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【第二章】新大陸 - 61:鞭のようにしなやかに

2014/10/14 17:11

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 ルピア……。

 振り返る間など無いが、幾ら防御の魔法を使っていてもかなりのダメージがあっただろう。鍛えているグイルやゾンゲですら一撃でやられるような攻撃を喰らったら、あんな生白い体などそう持ちはしない。

「ふふぅん、面白いことするじゃないの。身代わりなんてさぁ」

 ルピア、お前が私の心を読める事を前提に考えるが、あまり無茶はするな。守ってくれるのは本当に感謝するし信頼もしている。だがお前が辛い目に遭うのは嫌だ。まだ自分が痛い方がいい。

 間をおかずに打ち込む。だがすいすいとかわされる。笑みすら浮かべているのがムカつく。

 マキアは桁外れに早いがここまでコモナやリリクと戦ってきたのは無駄にはなっていない。向こうでも毎日鍛錬して来たつもりであったが、やはり実戦に敵うものは無い。少しくらいは私の実力も上がっていると思う。

 マキアが動いた。全神経を集中すれば、動きを読める。

 しゅっと音を立てて首元を薙ぎに来た鉄扇を、半身返して避ける。その手首を掴もうとしたがそれは叶わなかったが、開いた脇にもう片方の手で持っていたツッパリ棒の突きはお見舞いできた。だが軌道の変わった攻撃は目の前を掠め、僅かにかわしそこねて、頬を微かにぴり、とした痛みが走った。

「あらぁ、女の顔に傷をつけても眉一つ動かさないのねぇ」
「こんな表情もかわらん顔など惜しくも無い」

 すこし血が出たかな。まあカミソリで切った程度だ。

「アンタ、女って感じじゃないわねぇ。胸もそんなに無いしさ」

 ……放っておいてもらおうか。微妙に気にはしているのだ。

 今までの幹部もそうだったが上位になればなるほど個性も感情面が豊かだ。人間と変わらないと考えた方がいい。

 ……オネェの思考……。

 そういや、お仕事柄水商売の方々でわりとこういうオネェタイプには接する機会があったから慣れているぞ。肉体的に強いのは別として、そう思うと少しは怖くない気がする。こんな時だがちょっと実験。

「その胸板は私より豊かで羨ましい……」
「あらぁん、いいコト言うじゃない」

 あ、ご機嫌そうな顔でにやっと笑ったぞ。うむ、外からが駄目ならメンタル面から攻めてみるとか?

「マユカ、僕は胸が無くても腹筋割れてても気にしないって言っただろ!」

 ルピア、そういうのは今大きな声で言ってくれなくていいから!

「ノロケちゃってんじゃないわよ!」

 ほらっ、マキアが怒ったし! やっぱり残念だなお前!

 思いきり乱れうちのように扇が翻る。そう何度もかわせないが、光の壁が出現して、マキアの攻撃は当たらなかった。ルピアだ。

「うあ……っ!」
「やん。こんな綺麗なコが苦痛で顔を歪ませてるなんて、いい眺めぇ。子猫ちゃんも可愛かったけどぉ、ますます欲しくなっちゃったぁ」

 ヤバイ、半分自業自得とはいえあまり続くとルピアがもたない。何とか早く決着をつけないと。

 一旦数メートル引いて体勢を立て直す。余裕を見せているマキアは追っても来ない。

 脇、顎、膝裏など鍛えようの無いポイントを責め続ければ効果はあるのだろうが、懐に潜り込むたびに切られてはたぶんこちらも持たないしルピアが守ってくれても彼がダメージを受ける。

 そうだ、さっきどんな打撃攻撃も蹴りも効かなかったのに、ミーアの鞭は効いた。ここにポイントがある気がするのだ。

 渾身の力をこめて突いてもだめだ。鞭のようにしなやかに、力の入ってない状態……。

 よし、見えた。勝てる……かもしれない。

 ルピア、聞えるな。横にいるイーアに伝えろ、合図をしたら鉄扇に向かって流星錘を放てと。

「ルピアは私の猫だ。お前なんぞにくれてやるか。この不細工なオカマっ!」

 ツッパリ棒を捨て、こちらから行くのでなくおいでおいでしてみた。怒れ、そして乱れろ。

 ちらと横を見るとすでに錘を回していつでも放てる体勢を整えているイーアが見えた。よし、ちゃんと伝えてくれたんだな。更に煽ってみる。

「そんなものをひらひらさせても、ちっともお前の舞は綺麗じゃない」
「きぃっ! このアマ、言わせておけばっ!」

 勿論マキアは真っ赤な顔で突っ込んできた。来い!

