「まことに申し訳ございませんでしたああああぁ！」

　耳じゃなくて鼻から黄色の虫が出てきたユング様こと、リア市警察署長ラングさんは巨体を小さく畳んで土下座モード。

　……本名も似てるし、小さくと言っても充分にでっかいのだが。

　本当に虫、一匹だったんだろうか？　まだ寄生されてんじゃないのと思うくらい暑苦しさが変わらないんですが、この署長。

「市民を危険に晒し、皆様に多大なるご迷惑をお掛けしてしまい、こうなったら死んでお詫びをしないとおぉ！」
「待て待て待て、死なれては困る！」

　頭を地面に打ちつける姿があまりに恐ろしかったからか、町の子供は泣き出すわ、メイドちゃん達とイーアが怯えて私にくっつくわ、マッチョ組が止めに入って必死になってるわで大混乱だった。

「署長おぉ～！」

　おお、ロキル君、来てくれたのか。

　ほっそりした姿に似合わぬ怪力で、暴走気味の署長を止めてくれたのは良いが、泣きながら抱き合うな。うっとおしい。

　怪しい関係を想像するより、何か大昔のスポ魂アニメを見ている様な暑っ苦しい光景である。滝の様な涙、飛び散る汗……。

「以後、警察署長としてこの町の治安維持に頑張って欲しい。私も本職は一介の警察官だ。ロキル君は貴方をとても良い人だと言っていた。部下に尊敬し信頼されている貴方はきっと素晴らしい警官なのだと思う」
「勿体無いお言葉を……！」

