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【第二章】新大陸 - 69:言ってはならん事

2014/10/14 17:17

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 長柄の鎌。柄だけで百五十センチはありそうだな。先の刃も非常に細長い。

 うーん、なんか漫画とかでは格好良くクールなイメージだし、黒ずくめの服装も相まって確かに死神のようにも見える。だが、良く見るとどちらかというと牧草を刈るのに使う農耕具に近いのだろうか。だったら一般市民が持っていても不思議では無い。古びた感じから見て軽部の工場で作られたものでは無さそうだ。

 どちらにしてもあれを振り回されると身に覚えの無い者なら大怪我だな。

 私がこいつとやりあう。過激派もリーダーを倒せば取り巻きも大人しくなるだろう。その間、後の戦士はローア派のレジスタンスと共に、殺す事無く村人を解放するという算段だ。過激派から村人を守りつつ下っ端も倒すという二つの敵がいるわけだが、彼らになら任せられる。

「あぶないからいい子にして隠れてるんだぞ」
「うにゃん」

 茂みの中にルピアを下ろし、離れたところに隠れているグイル、ゲン、リシュルに目で合図すると、無言で頷いた。

 村人の命を奪われる前にとっとと止めなければ。

「行くぞ、ゾンゲ、グイル」
「ああ」

 隠れていた私達の方の仲間が一斉に飛び出す。

「村人を殺させはしない!」

 黒服の鎌男の前に出ると不機嫌そうに睨み返してきた。

「ああん? 何だお前ら?」

 若い死神の一派がリーダーを囲み、一気に賑やかになったからか、下っ端に寄生されている村人もそれぞれ武器を持って出て来た。再びキーンという警戒の音が村に響く。それを切欠に混戦の火蓋は切って落とされた。

 一旦見せかけで過激派についた様に演技していたローアの一派はゲン、リシュルとともに村人の方を制圧に行った。勿論殺すのも大怪我をさせるのも無しだ。

 殺傷能力を持つ武器を持っている過激派の団体も出て行きかけたが、私、ゾンゲ、グイルで止める。

「畜生、出遅れちまったじゃねぇか。邪魔すんなよ」
「邪魔をしに来たのだ。いかにヴァファムを倒すためとはいえ、無駄な命を奪う事は許さん」
「ふん」

 鎌男、鼻で笑いやがった。

「俺達は害虫駆除をやってるんだぜ? 許さねぇも何もよぉ」
「命を奪わなくとも寄生は解ける。元は普通の人達だ、殺人だぞ」
「あー、面倒な事言ってんじゃねぇよ。邪魔するんなら容赦しねぇ」

 駄目だ、コイツ。やはりゲンちゃんではないがお灸を据えてやらねばな。

「容赦しないのはこちらだ!」

 あ、早くもキレそうになってるゾンゲが動いた。黒服を取り囲んでいた取り巻きがそれぞれ剣や槍を持って囲む。

「やっちまえ!」

 リーダーの命令で戦闘開始だ。

 十人ばかりいるがゾンゲとグイルに任せておけば大丈夫だろう。軽くひねっておいてやってくれ。

「あんたは俺の鎌の錆にでもしてやるよ!」

 問答無用で鎌を振り下ろしてきた男。

 だが、所詮素人。簡単にかわすことが出来た。ここまでヴァファム上級幹部に憑かれていた尋常で無い速さとやりあって来たのだ。その軌道はスローモーションにすら見えるぞ。

「へえ、おばさんのくせにいい動きじゃねぇか」
「なっ……」

 お ば さ ん !

 きーさーまー。私はまだ二十代だぞ! 独身だぞ! いかに若いといえどおばさん呼ばわりとは……。

 頭に来た! 言ってはならん事を!

「許さん」

 思わず短いままのツッパリ棒で突きに行く。しかし得物の長さが違いすぎる。鎌の柄で止められ、そこではっと我に返った。

 いかんいかん、頭に血が上った状態でマトモに戦えるわけない。冷静になれ冷静に。

 斜め上から再び鎌が振り下ろされるも、それもかわすとすかさず下から上がってくる。飛んでかわし、隙を見て突っ張り棒をやや伸ばした。

「ちょこまか逃げてんじゃねぇ」

 今まで素人相手にやりたい放題だったのだろう。一向に攻撃が当たらないのが気に食わないらしい。

 ちら、と辺りを見るとグイルが豪快に剣を持った若者を投げ飛ばし、何人かはゾンゲにやられたのか引っ掻き傷を背負ってへたり込んでいる。

 村人の方も問題ないだろう。さて、こっちも集中しないとな。

 大降りしても当たらないと見たか、ひゅんと風を切る音と共に、草を薙ぐように足元で振り回される鎌。当たれば足の一本くらいは切断されそうだ。

 何度も襲って来たが、悉くかわしてやると若い顔が鬼のようにかわった。

「くそっ、何なんだよ一体……」

 焦ってるな。ここまでやって来て、長い柄の鎌は懐に入ってしまえば簡単に攻略できるともう算段はついた。だがもう少し精神的に揺さぶってやろうという少しばかり意地悪な考えもあるのだ。

