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【第1章】五種族の戦士 - 22:私の嫌いなモノ

2014/10/14 14:28

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 いつもの状態に戻ったゾンゲ。私がユングレアでもチャンスと思っただろう隙ありの状態だ。

 飛び出したが間に合わない。

「うおりゃああああっ!」

 気迫満点の声が響いた。ユングの拳がゾンゲに迫っている。一秒にも満たない間であったろうが、まるでスローモーションの様に感じた。

 ゾンゲ、君を忘れない。

 ……いや、そんな事は思ってないが、思わず目を閉じた。

 ばしぃ! と音が響いた。クリティカルだろう。

「ぐあっ!」

 声が聞こえて目を開けると、ゾンゲはそのままピンシャンして立っていた。代りになぜかユングがひっくり返っている。

 え? やり返したの?

「あれ?」

 そのワリに何故不思議そうに首を傾げてるんだ?

「ごほっ……効いた……」

 後ろで片手を前に突き出したルピアが咳き込んで俯いてる。

「ひょっとして、お前が受けたのか?」
「咄嗟に防御魔法で跳ね返したが……思ったより強かったから」

 すごい。コイツひょっとして凄い事やった?

「ルピア様っ!」

 ゾンゲがルピアに走り寄った。泣きそうな顔してる。

「何て無茶を!」

「国民を守るのは僕の責任だから。このくらいしか出来無いし」

 偉いぞルピア。そんな事が出来るんならもっと早くやれよとかは思わん。後でいっぱい褒めてやらないと。

 驚いてひっくり返ってたユングがむくっと起き上がった。

「猫、オマエすごいなっ! 俺様を床に倒すとはぁあ!」

 何か知らんが感動しているご様子。どっちかというと凄いのはルピアだったのだが、相変わらずゾンゲしか目に入ってないようだ。

 そう思っていたら、くるっと私の方を向いた。

 お、やるか?

「おい女。預けた俺の武器を返せ」
「……」


 返 す わ け な い だ ろ !


 アホだ……やっぱりコイツすごいアホだ。

 ただでさえ強い敵に武器を「はいどうぞ」と返す奴がおるか!

 もうここまで来たらいっそ潔いと思えるくらいのお馬鹿っぷりにちょっと感動すら覚える。虫、好きになりそうだ。

「悪いが返せんな。今度は私と勝負しろ。素手でな」

 ゾンゲが散々傷だらけにしてくれた後だが、もうこのお馬鹿さんと付き合うのもそろそろお終いにしたい。

 やっと私を真っ直ぐに見たな。というか、今度は全く他は目に入らないのだろうな。

「勝負とな! はははっ、面白いっ、受けて立とう!」

 あ、何か今背後にメラメラって炎が見えた気がした。冬は一家に一人いると暖房に困らないとか、そういうボケはいらんな。困る、こんなのが大勢いたら。非常に怖い想像をしてしまったので慌てて消去。

 さて、仕切りなおしだ。

 上半身ほとんど裸、しかもあちこち引っ搔き傷だらけなのに、その気合は弱まる気配は無い。こういう熱血バカはきっと追い詰められるほど燃えるタイプなんだろうな。虫にその常識が通用するとも思えないが。

 素手なので間合いを計りやすい。じりじりっと摺り足で横にずれるとちゃんと負って来る。あー、でも上着が無いから柔道技かけ難いな。掴むところが……うっ。

 胸毛がっ! こいつ胸毛が濃いいぃ!

 この東雲麻友花、虫と並んで苦手なものは体毛の濃い男だ。もふもふの動物の毛は大好物だ。猫は勿論ワンちゃんの毛なんかたまらん。だが人間の毛はどうも……ちょっとトラウマが。

「マユカ僕は胸毛生えてないよ。ついでに脛毛も薄いよ安心してっ!」

 訊いてないぞ、ルピア。勝手に人の頭を読むな。

「俺は全身に生えてるが」

 ゾンゲお前まで何だ。いいんだよ豹は生えてて!

 ううっ、意識すると近づくのも嫌になった。

「おりゃああ!」

 そんな私の事などお構い無しにユングが掛け声と共にやってくる。

 重そうな拳をかわし、蹴りを入れてみたが効かない。

 その後数分に渡り徒手を繰り返すが埒があかない。

「ちょこまかとぉ!」

 パンチが来ると思った瞬間、足を払われた。フェイントとはお馬鹿のわりにやるな。って、そんな余裕無いし!

 倒れる寸前、がしっと抱きしめられる形になった。げ、捕まった!

「捕まえたぞぉ!」

 ぎゅうっと締め上げられ、すごく苦しい……いやそれよりも!

 頬に、頬に胸毛が当たってる。

「いやぁああああん!」

 思わず女の子のような悲鳴を上げてしまった。女なんだけどな。

 その時、ユングと私の間に何かが滑り込んで来た。見えない何かがぐいっと膨らむように押す。これは……ルピアの魔法障壁?

「マユカに……くっつくなぁ!」

 やはりそうみたいだ。動機はどうであれ感謝するぞルピア!

 卑怯でも構わん。痛いのが効かない相手にはこうだ。

 出来た隙間で脇をくすぐり、腕が緩んだ拍子にくるっと体を後ろ向け、腕を掴み上げて思いきり投げる。

「どぉりやあああっ!」

 いかん、ユングがうつったのか、思わず声を上げてしまったぞ。

 ずしーん。

 建物が揺れるほどの地響きをたてて、ユング様が床に沈んだ。

 よし、背負い投げが思いきり綺麗に決まった。

 ちなみに襟の代りに胸毛を掴んでやった。今すぐ手を洗いたい。

 こんなもので倒せる相手でない事は承知なので、ずかさず飛び上がり、腹に思いきり両足で飛び乗ってやった。

「ぐはっ!」

 伸びたか? うん、今度こそ伸びたな。

 わらわら~っと周りから皆集まってきて頑丈そうなロープでユングレアの巨体を拘束。

 だが、さすがは役つきでも上位というべきか、すぐに意識を取り戻して芋虫の様にもがいている。

「はなせえええええっ! 解けええっ!」

 デカイんだよ、体だけじゃなくて声が。

 困ったな、これでは虫を取り出す事が出来無い。

「よし、ここは僕の出番だな」

 何だか張り切ってるルピアがぴょんとユングに飛び乗った。

「あ、マユカは見ない方がいいよ。大丈夫、殺さないから」
「ルピア……?」

 うふふーと悪戯っ子のように笑って、猫王様が何かしている。見るなと言われたので、大人しく後ろを向いたが……。

「ぎゃーっ!」

 ユングの悲鳴が聞えるんですけども。何やってんだ? 拷問でもやってるんじゃないだろうな?

 しばらく不気味な悲鳴は聞えていたが、ふいに静かになった。

 周りを見渡すと男達は何やら難しい顔で、少し青ざめているようだ。

 ミーアはお腹を抱えて笑い転げてるし。

「いい子だね、もう暴れない? ついでに下っ端達に大人しく投降するように伝えてくれるか?」

 ルピアの言葉に涙目でコクコク頷くユング。

「何をしたんだルピア?」
「ん? マユカの嫌いな胸毛と脛下をブチブチ抜いてあげただけ」

 ……何やってんだよ。ってかどんなとどめだよ、それ。

 新手の拷問だな。


 かくして、第二階級ユングレア司令を捕獲する事に成功し、大国キリムの第二の都市リアは解放された。

 その後、長蛇の列を作った寄生された市民への対応で、耳かき部隊がヘロヘロになったのは言うまでも無い。

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