　何だか偉そうな事を言ったが、まあめでたしめでたしで良かろう？

　力強い警察署長もいることだし、この町は安泰だろう。


「しかし、見直したぞルピア。今回は一番活躍したではないか」
「ご褒美は？」

　……そういうのを言わなきゃ、そろそろ残念君を卒業出来たのにな。

　耳かき部隊と早くに開放された市民も加わり、総動員で集めた虫はビンにびっしり溜まった。

　全てが片付く頃にはすっかり夜になっていた。

　全員お疲れだ。町一番のホテルに宿をとってもらい、今日はこの町で休むことになった。

　大変なご馳走もいただき、しばし皆がご機嫌になった夜。

　普通の服……相変わらず苦手なスカートではあるが……に着替えちょっとお茶しながら落ち着いてた時だった。

「まだ寝るのは早いし、ちょっと町を散歩しない？」

　ルピアに誘われたので、誰か一緒に行く者は～と皆に聞いてみたが、誰一人手を挙げなかった。

「面白くは無いですがそんな無粋な真似出来ません」

　リシュルとゾンゲはぷいっと横を向いた。

「お邪魔しちゃ悪いしな」
「そーそー」

　グイルとミーアは意味深に笑っている。

　何だ、それは。別に邪魔などでは無いぞ？　ってか付き合い悪いな。

「二人っきりでラブラブのデートしてくればいいじゃない」

　イーアににっこり笑われて、なぜかルピアはご機嫌で笑っている。

　デート？　ラブラブ？

「ちょっと待て、皆何を想像してるんだ」
「だって。ね～？」

　ね～って何だ。

「ささ、お散歩お散歩っ！」

　魔力も沢山使ってお疲れのはずのルピアが、私の手をとって引っ張るので仕方なくついて行く事に。

　町は静かだった。早くも営業を始めた店もちらほらあるし、まだそう遅い時間でも無いが人通りも疎ら。あのような恐ろしい事があったばかりだ。用心深くもなるだろう。

　石畳の路地に私とルピアの足音が響く。街灯に照らされて、長く伸びた影はくっついてて、慌てて少し距離を取った。

「何で？　腕組んで歩こうよ」
「こちらこそ何故と訊きたい。腕を組んで歩かねばならんのだ」

　恋人同士でもあるまいし。

　ぶーと不服そうに声を漏らしたが、ルピアは一メートル位間を空けて歩いている。

　イーアめ。誰がデートだ。ラブラブだ。私達のどこがそういう関係に見えると言うのだ。

　これは契約なのであって、好き好んで一緒にいるわけでは無いのだぞ。離れるとマズイという事だしな。

　そうだ、最近すっかり馴染んでしまって忘れていたが、大体、契約と言っても一方的に連れて来られたのであって、恨みこそすれ、好きになる理由など何処にもないでは無いか。

　こんなにか弱くて筋肉も無い、根性も無い男はそもそも私のタイプでは無い。極端な話、まだグイルやゾンゲの方が好みのタイプに近いぞ？

　こん、こん、と微かな音がした。

　横を見ると、小さな子供みたいに楽しげに小石を蹴っているルピア。

　街灯に照らされて儚そうな横顔が俯き加減で微笑んでる。月の光を固めたような金髪が揺れて、細い頬にかかるのがとても綺麗で……。

　あれ？　何だろう。今少しドキッとした。

　蹴り損ねた小石がどこかに行ってしまって、がっかりしたみたいに肩を竦めてこっちを見た。昼間より瞳が大きく見える目は、やっぱり猫なんだなと納得する。

「へへ失敗」

　……可愛い。可愛いかも……。

「あ、川だな」

　誤魔化す様に、指差してみた。

　大きな川に、クラシカルな透かしのある欄干の橋は微かなアーチを描いていて、道の石畳よりほんの少し色の濃い石で出来てるみたいだ。ぽつりぽつりと立った街灯に照らされて、とても感じがいい。

　中程で欄干にもたれかかって川面を見る。

　いつもはお喋りなのに、今日はとても無口だな、王様。

　横で同じ様に覗き込むと、何も言わずにふわりと笑った。やっぱり疲れてるのかな。少しやつれた感じがする。

　でも、そうだ。前に倒れた時もそうだったが、コイツは本当に辛い時は何も言わない。いいのかな、大丈夫なのかな？

　ぴょん、と欄干に飛び乗るのを見てぎょっとしたが、猫なんだった。

「落ちるなよ」
「そこまでドジじゃないよ」

　立つのは見てるほうが怖いと抗議すると、ルピアは足をぶらぶらさせて座った。無駄に長い足だな。

「戦士の鎧もいいけど、マユカはそういう格好もいいね」

　やっといつもの気障な口調になった。

「スカートはどうもスカスカしていかんな」
「女らしく見えていいよ」

　……それはどうもありがとう。遠まわしにいつもは女らしくないと言われている様な気がしなくもない。

　しばらく川面に街灯の光りが映ってゆらゆら揺れるのを見ていた。

　冷たい風が気持ちいい。でもそろそろ帰らないときっと疲れてる。そう思った時、ふわ、と金の髪が目の前を過ぎった。

「え？」

　ルピアが座ってた欄干から落ちて来たのだとわかって、慌てて受け止めた。細いけど背が高いからやはり重い。

　動かせないからしばらく膝をついて抱き合う形になってしまった。

「……ゴメン、ちょっとふらっとして」
「馬鹿、後ろ向きに落ちてたらどうなってたか！」

　私は泳げないぞ。きっと猫なんだからお前も苦手だろう？　考えただけでぞっとする。

　人の姿はしていても、くにゃんと柔らかい体。頬に当たる金の髪も猫の毛みたいに柔らかくて……。

「今日はいっぱい頑張ったもんな。ゾンゲを助けた時……王様らしくてカッコよかった」
「ホント？」
「魔力補給、しないといけないな」

　思わず言っちゃったけど……今なら猫にならなくても出来る様な気もするけど……。

「押さないでってばっ」
「もうっ何もたもたやってるのよ」
「こら、聞えるぞ」

　……。

　ものすごい視線と、声がきこえるんですけど？　橋の隅っこから尻尾覗いてるんですけど？

「おい、お前達」

　街灯の陰に声を掛けてみると、ばたっと二人倒れた。イーアとミーア。橋のたもとからは男三人そろっと出てきた。

　つまり、全員いますね。

「ルピア、帰るか。子猫ちゃんになれ」

　残念ながら今回の魔力補給も子猫ちゃん姿で、半泣きになったルピアだった。