HOME

 

【第1章】五種族の戦士 - 52:繋がりを絶つ

2014/10/14 16:57

page: / 101

「ボク、変ったと思いませんか?」
「目つきが優しくなった。ぱっと見マトモに見える」
「そうでしょう? 以前はカリカリして自分がわからなくなる事がよくありました。でも、東雲さんに逮捕されて『治療』を受けてから、とても気分がいいんです。幻覚も幻聴も無いですよ」

 まあ、精神的に安定しているようには見えるが、だからこそ怖い。

 外部的な圧力で精神を病んでいたのはまあ置いておいて、性格上、潔癖症や僅かな紙の歪みですら気にしていた彼からして、この真っ直ぐに向かい合っているでもなく普通に喋れているだけでも凄い事なのだ。事情聴取の時に重なった書類がピッタリ角が合っていないだけでも、ペンが自分に対して直角に置かれていないだけでも発狂しそうになっていた人間とは思えない。

 その歪みを嫌う性格は外にも向けられていた。元々強盗至傷の事件にしても、被害者の家族はわりとアバウトな人達で、現場検証の時に何年も前に借りた図書館の本がそのまま本棚に並んでいたくらいだ。たまたま軽部が大切にしていたバッグと同じ物を友人より譲り受けた時期と、バッグを置き忘れて消えた時期が同じであった事から、偶然見かけた彼が盗られたと思い込んだことが原因だった。

「ボクのバッグで無いとはすぐにわかった。でもいい加減な使い方をしているのが許せなかった」

 言いがかりも甚だしいが、彼の性格を鑑みてわからなくも無かった。侵入を発見され、何故か説教を始めた軽部を追い返そうとした家族をナイフで刺し、怖くなって逃げて手の皮が剥けるほど手を洗い続けていた彼を逮捕した時は、正直逃げたかった。

 その後も取り調べ途中で、延々と社会の歪みについて演説を続けた彼は、危険思想の持ち主にさえ思えたが、言っている事はまともだった。

 確かにヴァファムは規律正しく、綺麗好きで勤勉だ。ある意味とても健康的で素晴らしいと思う反面、気味が悪い。

 似ているのだ、軽部と。

 ふと、日本の知り合いの顔が浮かんだ。育ててくれた家族、友人、同僚……色々な事情や問題を抱えて罪を犯し、捕まった者達。

 決して何事も決められた時間通りに動くわけでなく、時間も不規則で食事をとる時間も寝る時間も無い日もあった。疲れている時は仕事や家事の手抜きだって普通にしていた。人間だから。

 でも皆表情豊かで、喜び、悩み、驚き、悲しみ……自分の意思で動いていたのだ。ある犯罪者は罪を悔い、ある者は一時反省したように見えてもまた罪を犯す者もいた。

 彼等がもし寄生され、表情を失い、機械のように正確に動くとしたら。確かに世界は平和で規則正しく、清潔な世界になるだろう。軽部の嫌ういい加減な物の置き方をするものも無く、一度罪を犯した者も、もう決して塀の中に戻る事は無いだろう。だが……。

「ボク、何か間違ったことを言いましたか?」
「……基本的に間違っているな。お前は寄生されず残された女子供やお年寄り達が『飼われている』のを見た事はあるか?」
「ありますよ」

 軽部の分厚い眼鏡の奥の目も口元も笑ったまま。

「深い愛情すら感じて優しいと思いませんか? 弱い者、力の無い物をも『保護』して殺さずに置いておくなんて。ボクだったら、いらないものは捨ててしまえばいいと思うのに。まあ、子供は育てば立派に役に立ちますし、女も寄生する体を増やすのに必要です。合理的ですよ」

 ああ。もうダメだ。コイツとは根本的に考え方が違う。殴りたい、蹴り飛ばしてやりたい。まだ虫の方が明らかに違う物だからと納得が行くが、コイツは寄生されていない人間だ。同じ日本人だ。だからこそ気持ちが悪い。

「東雲さんならわかってくれますよね。規律を重んじて、弱いものを苛める奴を放っておけないおまわりさんだから」
「……」

 わからない。わかりたくも無い。

 だが、軽部は笑みを崩さず、穏やかな口調で続ける。

「ボクに理解出来たのだから、ゆっくり話し合えば、きっと理解してくれると女王も言ってました。平等で愛に溢れた世界。素敵じゃないですか」
「……多分、私には一生理解出来無いと思うがな。小女王エルドナイアも同じ事を言っていた。それでも無理だった」

 硬いパイプ椅子から立ち上った。話し合いは無意味だ。

「ボクがもう少し頑張って向こうと行き来出来る方法を見つけ出せたら、東雲さんだって自由に帰れるんですよ? 帰りたくないんですか?」
「……」

 痛いところを突くな、軽部。だが、おかげでかなり迷っていた問題に答えが出たような気もする。

「帰りたい。自分の生まれた世界には帰りたい。だが、もしもその世界の人々が、ヴァファムによって寄生され、自らの意思も無く、競争も争いも何も無い世界なら、帰っても意味は無い。誰もが自由で無ければ何の魅力も感じない」

 私こそ問いたい。私は間違っているだろうか?

