HOME

 

【第1章】五種族の戦士 - 50:久々に萌えっ

2014/10/14 16:56

page: / 101

 女王を頂点とする虫ゆえだろうか。今までの相手もヴァファムの役つきは女の方が強いという印象があった。

 同じ第三階級でも先に出て来たノムザより、この小柄なベネトの方が明らかに強そうだ。持っているのが飛び道具というのは少々気になるが、ここでやっちゃっていいだろうか? ここに二人役つきが揃ったという事は、もう一つの搬入口から来る組には大きな危険は無いのだろうか。

 気がつけばぐっと拳を握っていた。

「あら、私が嫌いと仰いますの?」
「私は味方を傷付けて謝りもしないような奴は大嫌いだ」

 それがたとえ虫でも。変に丁寧な口調も気に食わない。

「ここで戦いますか? ケイ様のご命令はあなた方を丁寧にご案内する事でした。もし戦うのがお好みならお相手いたしますが」
「相手してもらってもいいぞ」

 売り言葉に買い言葉。横でミーアも鞭を構えるのがわかった。

 だが、一向にベネトルンカスは戦意を見せないのが余計に腹が立つ。

「マユカ、落ち着いて。今戦うのは得策ではない」

 ルピアに肩に手を置かれ、少し頭が冷えた。

 そうだな、ケイ様とやらと話をしてからでもいいだろう。工場で働かされている村人やもう一組のメンバーの事もある。最終的に暴れる事になるかもしれないが、今完全アウェイだ。中にどれだけの人数がいるかも、どれだけの危険な要素があるかもわからない。もう少し状況を把握してからの方がいい。

 相手方が敵意むき出しでない以上はやりあえんか。

「後でゆっくりお相手してもらおうか。今はとりあえずケイ様とやらにお会いしたいものだ」
「そう言っていただけると助かりますわ」

 きいいいぃ。にこやかに笑うな。女同士だからだろうか。余計に腹が立つ。

「とりあえずノムザも連れて行ってやれ。ここに置いておいて失血死でもされたら中の役つきはともかく、宿主に気の毒だ」
「仕方ありませんわね」

 しぶしぶといった表情で、腰のぶっといベルトの背中側にブーメランを仕舞い、ベネトが膝をついて蹲っているノムザに手を差し出した。

「一人で行ける……」

 その手を取る事なく、ノムザはふらふらと立ち上がった。互いに信頼関係など無いのだな。気の毒に。

 ミーアは不服そうだが、その後皆で無言でベネトの後をついて歩く。武器を手にせず、やすやすと背中を見せている相手にこちらも襲い掛かることなど出来無い。

 地下通路から出たガランとした部屋を出ると、また天井はそこそこ高いが細い通路が真っ直ぐに伸びていた。だが、片方の壁には金属の格子の嵌まったすりガラスの窓がある。

「少し見辛いですが、窓の向こう側は職人が作業している工場になります」

 ガイドよろしくベネトルンカスが説明してくれる。案内ってそういう案内もしてくれるのだな。

 少しづつだが温度が上がって来た気がする。ヴァファムの下っ端ですら金属製の剣などを持っていたし、連れて来られた村人が鍛冶屋だったところをみると、精錬する炉があるのかもしれない。地上から見た時も煙突から煙か湯気が上がっているのが見えたしな。

 細い通路の先にドアが見えた。

 突然、ベネトルンカスが立ち止まった。

「失礼。ここから先、ケイ様の前では私はこの姿では参れませんので」
「はい?」

 ふっ、と赤い髪の小柄な女の姿が消えたと思うと、足元でにゃーと声がした。

 茶色の猫ちゃんが背中にブーメランを背負ってるしぃ!

「へ、変身したっ!」

 ミーアが慌てている。うん、私も驚いているぞ。

「変身出来るのってルピアだけじゃなかったんだな」
「何人かいるとは知ってたけど……珍しいよ」

 同じ猫族の王様もかなり驚いているご様子。

 しかし……うわ、なんて綺麗な猫ちゃんっ! 短めの毛でスマートで手足が長くて、しなやかそうなこのスタイルはアビシニアンっぽい。

 いかん、スイッチが……スイッチが入るっ!