 真中に気を集中する。

 体はやや斜めに、足の親指に力を込め、前に出した足は真っ直ぐ相手に、後ろに一歩下げた足はやや横を。前と後ろの足の親指は一直線上になるように。腕は肩の力を抜き自然に肘を曲げ、指先まで神経を集中する。半身の構え。

 薙いでは来ず、閉じた鉄扇をナイフのように突き出してきたマキアの動きが見えた。いい感じに来たな。

 すい、と更に身を開き、その手首を、肘を掴む。そして捻る。

「いたたたっ!」

 私は力は入れていない。マキア自身の攻撃の勢いをそのまま生かしただけだ。相手の攻撃の力を利用し、こちらの攻撃力に変える。そういえば合気道の技は初めて使う気がするが、これでも結構鍛錬して来たのだぞ。

「今だ!」

 合図をすると流星錘が勢い良く飛んできて、片膝をついているマキアの首に巻きついた。上手いぞイーア!

「出力最大っ!」

 慌てて手を放して飛び退くと、昼間の明るいにも関わらずマキアの全身が光って見えた。

「ひぎゃあああ!」

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が上がる。効いたな。うん、効いたみたいだ。なんか髪の毛から煙が出てるような気がする。

 だが、流石は最高幹部。そして余程丈夫な宿主なのか、気を失いはしなかった。白目が血走り、ぴくぴくと筋肉が痙攣しているのが見えるにも関わらずボロボロになったオネェは立ち上って首に巻きついた細い紐を握った。

「……このチビ……」

 マズイ。まだ動けるなんて。

「イーア! 紐を放せ!」

 叫んで飛び出し、私も止めようと紐に手を出したがまだ残っていたビリビリにはじかれた。よりしっかり電撃を送るためにか、自分の手にも巻きつけていたらしいイーアは解くのに間に合わなかった。

「わーっ!」

 細い紐だが強度はある。軽い小さな体は凧のように振り回され、石畳に叩きつけられた。

「イーアっ」
「……大……丈夫」

 上手く受身は取ったようだが、背中は強打したみたいだ。

「くそっ!」

 まだ僅かにビリビリする体にとび蹴りに行ったが、相変わらずの硬さでダメージは感じられない。組んで投げようとも思ったが、膝を抱え丸くなられては柔道技は使えない。

 くそう、これでも駄目か。どうやったらとどめをさせる? もうかなり弱っているが、動きを完全に止めないと寄生している虫を取り出すことが出来無い。

「……任せろ」

 今まで散々攻撃を私の代わりに受け、しゃがみ込んでいたルピアがふらっと立ち上った。

「ルピア?」
「僕もいい加減本気を出さないとな。あ、でもとどめは頼むよ」

 何を言ってる? 本気って……もう顔色は蒼白だし、ボロボロじゃないか。

 とどめと言われても……そうだ、ささっき考えていた方法。

 ルピアが手をこちらにマキアのほうに向け、何か呟いている。その緑の目が青白く光っているように見えた。

「立て」

 ぞくっとするような声だった。いつものあの残念な男の声じゃない。

 丸くなっていたマキアがふらふらと立ち上った。

 いつものあの守りの魔法の印が三つ現れ、檻のようにムキムキオネェの体を挟み込むように集まる。まるで籠に閉じ込めるように。

 す、すごい。こんな事が出来たんだルピア!

「……長くは使えない。マユカ、とどめを」

 拳でだめなら平手だ!

 ばし、ばしっと動けないマキアの頬を打ってみる。

「きゃん!」

 しなやかに、鞭のように。手首のスナップを利かせてっと。コイツの鋼の体には硬い渾身の力の攻撃よりも表面だけを攻めていくほうが効くようだ。ようし、往復ビンタだ!

 ばし、ばし。これはミーアの分。

「やん!」

 ばし、ばし。これはゾンゲの分。

「あんっ!」

 ばしばしばし。これはリシュルの分。

「ひんっ!」

 ばしばしばしばしばしっ。これはイーアの、ルピアの分。

「なんか……絵的に最悪……」

 そんな声がどこからか聞こえた気がするが気にしてはいかん。

 ばしーん。これは私の分だ!

「……」

 あ、マキア伸びた。

 そしてルピアも力尽きた。

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