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【第二章】新大陸 - 65:甘ったれるな

2014/10/14 17:14

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 これは……また面白く無い話だな。

 ゲンちゃんも病院は不可侵領域だから、レジスタンスの拠点になっているかもと言っていたが、本当にそうだった。

 寄生から逃れ、自らの手で状況を何とかしたいという反対派の気持ちは大事にしたいし、戦う術の無い者達が抵抗しようと思うなら武器を手にするのも仕方の無い事だとも思う。だが殺すのはいけない。

 昼間、目の前で少年に刺され、死んでしまった男の事を思い出した。あんな悲劇があちこちで起きているなんて……。

 宿主が死ねば寄生していたヴァファムも死ぬのか、耳から自分で出て来た虫はもう動かなかった。だが、元はといえば誰かの家族であり、自分達も言っているようによき隣人。寄生している虫さえ取り出せれば元に戻れるのだ。

 ここまで戦ってきて、下っ端は上位の幹部の指示には大人しく従う。だからより大物をしとめて命令させさえすれば傷付けずに戻せるのに。

 それに、ヴァファムは好戦的だし武器を持って相手を脅したりもするが、命は取るなという女王の命令を遵守している。なのにこちらだけが相手を殺してまで止めるとなると、次第に状況は悪化して行くだけに思えるのだ。

 穏やかに微笑み、柔らかい言葉を選んでいつつも、ローアが他の者達に出した命令の内容は看破出来る物ではなかった。

『傷付けても命を取るのは最小限に留めてください』

 彼はそう言った。絶対に殺すなとは言わなかった。手加減の出来無い素人が武器を持って手っ取り早く勝つ方法、それはすなわち殺すことだ。

 かといって止めに入るのも憚られたので、大人しく集会の様子を見ていたが、ローアはテキパキと数班に分かれた若者達に指示を出し、集会はお開きのようだ。闇に紛れるように散って行った者達にみつからないよう、木の陰に身を隠したが、考えてみればなんでこうこそこそしないといけないんだ。仕事柄、尾行したりするので隠れるのは結構得意だけどな。

 去って行った者達はほとんどが魚族のようだったが、中には尻尾や耳が見えたものもいたので、他の種族も混ざっているようだ。

 しかし……首謀者がまさか知っている人間だとは。あの元気で一生懸命なイーアの事を思うと胸が痛い。先に帰らせたのはこれを知られたくなかったからなのか。

 月の光に照らされた庭に一人残されたローアの、杖をついたか細い姿。本当にゆっくりとしか歩けず、俯いて足元を確認しながらよろよろと数メートル進むごとに立ち止まるほどだ。片足は全くといっていいほど動いていない。

 自分の病室に戻るまでには相当の時間がかかるだろうな。

 思い切って飛び出すと、驚いたように顔を上げたローアの顔は、暗い中でもやはりイーアに良く似ていた。

「段差がある。部屋まで一緒に行こうか」

 手を出すと最初は拒む素振りも見せたが、数歩行った所で諦めたように腕に掴った。本当に軽い。

「イーアと一緒に首都に帰られたのだと思ってました」
「連れが急遽入院になってな。わけあって離れられないんだ」

「……先程の話を聞いておられましたか?」
「ああ。盗み聞きするつもりは無かったが……随分と過激な集会だな。ヴァファムに自分達で対抗するのはいい事だと思う。だが、武器を持ち、命を奪うのは良くないと思う。それでは虫以下だ。しかもそれを人に指示するなど」

 極力言葉を選んで言ったつもりだった。だが、肩に掴っていた手が離れた。

 きっ、と睨んだ顔は、あの病室で感じた背筋がぞっとするようなものを含んでいた。歪んだ負の感情。そしてこいつからは、あの軽部に近いものを感じる。だから怖かったのだ。

「貴女に何がわかる。自由に動け、走れ、素手でも相手と戦えるだけの力があるものに。自分では何も出来ない僕の気持ちなんかわからないでしょう」

 ……ああ、わからんな。

 私は確かに自分で何でも出来る。走れる、相手を投げ飛ばし、傷をつけずに倒す事もできるだろう。出来無いことといえば感情を顔に表すことくらいだ。

 だが私は、そして他の戦士達は命を張って戦っている。ルピアだって一言の弱音も吐かずにあんなになってまで……。

「甘ったれるな……」
「何だって?」
「動けないから、何も出来無いからどうだというのだ。それでも貴様は生きてるじゃないか。そうして言葉も話せ、信じて、愛してくれる兄弟もいる。生まれた国にいられ、こうして病院という安全な場所にいるではないか。血を見る事も残されたものの悲しみも知らず」

 少し言い方がキツかったかもしれない。それでも言わずにいられなかった。

「出られるものなら、イーアのように自分で戦えるなら病院になんかいない!」
「ああ、そうだろうとも。あれだけの人数の信頼を得られるだけの頭がある。そしてきっと元気だったら現場に出て陣頭で戦っていただろうな」

