大きな木造の建物に近づくと、ここだけ灯りが点いている事に気がついた。誰かいるようだ。

「ものすごく嫌な気配がする」

 グイルとリシュルが同時に言った。

 スリングから降ろすと、ルピアはいつものゴージャスな人間の姿に戻った。その王様とイーアを後ろに下がらせてドアに手を掛ける。

 普通の民家に断り無しに入っておいて何だが、一応挨拶くらいしたほうがいいかな? 中に人いるみたいだし。

 コンコン。ノックしてみる。

「……マユカ、律儀だね」

 皆が呆れているが、良いではないか。

「はーい」

 予想に反して、中から返事があった。わりと長閑な女性の声で。

「どなた?」

 この声は先程唄っていた声ではないだろうか?

 や、どなたと訊かれても、なんと答えたら良いだろう。警察だ! とか言えない今の身分ってどうだ。

「えっと、虫退治に来たものですが」

「……マユカ、せめて連合軍と言おう」

 かちゃっと音を立ててドアが薄く開いて地味な若い女が顔を出した。

 刑事スキャン始動。

 推定年齢二十~二十五。身長百五十七~六十、長めの薄い茶色の髪は後ろで無造作に束ねてある。水色のワンピースに白いエプロン。顔は横を向いたらどんな顔だったか忘れそうな程印象が薄い。典型的なお手伝いさんタイプ。あれ? 額に印が無い。

「こちらに小女王はおいでだろうか」
「……いらっしゃいます」

 何だろう、この落ち着き。気味が悪いほど淡々とした受け答え。

「入らせてもらっていいだろうか?」
「子供達が驚きます。そのような大人数では困りますね」

 子供達? どういう事だろう。やはりここで村の女子供を捕らえていると言うのだろうか?

 後ろを振り向くと、各種族の戦士四人とルピア、それにデザールの兵。皆で15人ばかりいる。確かに大人数だな。

「では、女だけではどうだろう?」

 思い切って言ってみた。ミーアは頷いたが、他のメンバーからどよっと声が上がったが、とりあえず無視しておく。

「せめて僕も一緒に!」

 心配してくれるのはわかるが、ルピアを残しておかないと、もし何かあった時に連絡がとれない。

 離れていても私の事はわかるのだろう? ルピア。

「う……ん」

 また頭の中を読んで納得してくれたようなので、近くで待っていろと指示しておく。もし外のメンバーの方が不意打ちにあっても、グイルやリシュル、イーアがいる。一応持ってきた薙刀はルピアに預けておく。

「どうぞ、こちらへ」

 お手伝い風の女はドアを大きく開けた。


 建物の中はアンティークな内装で、すぐにサロンの様な空間だった。洒落たソファーに猫脚のテーブル、大きな柱時計。小豆色のじゅうたんの螺旋になった階段。なんかアメリカのホームドラマにでも出てきそうだ。

「一応名乗っておこう。私は東雲麻友花という」
「アタシはミーア」

「わたくしはこちらにお仕えしているコモナレアと申します」

 女は慇懃に頭を下げた。

 ん? レアとつくのか。ではまさか……。

「あなたが異世界より来たという戦士ですか? 本当に表情一つ変えず冷静でいらっしゃるのですね。ここに女王がいるとわかっていて。それとも余裕ですか?」

 女が静かに笑って言う。

「あまり殺気を感じ無いからな」
「女王は戦う事はございません。また、女王の前で、女王のお産みになった幼生の前で争いは見せたくありませんから」

 ぞわっとしたものが背中を伝った。

「私達は人を殺しはしない。そしてあなた方も仲間を殺さずにいてくれる事は、心より感謝しております。けれど……」

 印象の薄い地味な女が、段々と違う人間になって行くような気がした。

「我等が理想は秩序ある、平等な世界。今の犬や猫が己の欲望のままに競い合う世界は望ましくない、そう女王は仰いました。だからといって今はびこる種族を根絶やしにする事は出来無いと、深いお慈悲の元、共存という形を取られたことを感謝すべきであるのに、それに歯向かうあなた達は許せない」

 ぼう、と女の額に複雑な図形が浮かび上がった。

「ですが、異界から来たとはいえ、あなたは女。女王の献身的なお姿と、生れ出でたばかりの幼子達を見れば、きっと戦わずして理解してくれると信じております。だから招き入れました」

 コモナレア……恐らく第二階級の役つきであろう女性は、静かに笑みを浮かべた。聖母の様な深い笑顔で。

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