 刑事として、やんちゃ坊主の度が過ぎた犯罪の現場をいくつも見て来た。自分が全て正しい、強い者が正義。彼等のそんな認識、自信は本当の痛みを知らないからこそ来る物だった。刃物で相手を簡単に刺せる奴は刺される痛みを知らない。意識が無くなるほど人を殴れる奴は殴られたことが無い。

 目の前のコイツはその鎌で切られた人達の痛みを知らないのだろう。そうでなければ、いかに寄生されていても生きた人を草のように簡単に薙ぎ倒せるわけが無い。一度でいい、思いきりの敗北感を味わうといいのだ。

 わざと力を抜いたように立ち止ってみる。勿論、ただつっ立っているわけでは無い。合気道で言うところの半身の構えだ。

「死ねっ!」

 びゅん、と斜め上から私の肩口を狙うように大きく振り下ろされた鎌。重い長柄ゆえに両手で持つ形だ。

 軽く体をひねってかわし、地面に突き刺さる勢いでギリギリのところを掠めた鎌を持った肘を掴む。

「わぁっ!」

 余程の力を籠めていたのだろう。見事にくるりと回り、腰から地面に叩きつけられた男は受身もろくに身につけてはいない。さて、そろそろ……。

「くそぉ……俺がおばさんに負けるなんて!」

 このっ、またおばさんと言うか!

「にゃーにゃにゃにゃにゃー!」

 こら、ルピア隠れてろと言っただろう! 何出てきてるんだ。

 多分、私がおばさん呼ばわりされてるのに抗議してるんだろうが、危ないからまだ引っ掻いたら駄目だ。

「ってぇ、何だぁ? この猫」

 逃げろ、ルピア! まだ鎌を取り上げていない!

 鎌を杖のようにして、男が立ち上った。その目は私でなく真っ直ぐに金色の猫だけを見ている。

「ふーっ!」

 毛を逆立てて威嚇するルピアは逃げようとしない。

「ルピア! 危ないから逃げてろ」

「お前の猫か?」

 にやっと男が笑い、再び鎌を振り上げた。狙いはルピアだろう。

「させるか!」

 ツッパリ棒を投げ捨て、思いきり鎌を持った手にとび蹴りを喰らわせた。手から離れた鎌が落ちるのに、慌ててルピアが飛び退る。よしよし、流石は猫だ、いい動きだぞ!

 すかさず素手になった男に組みに行き、渾身の背負い投げ。

「ぐはっ!」

 あっけなく伸びた男は、そういえば受身もマトモに出来無いんだった。打ち所が悪くて死んでないよな?

「にゃんにゃぁ?」

 つんつん、軽くルピアが確かめるように男をつついている。うーんと唸り声が聞えたので、大丈夫みたいだな。

「お仕置きに爪たてて猫パンチしていいぞ、ルピア」
「にゃん!」

 すっごい嬉しそうにばしばしやってるな。

 おばさん呼ばわりしやがった死神モドキは気の毒にルピアの玩具と化した。

 ……ざまあみろ。


「こっちは片付いたわよぉん」
「こっちもな」

 ヴァファム担当のゲン、リシュル、過激派担当のグイルとゾンゲが報告に来た。ミーア、イーアに付き添われたローアもやってきた。

 村人の耳から下っ端を取り出し、普通に戻った人々は何度も礼を言った。

 過激派は一応縄を掛けてある。

 ローアは鎌を取り上げられ、ボロボロになっているリーダーに優しく語りかけた。

「このように命を奪わなくとも解放できるのです。元々志は同じ。僕達もこの方々を見習って、穏やかに元の生活を取り戻しましょう」
「……」

 その言葉は死神気取りの男に届いただろうか。

 まあ、診療所に連れて行ったらヒミナ先生が説教してくれるって言ってたしな。

 これで大人しくなってくれれば良いが。

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