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【第1章】五種族の戦士 - 26:大ウサギに大苦戦

2014/10/14 15:04

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 繊細で大人しいイメージがあるが、意外とウサギというのは怖い。

 小学生の頃、学校のウサギ飼育当番で強靭な前歯に噛まれて痛い思いをした者はそこそこいると思う。私もその一人だ。ジャンプ力、スピードも侮れない。

 それが人より大きいとなると、どの位強いのだろう。

「……」

 鼻をひくひくさせて無言で睨んでいるウサギ。

 立ち上がったウサギの首にカプセルみたいなのが紐で結わえ付けてある。恐らくあの中に孵化した幼虫が入っているのだろう。まずはあれだけでも手に入れなければ。

 くりくりしたつぶらな瞳だが、ぞっとする様な殺気を感じる。

 その周りを囲むように、ゾンゲ、グイル、リシュルが展開した。典型的な草食動物に対して三人ともご先祖は肉食獣だが、ここまで大きな相手となると少し気圧されている様にも見える。

『お母さんを苛めないで』

 突き飛ばされた子供のウサギが、それでも母親を心配している。

「お母さんを操っている虫を捕らないといけないんだ。痛い事はしてしまうかもしれないが、優しいお母さんに戻って欲しいだろう? 私達を信じてくれるか? その猫のお兄さんと離れて待ってろ」

 声を掛けると、子ウサギは納得した様に瞬いた。

「ルピア、その子を頼む」
「気をつけて、マユカ」

 ああ、勿論だ。

 長らく武道をやってきたが、よもや、人間の形をしたもの以外と戦う事になろうとは。柔道の師匠は熊と戦った事があるとか言っていたが、あれは立てば人の形に近い。どうやればいいのか皆目見当もつかない。

「まずあの首のカプセルをとれればいいのだが」

 じり、間合いを詰めると、ウサギは少し後ずさる。この場にミーアとイーアがいないのが残念だが、この中で一番動きが早いのはゾンゲだ。ジャンプ力もある。目で合図すると、ゾンゲがじりじりと後ろに回った。

「行くぞ!」

 合図で、グイル、リシュルと共に動く。

 立ち上がっていたウサギが前足をついて身を低くすると、いきなりこちらに向かってきた。げっ、早い!

 巨体に体当たりを食らっては堪らないのでとりあえず三人でかわすが、すぐに向きを変えて帰って来た。

「何処を狙っていいのかもわからないな」

 また立ち上がってくれれば、攻撃出来るのだが……。

 グイルが動き、そちらに向いた隙に反対側からリシュルが動く。混乱させるのは上手く行った様で、更に私が一歩踏み出すとウサギが一瞬固まった。その隙に、ゾンゲが後ろから何とかその背に飛び乗った。よし、いいぞ!

「カプセルを!」

 そう言った瞬間、ウサギが立ち上がった。

 ゾンゲが振り落とされまいと必死に首にしがみついている。

 この隙にと、腹をめがけて正拳突きを入れてみたが、ふかふかの毛の腹部は、ぼすっと音を立てただけで、そう手ごたえが無いように思えた。同じくグイル、リシュルも両脇腹に拳や蹴りを入れているが、これまた同じ様なものだ。

 くう、この触り心地。これは殴る蹴るするものじゃないんだよ。これは、もふもふナデナデするものなのだ! とか思ってる場合じゃない。

 後ろ足に比べて幾分か華奢で短い前足が薙ぐように振り下ろされ、僅かに逃げそびれたリシュルが飛んだ。

 人の事を心配している間は無い。何度も振ってくるネコパンチならぬウサパンチ、侮り難し。一見肉球も無いふかふかの足に見えるがウサギにだって前足にはわりと鋭い爪があるのだ。

 一旦離れると、今度はウサギはまた四つん這いになった。今まで落ちずに粘ったゾンゲは、丁度紐を解き終えた所だったようだ。動いたウサギにバランスを崩した所を振り落とされた。

 しかも真後ろに! 危ないと声を掛ける間もなく、思いきり後ろ足で蹴られ、軽く十メートル程先まで豹男が飛んで行った。

「ゾンゲ!」

 無事だっただろうか? 骨とか折れてなきゃいいのだが。慌ててルピアが走ってくれたので、任せるしかない。いっそまたキレてくれたら超戦力なのだがな。あれは無理かもしれない。

 リシュルも起き上がってきたが、爪が当たったのか服の二の腕の辺りが裂けて血が滲んでいる。

「リシュル、無理するな。下がってろ」
「しかし……」

 この先、まだ何があるかわからない。出来るだけ軽傷で済ませたい。

 カプセルは無くなっている。ゾンゲが持ったままならいいが、落ちてたり、中身が出ていたりしたら事だ。

 心配はルピアに伝わってたようだ。

「幼虫は無事だよ、マユカ。ここにある。ゾンゲはちょっと大変だけど」

 ルピアの声が聞こえたので、安心と心配が一度に来た。幼虫の方は良いが、ゾンゲは相当深手を負ったようだ。

 さて、正味グイルと二人になってしまった。

「強いな、ウサギ……」
「人と違って表情も読めんから、動きが予測出来無い」

 私がそういうと、グイルがふっと笑った。言いたい事はわかるけどな。私が言うなという話だろう。

 ウサギの急所ってどこだろう? でも横でチビちゃん……私よりデカイが……が見ているのに、そう酷い事もしたくない。そしてそう思っている自分が、このように味方を傷付けてしまっているのだ。

 私はおまわりさんだ。よい子の味方でなくてはならんのだ。だが一時恨まれても間に合わなかった人になりたくない。

 さっきゾンゲが上手く背に乗ったように、私も登れないだろうか。

 ウサギは今度はすごいスピードで突っ込んできた。早いの象徴であるまさに脱兎の如く? 逃げてるんじゃないから使い方は違うか?

