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【第1章】五種族の戦士 - 47:鎖鎌の使い方

2014/10/14 16:53

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 鎖鎌。本来農業用の器具を武器に改変したものだ。刀をもてない身分の農民や商人の護身用や忍びの隠し武器が由来だと聞いた事があるが、詳しい事までは知らん。とにかく鎖の先に錘がついていて、投擲することにより相手の動きを封じたり、武器を止めたりし、鎌の部分でとどめを刺すというかなり高性能な武器である。

 古武術の師範が使っているのを見たことがあるが、分銅のついた鎖を鎌の方側……頭につけた物と、柄の下部分につけたものがあり、流派によって違うと言っていた。流派によっては両方が鎌になっているものや、長い柄のものもあるそうだが、今目の前でノムザとやらが持っているのは、頭の方側に鎖のついたもので、片手で操作するタイプの鎌の小さいタイプだ。鎖の長さは一・二メートル程だろうか。鎖は知っているものよりもかなり長いが、投擲に適した形といえよう。

 ……さて、どう戦うか。いざとなればイーアにも協力してもらう事になろうが、この際私一人で良かったのかもしれない。この手の武器を相手に大人数は余計に危険だ。ある意味飛び道具だからな。

「連れて来いと言われたのは私だけだろう? 他の三……二人には手を出すな」
「いいよ。さあ、やろうぜ」

 印象の薄い顔もだが、性格もあっさりした奴だな。本当かどうかは判断しかねるが。

「イーア、ニルアとルピアを安全な所へ。近くにいると危ないぞ」
「だけど……!」

 またあまり距離が開くとルピアが弱るかもしれないが、建物の陰にでも身を隠してろ。手を放さない限りは射程は短いが、投げてくると危険な武器なんだ。読めてるな? 私の考えていることが。ルピア。

「イーア、マユカに任せよう」

 よしよし。ちゃんと伝わっていたようだ。

 視界の端でポンプ小屋の陰に二人と一匹が隠れるのを確認して、構えなおす。まずは動きを見ないと。

「行くぞ!」

 ぴしゃ、と水音と共にノムザルンカスが動いた。

 思った通り、片手で鎌を持ち、もう一方の手は鎖を振り回している。まずは鎖の方で来るというのは定石だな。

 びゅっと音を立てて鎖の先の分銅が襲ってくる。

 先のルミノレアの流星錘と似た様な動きだが、圧倒的に射程が短い。これは余裕でかわせる。

 だが鎖と錘の大きさが違う。もし喰らったら結構なダメージだろう。

 これもまた流星錘と同じく、投げた直後はやや隙が出来る。そこを狙って蹴りを入れるが、もう一方の鎌がすかさず振り下ろされ、慌てて身を引く。

 こいつ、長身だからリーチがあるな。

 どうでもいいがワンピースを脱いでおくんだった。下に鎧は着けたままだから、防御力は変わらないだろうが裾が邪魔になって動き難いこと甚だしい。

 一旦離れて間合いを取る。厄介だな、隙がつけない。こちらも棒でもいいからあれば良かったのだが。素手でやりあうには無理があるかな。

「その鎌って切れる?」
「ああ。よく切れるぜ。生かして連れて来いとは言われたが、どこか欠けてたら駄目だとは言われてない」

 そうですか。無駄にご丁寧な返事をありがとう。手足の一本くらい失くしちゃうかもってか? 充分殺傷能力もあるじゃないか。

 もう一度最初と同じような構えで鎖の方を飛ばしてきたが、今度は踵落としで錘を叩き落とした。やや足首に巻きつく感はあったが、完全に巻き取られなかったので、助かった。そのまま構わず突きに行く。

 やはり鎌がすかさず襲ってきて、今度はかわし損ねて肩の辺りがやや切れたが、丁度鎧があった部分なのでワンピースが破れただけで済んだ。引き際に駄目もとで蹴り上げた足は、鎌を持った手に上手く当たった。

 よし、鎌を落とす事に成功した。もう一度空いた所に蹴りを……。

「マユカっ!」

 ルピアの声と共に、全く予想もしなかった方向から鎌が飛んできた。もう片方の鎖を持った手を引いたノムザの元に戻ろうとした鎌は、私の太股をかすめて行った。

「ちぇっ、ざっくりはいかなかったか」

 ヒラヒラしたスカートがあってよかった。防具も何も無い太股を思いきり斬られるところだった。幸い腿には掠めただけで紙で切ったほどの赤い線が走っただけで、マトモに切れたのはスカートだけだった。

 飛び退き、切り目を入れてくれたスカートをびりびりっと破いた。超短くなったが、これで少しは動きやすい。

「マーユーカー! 他の男の前でっ!」

 ルピアが何か言ってるが、考えてみろ。いつもこの短いスカートどころか丸出しなんだぞ、太股っ! 恥ずかしくも無い。っていうか、いつもの方がよっぽど恥ずかしいと思い出したわっ。

「ひゅう。無愛想だが色っぽいことしてくれるじゃないか」
「……虫にもそんな事が言えるんだな」

 ヴァファムの意思で動いてるんだよな? こいつの額にもくっきりした複雑な模様があり、第三階級の特徴がはっきり出ている。第二階級になると模様は消え、より個性がハッキリするが……かなり人間臭い事を言うもんだ。やはり同じ第三階級でも、重要な位置にいると言う事は今までのフレイやグレアルンカスより進化していると言う事だろうか。

