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【第二章】新大陸 - 60:強すぎるオネェ

2014/10/14 17:10

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 ただ突っ立っている様に見えるマキア。

 だが、奴の周りにぴんと張り詰めた空気は、赤外線探知機のように四方どこからの攻撃にも対応出来るとわかる。隙が無い。

 五人で囲むように展開する。射程の長いイーアは少し下がらせる。幾らくねくねしていても、あのぶっとい腕に一撃を喰らったら子供のイーアではひとたまりも無さそうだ。

「マユカ……」

 祈るように呟くルピアは少し離れてメイドちゃん達と見ている。あまり近づくと巻き添えをくうかもしれない。

 じり、と間合いを詰める。まず誰が出る?

「はーやーくぅ」

 自分からは動こうとしないマキアがくねくねした声で退屈そうに言った。

 まず打って出たのは刺叉を持っているグイルだ。私の持っている棒より長いので様子見というところか。太い胴体なので首を狙ったようだが、力強い突きに動きもしないマキア。だがU字の先が首に届く事は無かった。

「なっ……!」

 人差し指一本で止めやがった。私達の中で一番力の強いグイルの一撃を。

「やぁねぇ、いきなり顔のほうを狙うなんてぇ。悪い男の子はお仕置きしちゃおうかしら。あっ、でもいい男だから後で遊びましょうねぇ」

 投げキッスが飛んできて、色んな意味でグイルが震えている。

 勿論私を含め、他のメンバーも止まってはいない。同士討ちは避けたいので、視線を送るとリシュルとゾンゲが動いた。刺叉に続く射程武器、三節昆と私の如意棒で挟み撃ちだ。ミーア、イーアは切り札として置いておく。

 リシュルが一番端を持った三節昆を足を薙ぐように放つと、思ったとおり飛んでかわしたのでそこを狙って背中に棒で突きに行く。これでバランスを崩してくれればモーニングスターを持ったゾンゲが懐に入れ……。

 だがプラスチックキャップのついた棒の先は背中にめり込むでもなく、まるで鉄板でも突いたような固い感触でまるでダメージが無いようだ。

 驚いている暇は無い。すかざす仕掛けたゾンゲの一撃はこれまたあっさりとかわされ、リシュル、私、グイルの連続攻撃もひらひらとかわされた。

 筋肉の塊のくせに、ムカつくほど優雅に、まるでバレエでも踊るように。

「荒っぽいコ達ねぇ。連携はなかなかいいけど基本的な所がなっちゃいないわ」

 しゅっと音がした気がした。風を感じた気も。

 何が起きたのか一瞬理解出来なかったが、目の前からマキアが消えた。

「あ……」

 次の瞬間、リシュルが小さく声をあげたと思うと、がくと膝をついた。

 一見どこにも傷もなにも無いように見えたが、腹を押さえている。蹴りか拳を受けたようだ。からんと音を立てて三節昆が石畳に転げた。

 つ、と唇の端から零れ落ちた赤い糸。

「リシュル!」
「うふふぅ。この中で一番好みのタイプの男だから手加減しといたわよぉ」

 手加減してこれか? いや、好みのタイプって言葉が一番怖いが。

「このっ!」

 ゾンゲとグイルが一斉にかかって行った。だが、ゾンゲのモーニングスターもグイルの蹴りも空を切った。わずかに顔を動かしたようにしか見えなかったのに。

 早いなんてもんじゃない。

 すかさず私も上段から袈裟に振り下ろしたが、後ろ拳で止められた。かなり力を籠めていたのに。しかもまたあの硬い感触だ。

 私の棒を止めている手にばしっと音を立てて打ちつけたものがあった。ミーアの鞭だ。よし、上手いぞ!

「いやぁん!」

 ううっ、全身から力の抜けるようなその声。だが少しは効いたようだ。

 マキアは微かに赤いミミズ腫れになった手首を振って、ぎっ、とミーアの方を睨みつけた。夜の町のお水のママみたいな顔で。

 だが、ミーアの鞭のおかげで漠然とだが道が見えた気もする。

「ちょっと痛かったわよぉ、今のは。女王様が女の子にはぁ、優しくしないといけないって言ったけどさぁ……」

 ミーアが鞭を振り回して後ずさっているが、マキアは止まらない。しかも一気に行くのでなく、じりじり近づいていくのが怖い。

 背後ががら空きだ。今がチャンス!