 今度はかわしながらも蹴りを入れてみた。頭から来たので、上手く耳の付け根に当たった。

 これは結構効いたみたいで、ウサギは止まった。だが、明らかに怒ってる。歯を剥き出しにして私を睨みつけている。

 ウサギ……ひょっとして私より表情あるんじゃないか?

「グイル、危険だがひきつけてくれるか? 私は後ろに回る」
「蹴られたらゾンゲの二の舞だぞ?」
「大丈夫。噛まれるな」

 あのデッカイ前歯に噛まれたら腕ぐらいは落ちそうだ。

 じりじりと左右に広がる。

「ウサちゃん、こっちこっち」

 もしもし、ワンコ青年?

 手招きしてるな、グイル。ひきつけろとは言ったがそんなあからさまなお誘いって。仮にも寄生されてるんだし。

 だがウサギも中のヴァファムも素直なもんだった。くるんと向きを変えて、グイルに狙いを定めたみたいだ。

 すかさず斜め後ろに回り、太股に足を掛けてその背中に飛び乗った。

 うひょ~! ふっかふか! ……って、萌えてる場合じゃない。

 振り落とそうと、またウサギが立ち上がったので、慌てて耳を掴んだ。

 その時、古い記憶が蘇った。

『ウサギさんの耳はとっても大事だから掴んじゃいけませんよ。大きな音も苦手だから静かにしてあげてね』

 昔ウサギ当番の時、先生に言われた気がするな。

 なんとか振り落とされずにすんだので、掴んだままの耳元で思いきり息を吸って叫んでみた。

「わ――――っ!!」

 ウサギが固まった。ついでに言うとグイルやリシュルも固まったが。

 今だ。

 首筋に思いきり手刀を叩きつけると、ウサギはずしんと音をたてて倒れた。

 死んでないよね? 大丈夫だよね?

「ルピア、ヴァファムを!」
「OKっ!」

 最近慣れたのか私よりルピアの方が寄生している虫を捕るのが上手い。オマケに魔法を使えるので、探し当てるのが早いのだ。

「いた。右の耳だ」

 耳かきを使うまでも無いくらい大きな耳なので、直接手を突っ込んで取る。ひぃいい、良かった、任せて。我侭な王様だが、こういうのを平気で出来たり芋虫を掴んだりするあたり、やっぱり男だな。

「下っ端だね。これでこのウサギさんは元に戻ると思うけど……」

 いつもの小瓶にお馴染みの黒い小さな虫を放り込んで、一件落着と行きたい所だが……。

 駆け寄った子ウサギが、前足で倒れた母ウサギを揺すっている。


  お父さん! お母さん! 起きて


 駄目だ。思い出すな。

 その子は私では無いんだ。

「マユカ、大丈夫だから」

 肩に掛かったルピアの手が温かい。

 後でよくよく考えたら、さっきウサギの耳に突っ込んで虫を掴んでた手だったのだが、その時は気がつきもしなかった。

 ぱち、と母ウサギは目を開けて何事も無かったかのように身を起こしたのを見てホッとした。野生の生命力と言うのは強いものなのだな。

 子供の姿を見て鼻先を摺り寄せているのが微笑ましい。正気に戻ったようだな。

『お姉さん、お兄さん達ありがとう!』
「良かった。お母さんに痛い事をして悪かったな」

 もっと痛い目に遭っている男が二人ほど後ろにいるが……。

 リシュルはかすり傷程度だったが、ゾンゲはしばらく動かせそうに無い。医者もいる他の部隊に迎えに来てもらうか、我慢して麓の村まで辿り着くまで誰かが担ぐかしなければ無理だろう。

『本当に助けていただいてありがとうございました』

 お母さんの方の声だろうか、子とはまた違う声。またしても私にしか聞えていないようだが。

「礼は子供に言え。お母さんを助けてと一生懸命訴えていた」

 よかった。また親子が仲良く過ごせる。私は間に合ったようだ。

 その後、少し母親と話をすると、麓の村まで連れて行ってくれると言い出した。

「本当にいいのか?」
『勿論です』

 そんなわけで、ぴょんちゃん達が乗せていってくれる事になった。

 良かったな、ゾンゲ。歩かなくて済む。

 子猫になったルピアと、私が一緒に子供のウサギに乗せてもらった。

「幼虫も回収出来たし、良かったな」

 一回分だけだけどな。見たくないので見なかったが、ルピア曰く数千はいたという。数週間で成体になるというヴァファム。ばらまかれ、寄生主を見つける前に回収出来て良かった。それに、幾ら虫とはいえ、殺さずに済んで良かった。子供たちなのだ、これも。

「ヴァファムはとても頭がいいから、寄生する前の幼虫の段階からちゃんと教育さえしてあげれば共存できると思う。今回他の動物にも憑けるという事もわかったし、人の様に武器を使ったりしなければ、そう害はないと思うんだ」

 スリングの中のルピアが子猫の姿で瓶を抱きしめている。

 そうだな。誰も殺さない、傷付けない解決方法をこの世界の者は考える。そういう所が素晴らしいと思う。

 ああ、しかしなかなか苦戦だったとはいえ、このウサギの乗り心地は最高だ。このふかふかでもふもふ。ちょっとしたご褒美だと思う。

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