 ひょおおっ、顔洗ったぞっ! ピンクの舌見えたっ! かわいいいっ!

「……マユカ、鼻息が荒くなってるよ」

「ふふふ。この姿が気に入っていただけました?」

 首傾げたぁ~~~!

「うんっ、うんっ! 抱っこしたいぃ!」
「これで私の事を嫌いなんて仰いません?」
「うんうん! すきいいぃ!」
「マユカ……」

 はっ。

 そうだ、萌えてる場合じゃなくて。

 この猫にゃんはさっきのムカつくベネトルンカスじゃんか。

 くううっ、猫だよ。猫になれるんだ。この先コイツと戦うのに殴ったり蹴ったりし難いじゃないか!

「こほん」

 一応咳払いで誤魔化しておく。横でミーアとリシュルとついでの事を言うとノムザルンカスも激しく引いているのがわかった。

「猫好きでいらっしゃいますのね」
「ああ、猫は大好きだ」
「仲良くしてくださいませね」

 ……仲良くはちょっと困るがな。

 見おろすと、金色のルピア子猫ちゃんが何とも言えない目で見上げていた。何か言いたそうだな。

「呆れてる?」
「うん。浮気しちゃダメ」

 はいはい。お前が一番可愛いから。安心しろルピア。

 気合を入れなおし、猫になってしまったベネトに代わって通路の先のドアを開ける。この先には謎の多いケイ様とやらがいる。

 重いドアはぎいいぃという不快な音を立てて開いた。

 またいきなり空気が変わった。今まで地下らしい重く淀んだ空気だったのが、一変して乾いた空気になった。しかし通路よりも暗い。

 この耳にぴーんとなる感じ。ヴァファムの出す音にも似ているが、それとは違う、もっと良く知っている感覚……懐かしい感じ?

 暗いが広い室内に踏み込むと、足元をベネトの猫が走って行った。

 先に明るい光が見える。

 あれは……モニター? この音はそうだ、職場のパソコンの電源が入っている時の微かな電子音に似てるんだ。だから懐かしい気が……って、パソコン? この世界にパソコン? 電気も普及していない、灯りはオイルランプか街灯などはせいぜいガス灯の世界で?

 背筋がぞくっとした。

 何だろう、この体の奥深くから沸きあがってくる恐怖。

「ケイ様、お客様をお連れしました」

 ベネトが猫のまま嬉しげに報告した。

 モニターらしきものの光以外、暗い部屋、かすかに見える椅子がくるりと動くのが見えた。そしてそこに掛けていた人物に向かって、ブーメランを背負った猫が駆け寄るのが。

 椅子の人物が立ち上ったのが見えた。逆光になっているので顔は見えない。だが、背の高さや肩幅からして男である事はわかった。男は少し屈んで猫を抱き上げた。

「ご苦労さま。ベネトさんはいい猫だ」

 低い声。にゃーと嬉しげに答える猫の声。

「ノムザさん、灯りをつけてくれませんか?」

 随分と丁寧な喋り方だな。だが……この声。なぜだか聞いた事がある気がするのだが。

 ぱっ、と部屋が明るくなった。

 ノムザが言われたとおり灯りをつけたようだ。

 え? なんだ? 蛍光灯? 電気があるのか?

 それよりも……。

 明るくなった部屋で、目の前の人物の顔がハッキリと見える様になった。

 男は笑っていた。猫を抱いて。

「やあ、久しぶりですね、鉄仮面の修羅……東雲麻友花さん。その節はお世話になりまして。ボクの事を覚えておいでですか?」

 コイツがケイ様だと?

 現れたのは予想外の人物だった。

「お前は……!」

 ああ、覚えているとも。まさかこんな所で再会するとは夢にも思わなかったが。

page: / 101

 

目次

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13