「マユカは間違ってないと思うよ」

 ルピアがスリングから顔を出して自信を持って言ってくれた。

「とにかく、そういうことだ。ここを何とかしてからしか帰る気は無い。お前がこれ以上異界の知識を広めるのも阻止しなければならん」

 軽部が立ち上った。

 膝からぴょんと飛び降りたベネトルンカスは、軽部の顔を見上げてから、奥にある先にミーアやリシュルが消えたドアの方へ走った。

「やれやれ。じゃあ、仕方が無いですね。ベネトさん、向こうの部屋に行きましょうか。この部屋を出れば貴女は戦えるでしょう? このわからずやのお姉さんを止めて、女王に体を差し出しましょうか」

 戦線布告か。

 よし、やってやろうじゃないか。そちらがやる気になってさえくれれば、思う存分暴れられる。

 このムカムカと腹の底に溜まった物を吐き出すには、戦い、役つきの虫を引きずり出し、村人を解放するのが一番だと思う。

「では行こうか。ケイ様、お前も戦うのか?」

 穏やかに笑みを浮かべた男は何も言わない。余りに腹が立ったので、思わず隙を突いて蹴りを入れた。

 軽部にではない。パソコンのモニターに向かって。

「何を!」

 がしゃんという嫌な音がして、旧式の液晶モニターは床に落ちて、虹色の筋を映し出した直後、何も映らなくなった。コンセントも引き抜く。

「なんて事を……」
「ここは日本ではない。猫や犬が祖先の人達が生きる世界。そんなものはまだ必要ない。時代にあっていない物は危険だからな」
「……唯一の繋がりを絶ってしまいましたね」

 怒りの表情でなく、笑ったまま。だが、軽部からドス黒い殺気が立ち昇るかのように見えた。

「外に出ろ。殺してやる」

 丁寧だった言葉遣いは消え、軽部が扉を開けた。


 ほんのドア一枚越えただけで、また空気がガラッと変った。

 なるほど仕組みはわからんが確かにあの部屋だけは違ったのだという事が暗黙のうちに実感できた。

 スリングから落ちる勢いで飛び出した金色子猫ちゃんは、次の瞬間にはいつもの無駄に美しい男に変った。

「帰ってきたってカンジ」

「ふふ、ケイ様を怒らせるとは、愚かな事」

 人型に戻ったのはルピアだけではない。ベネトルンカスも、赤毛の女に戻っている。腰にはあの物騒なブーメラン。

 倉庫だろうか。広い空間だった。今まで蛍光灯の灯りに慣れていた目には、壁のガス灯だけの石造りの室内は薄暗い。昼間から夕方になったみたいだ。

「村人達はもっと先か」
「答える必要は無い。自分で確かめればいい」

 怒ってるなぁ、軽部。お、ポケットから何か出したぞ。ナイフか。そういえばサバイバルナイフを持ち歩いていたような男だからな。

「ヴァファムに持たせた武器は基本人を殺す様には出来ていない。幹部には出来るだけ殺傷能力の低い物を選んでいた。下層に持たせてある武器も切れ味も悪く、形ばかりのものだった。だが、このナイフも、ベネトのブーメランも非常に良く切れるぞ」

 ベネトと軽部が広がった。

 ルピアは戦えないから……コッチは一人か。ミーアとリシュルはもっと奥に行ったんだろうか。ってか、こっちが奥か。どうでもいいけど。

「ルピア、危ないから離れてろ」
「嫌だ。変な男がいるからマユカ一人に出来無い」

 お、いっちょまえにトンファー構えてるし。スリングの中に隠してたんだった。やる気なのはいいけど……正直足手纏いだとか言ったら怒られるかな。

 猫王様をお守りしながら戦わねばならんのはキツイぞ? だが、軽部も戦闘は素人のはず。おあいこってことかな。それにいざとなったら魔法で身は守れることはわかったし。

「行きますわよ!」

 ベネトがブーメランを片手に走り出した。

page: / 101

 

目次

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13