「はっ!」

 思いきり蹴りを入れたが、コッチの足の方がじーんと痛かった。コイツの体は本当に生身の人間なのか? 鋼鉄製のロボットか。

「アタシ、女は嫌いなのよぉ! 特におっぱい大きいコはっ!」

 一番素早いミーアですら避け切れないほど早い拳は、思いきりミーアの腹に入って、軽い体は飛んで行った。

「ミーア!」

 何メートルも先まで飛ばされ、地面に叩きつけられたミーアは身動きもしない。完全に気を失っているようだ。女には容赦無いと言うことか。

「救護班!」

 声を掛けると、隅の方で待機していた兵と医師が走って来た。

「よくもミーアを!」

 グイルが思いきり刺叉を振り回し、こちらも近寄れなかったが、あっさりと重い長い刺叉はぶっとい片手で受け止められた。それでも諦めずにキックを入れたグイルの足を、もう片方の手で受け止めるマキア。

「今だ!」

 ゾンゲと私で飛び掛る。ゾンゲのモーニングスターは掠っただけだったが、ピンクのシャツがほころび、脇腹に決まった私の正拳突きも少しばかりは効いたようだった。

「……ったく……」

 グイルの足を離し、刺叉を地面に叩き付けたマキアから、ゆらりと殺気が立ち昇った気がした。

 次の瞬間に目の前で血が飛沫いた。

「え?」

 ゾンゲの二の腕にすぱりと切り傷。かなり深い。それでもゾンゲは顔をしかめただけで踏みとどまった。

「ちょっとはやるようだから、こっちも武器を使わせてもらうわねぇ」

 いつの間に!

 ぱたぱたと顔の前で扇いでいるもの。メタリックな鈍い光を放つその扇は鉄扇。しかも私が知っている護身用の骨だけが金属製のものじゃない。細い短冊状の金属板を要で留めた全体が金属で出来たもの。

「舞でも舞ってみましょうか? うふふぅ、このニャンコちゃんとワンちゃんはお仕置きして、ちゃんと躾してあ・げ・る」

 ぞぞぞっとゾンゲとグイルの尻尾の毛が逆立つのが見えた。

 手を胸前でクロスさせ、膝をやや落としたその姿は舞の構えにも似ている。

 本当に隙の無い構え。人の形の不気味な要塞のようだ。

「……」

 どこから攻めていいかわからない。ゾンゲもグイルも攻めあぐねているようだ。なんだ、この絶望にも似た焦り。

「来ないのぉ? じゃあ……」

 ひらりと扇子が翻った。一見がら空きのようになった懐。ニ戦士が動いた。

「待てっ!」

 止める間も無かった。思いきり突きに行ったグイルの刺叉が派手な音を立てて地面に落ちるまで二秒もなかったろう。

 そして脇腹から血を流して地面に伏すまで。

 同時に動いていたゾンゲも自分の動きを止められずモーニングスターを諦めて自分の爪を最大に伸ばして薙ぎに行ったが、かすりもさせてもらえないまま扇の餌食になった。

「グイル! ゾンゲ!」

 倒れた二人の周りの石畳が赤く染まる。

「次はアンタ達ねぇ」
「……」

 やるしか無い。

「まだ……いける……」

 ゾンゲとグイルが起き上がろうとしているが、もう立つな。もう一撃受けたら確実に殺される。

 ヤバイ。これはマジでヤバイ。

 強いなんてもんじゃない。もう人間の域を超えてる。

 これがヴァファムの最上位幹部。

 わずか数分の間に、もう私とイーアしか残っていない。女子供にも容赦ないから、イーアだってミーアのように……。

『兄ちゃんを守ってあげないといけないから』

 イーアが笑顔で言っていた言葉が蘇った。

「イーア、お前の電撃は最後までとっておきたい。私がやる。下がってろ」
「でもっ!」
「お願いだ、イーア。これは命令だ。最後のとどめには絶対にお前が必要だ」

 イーアも立派な戦士だ。わかっているが、出来ればこの子は痛い目に遭わせたくない。

「……わかった」

 しょぼんとした様子で、ルピア達の方に下がったイーア。よし、これでいい。

「じゃあ、伝説の戦士さんとやらと一騎打ちねぇ~」

 マキアが動いた。扇は閉じている。だがいつでも開けるように指が要を押さえているのがわかる。

 大きな相手だ、懐に入り込めれば投げ技も可能だが……。

 すごい勢いで蹴りが来たのは、何とかかわせた。きっと様子見くらいのつもりだったのだろう。こちらも仕掛けないと。

 一番短くした棒の真ん中を両手で持ち、斜めに構えて踏み出す。防御の姿勢だ。ふふんと鼻で笑いながら、一旦離れたマキアの動きに全神経を集中する。見えるはずだ、幾ら最高位のヴァファムに寄生されていても、宿主は生身の体なのだ。

 拳が来る。その軌道が読めた!

 かわしながら、棒で腹を突くと見せかけ動いたところをくるんとまわして顎の下を打つ。ここはどんな大きな相手でも弱いところだ。

 マキアが二・三歩よろめいて下がった。

「ふん、やってくれるじゃないのよ!」

 また本気になったのか、鉄扇を開いた。来る! だがそのあまりの速さによけそこねたのだが……衝撃も痛みも無かった。

「ぐあっ!」

 まるで見当違いの方向から声が上がった。ルピア? え?

 まさか防御魔法でまた身代わりに攻撃を受けたのか?

 石畳に膝を付き、肩を押さえながらもルピアは微笑んだ。

「……マユカ、僕もいる。僕は君を守るから、思いきり戦って」

 もう一人、戦士はいた。

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