 だが、考えてみれば第三階級だ。持っている武器は厄介だが、第二階級のコモナやリリク程の早さも、ユングほどの力も感じない。

 そして今までで一番見たことのある武器だ。

 勝てる。勝てるはずだ。

 今度は鎖の錘側を持ち、鎌の方を振り回している。

 こいつはかなりの使い手のようだな。かなり鍛錬しないと返って来た鎌で自分を傷付ける事もあるのが鎖鎌。使い手でも何度か自分で怪我をしないと扱えないらしい。

 だが流石にこれを喰らうと大怪我だな。

 びゅんと少し重い音。幸いかわせたが、思ったより届いてくる。しゅっとすかさず引き戻し、鎌の持ち手を上手に受けるノムザは余裕の表情だ。

 もう一度来る。今度もかわす。

「ちょこまか逃げてんじゃないよ」

 そうだな。逃げてばかりでは勝負にならんか。だが当たりたくないし。

 走りながら、もう一撃来た。やや近くから鎖を短く持って精度を上げてきた。

 今度は神経を集中し、空中で鎌を足で受ける。横っ面の薄い部分を蹴ればダメージは食らわない。そこでくいと鎖を引かれ、危うく鎌で足首を掻き切られそうになったが、おかげさまで戦士の鎧が守ってくれた。

 少しお臍の辺りがヒヤッとした。

 蹴られてバランスを崩した鎌は不自然な回転が加わったのか、ノムザも受けるのに少々苦労したようだ。

 ああ、組めたらな。長身だが奴はそう下半身は強そうに無い。柔道技が掛けられたらかなりのダメージを与えられるのに。

 組みに行くにはじかに持っている鎌が少々厄介だ。剣などの真っ直ぐな形態で無い分、至近距離だと怖い。

 何か方法が……。

 そこで、さっきのノムザの言葉を思い出した。ちょこまか逃げるんじゃないと言ったな。

 そうだ、以前映画か何かで見た鎖鎌の使い方。師範もやって見せてくれたな。何かちょっと思いついたかも。

 柄が重く、先の曲がった鎌は目標に向かって投げやすい。戻らないがブーメランにも似た飛び方をする。そして錘のついた鎖は当たるとその錘と鎌の重さ、反動、遠心力で目標物に巻きつく。足などを狙い、相手を捕捉し、動きを押さえて近づいたところを鎌でとどめ。これが最も効果的な使い方だと思う。上手くいけば巻きついた勢いで鎌を相手に刺す事もできる。射程距離も稼げ、長物の刀や槍にも対抗できる手段。

 誘うように、一旦踏み出す。また鎖が襲ってきて、それをかわす。そのまま打ち込むと見せかけて、鎌に注意を向ける。

 そこで思い切ってノムザに背を向け思いきり走った。

「逃げるのか!」

 ああ、逃げるさ。距離を稼ぐためにな。

 投げろ。

 鎖鎌の一番効果的な使い方をやってみろ。

 そして時は訪れた。後ろから鎌を投げた気配。よし、来い!

 足をワザと巻かれる。通常より長い鎖が幸いしてか、鎌で傷付けられる事は無かった。一応動きが妨げられて倒れこんだ。

「マユカっ!」

 来るなよ、イーアにルピア。これは作戦なんだ。

 鎖鎌の最も効果的な使い方は、最高の弱点。投擲してしまうと戻せない。拾いにいかないと。

「さあて。終わりにしようか」

 嬉々としてやってくるノムザ。よし、あと一メートル。

 身を乗り出してきた腕を掴む。鎖が巻きついたままの両足をそろえ、腹に。

「え?」

 素手のひょろっとした秋刀魚みたいな男など怖くも無いわ!

 そのまま巴投げが決まった。

 思いきり投げたので、ルピアたちが隠れているポンプ小屋の方まで飛んで行った。

「ううっ……」

 鎖を解き、鎖鎌は頂いたぞ。

 すぐさま立ち上がったノムザにこちらも立ち上がって構えなおしたが、予想外にこちらには来なかった。

「ケイ様にお許しいただけるかはわからんが……」

 海の方を見たかと思うと、そのまま走って行く。

 ほえ? 逃げるのか? こんな幹部見たこと無いぞ?

 ざばん、と水音をたて、ノムザルンカスが海に飛び込んだ。

 ……でもまあいいや。勝手に襲ってきて勝手に逃げてくれるのなら助かると言うものだ。マトモにやりあうなら、こちらもちゃんと体勢を整えたいからな。

「逃がすかっ!」

 イーアが飛び込もうとしたが、それを止めた。確かに同じ魚族のイーアになら追えるかもしれないが、体格が違いすぎる。一人で行かすわけにいかない。

「イーア、追うな」
「でもっ!」

 ごめん、イーア。言ってなかったが私はカナヅチなのだ。もし万が一同じ魚族同士で戦闘になっても、助けに行きようが無いのだ。ちなみにルピアも泳げないみたいだぞ。

 そうこうしているうちに魚男は見えなくなった。

「覚えてろ! 絶対に次はっ!」

 かなり離れた所で水から顔を出したノムザは、捨て台詞を残して海に消えた。

「逃がしちゃったけどいいの?」
「ああ、行かせておけ」

 逃がしたのは初めてだが、丸腰にはしたしいいんじゃないかな。

「マユカ、怪我は無い?」
「ああ、大丈夫だ」

 久しぶりに一人で戦った。何となく疲れたな。

 とにかく帰ろう。皆のところへ。

 下見は済んだ。武器工場へのルートもわかったし、おまけに護衛にいる幹部の一人は実力の程もわかった。

 ケイ様と言ってたな。

 それがあの武器工場にいると言う、謎の男の名前?

 早くその姿を確かめたい。ヴァファムに寄生されているこの世界の人間なのか、それとも……。

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