 もうすぐ診療所の病室の棟の入り口だ。

「寄生された人を殺すのは良くない、それはわかってる。でも仕方ないとは思わないのですか?」
「思わん」

 即答しておいた。

 このモヤモヤした言いようの無い、怒りなのか悲しみなのかわからないもの。ローアは間違っていないかもしれない。それでも私は昼間死んだ人を見てわかったのだ。

「……ヴァファムが女子供、年寄りには寄生しない事は知ってるな?」
「はい。だからこそ強行な事が出来るのでしょう」

「違う。もし殺された人の家族がそれを見たら? ……こんな事を話したくは無いが、私は子供の頃、目の前で両親を強盗に殺された。それ以来笑う事も泣く事も怒る事もできなくなった。こんな仮面の様な表情の無い顔になってしまった。同じような思いを誰かにさせたくない」

 ……恐らくこれが、私が違う世界のために命を懸けてでも戦える理由。

 それをちゃんとわかってくれていたのはルピアだけだ。そのルピアも同じように自分を偽って、表情に出さなかったなんて。

「すみません……そこまで……考えていませんでした」
「こっちこそすまない……説教できるような身分でも無いのに」

 しばらく無言でローアの病室まで付き合った。階段を上がるのは流石にキツイようで、手を貸してやったが何も言わなかった。本当にやせ細って骨だけのような体。これでも彼なりに一生懸命なのだろうに。

「反対運動を止めるつもりはない。だが出来れば決起は待って欲しい。そして一言彼らに絶対に人を殺すなという事を徹底させて欲しい。私達は役つきを主にしとめて、下っ端に抵抗しないように命令させて向こうの大陸では無血で幾つもの町を開放してきた。こちらでもそのつもりだ。だから信じて欲しい、私達を、イーアを」

 わかってくれたのか、ローアは何度も頷いた。

 頭の良さそうないい子だ。きっとわかってくれたと思う。そう信じたい。

「でも……一旦火のついた彼等が止まるかどうかは僕にもわからない……」


 深夜。

 マユカ……マユカ!

 色々考えることがあっても枕が変わっても熟睡できるのが私の取り柄だ。だが今日はルピアの事と、ローアのことが気になって、浅い眠りをふわふわ漂っていた時、ふいにルピアに呼ばれたような気がして目が覚めた。

 丁度ヒミナ先生も目を覚まし、起き上がったのは同時だった。

「ルピアが呼んでる」
「何かあったのかしら?」

 流石はすごい先生だ。何時もは私にしか聞えないルピアの声を感じたらしい。

 二人で慌てて病室に向かう。

 扉を開けて思わず先生と固まった。ベッドの上がもぬけの殻だ。

「ルピア?」
「そんな、治療のために制御の魔法も解いたから動けるはずなんか無いのに」

 先生も驚いている。

「一体何処へ……」

 馬鹿っ! 無理するな。なんで大人しくしてないんだ! 慌てるよりも思わず腹がたった。人がこんなに心配してるのに!

 ベッドの下でかさかさと音がした気がして、覗き込むとぴかっと光る緑色と目があった。

 なんだいるじゃないか。ってかなんで猫になってるんだ?

「ルピア、なんでそんな所に?」
「……にゃん」

 お前なぁ。瀕死だとか言われて本気で心配してたのに。人間の言葉で喋れ。何時もは子猫のまんまでもベラベラ喋ってるくせに。にゃんって可愛いじゃないか。

「せめて出て来い。怒らないし」
「うにゃ、にゃん!」

 ……怒るぞ?

「マユカさん……様子がおかしいわよ」

 ヒミナ先生が手を伸ばしてふーっと声を上げているルピアを引っ張り出した。あれ、ちょっとでっかい? あのチビの子猫じゃない。

「ふぎゃーっ!」

 襟首を掴れてたのが気に食わなかったのか、慌てて私の胸にへばりついてきた金ぴか猫ちゃんの毛の色も瞳の色もルピアそのものだ。でも子猫より大きいそれでも大人にはなっていないような中くらいの猫。そういえば子猫なのが異常なのであって、本来は大人の姿なのだと言ってはいたが……魔力が戻ったという事だろうか?

「少しは良くなったのか? どこか痛い?」
「にゃっ、にゃっ!」

 なんか一生懸命言ってるようなんだけど……わからん。

「ひょっとして、喋れない? 早く完治させるためにちょっと変わった治癒魔法と薬を試してみたんだけど……副作用かな?」

 え、ヒミナ先生、今なんと……。

「ふぎゃ」

 なんか肯定するように頷きましたけど?

 ええええ? これじゃルピア、ただの猫じゃんか!

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