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【第二章】新大陸 - 63:これが現実

2014/10/14 17:13

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 議事堂といっても元は王宮。事務的仕事に使われている以外はそのまま、また迎賓館も兼ねているとかで、しばらくは大層立派な場所に泊めてもらう事になりそうだ。広いので兵士達も耳かき部隊も全員同じ場所にいられる。

 深いとはいえ切り傷のグイル、ゾンゲはまだいいとして、マキアのパンチを腹に喰らったミーアとリシュルは医師団の癒しもあってやや回復したが、内臓系の損傷が心配されたので、街の病院に運ぶことにした。

「問題は病院が機能しているかだが。医師達も寄生されているのではないか? 患者は無事なのだろうか」
「ああ、その辺は大丈夫だと思うわよぉ。弱ってたって殺しはしないし、ヴァファムは病人や怪我人に近寄らない。ある意味一番安全な場所と言えるでしょうね。逆に不可侵領域だからひょっとしたら寄生から逃れた人達が、反ヴァファム運動の拠点にしてるかもしれない」

 第一階級と同化していた時間が長かったためか、ゲンはマキアの記憶を沢山持っている。それだけでも仲間にしておいて良かったと思える。

 レジスタンスのアジトになってるかもしれないというのは、やや気になるな。元気な者は味方につけたい所ではあるが、武器を持って戦うというのはやめさせなければいけない。

「イーア、お兄さんはどこの病院にいるんだ? どうせならそこへ行こう」
「隣町の海沿いの診療所。すごい先生がいるんだ」

 ここからは少し距離があるが遠くは無い。荷馬車でその診療所へ行く事にした。

 医師一人と私、ルピア、イーア、そして念のためゲンも一緒にミーアとリシュルを連れて行く事になった。

 グイルとゾンゲ、耳かき部隊と兵士達はここで留守番……というより出来る限りの掃討作業をしてもらわねばならない。既にディラ中央政府のお偉方はあらかた解放した。マキアは約束は守る方らしく、ビンの中で近くの下っ端達に降伏を訴え続けている。

「私もご一緒していいでしょうか?」

 もうすっかり耳かき部隊に溶け込んでいて、大人しすぎているのを忘れていたニルアが名乗り出た。この蛇族の娘も小女王候補リリクレアに憑かれていた上級幹部だった一人だ。

「ニルアちゃんは待ってた方がいいんじゃないか?」
「病院は安全だとはいえ、道中は危険だと思います。戦える人手の少ない今、少しばかりはお役に立てるかもしれません。魔法を使えば私も戦えます」

 むう、確かにそうだが。だからこそ留守番させたいのに。

「連れってってやんなよ、マユカ。お嬢さんはリシュルが心配なんだよ」
「なるほどそう言うことか。同種族だし自分の国の王子様だしな」
「……そうじゃなくて……まあそうなんだけど」

 ルピアが何かどっちなのかわからない事を言ったが、まあいいか。ではニルアちゃんも連れて行こう。ゲンが来る以上、女の子が多いほうがルピアも安心だろう。怖がって子猫ちゃんになってくっついたままだ。


「痛く無いか?」
「ゴメンね、マユカ」

 幌つきの荷馬車に寝かせて運ぶ間も、可哀想にミーアはずっと謝りっぱなしだ。いつも自信に満ちて元気いっぱいの鳥娘がこうも弱々しいと胸が痛い。最初から一緒にいる中で唯一の女だからか、妹のようなものだ。そう告げると、ミーアは微笑んだ。

「嬉しい。アタシもマユカみたいなお姉ちゃんが欲しいわ」

 可愛いなミーアは。姉妹か……私は一人っ子だったから、兄弟姉妹が欲しかった。もしいたら私はもう少し表情豊かな人生を歩んでいたかもしれない。

「いいな、イーアは本当のお兄さんがいて」
「へへ、しばらく会って無いけどね。でも無事なのはわかるよ。それにデザールから一緒に来た皆はもう家族みたいなもんじゃない。正直他の種族と仲良くなれるなんて思わなかったけど、今じゃみんな大好き」

 家族か。寝食を共にして一緒に戦ううちにそんな風になってるのかもしれないな。しっかり者のリシュルに頼れるグイル、気が利いて大人しいがキレると怖いゾンゲに元気なミーア。イーアはさしずめ末っ子と言う感じだな。まだ子供なのに一人で知らない土地に行って、それでも寂しい思いをしなくて済んだのならいい事だ。

 私も何となくそんな風に思っているのかもしれない。海を越えたイーアどころでない異界の地にあって、寂しいと思わなかったのは彼等のおかげかもしれない。

「じゃあマユカは家族の中でどういう位置なんだろう?」

 子猫の姿のままでイーアに遊ばれていたルピアが首を傾げた。

「お母さん?」

 イーア、それはちょっと。流石にこんな大きな子は……待て。イーア十二歳。

 ……。

 ありえなくも無いのが痛いではないか!

「という事は僕がお父さんなんだな。ふむふむ」

 ルピアが嬉しそうにうんうんやってるが……イーアに指で突かれた。

「チビ猫で言わないでよ。やだよ、こんなお父さん」
「そうよぉ。お父さんっていうのはもっとしっかりしてなきゃ」

 ミーアにまで拒否されたぞ。

「マユカぁ」
「安心しろ。お前は皆のよい愛玩動物(ペット)だ」

 聞えていたのか、隣で寝ていたリシュルが腹を押さえてニルアが慌てている。

「あ、あまり笑わせないでくれ」

 ゴメン。

 などと長閑な会話をしていたら、馬車が突然止まった。

「ちょっと外ヤバイかもよぉ」

 隔離ではないが、外で運転をお願いしてあったゲンが顔を覗かせた。さすがにピンクのヘソ出しルックはエグすぎるので、普通の男物の服に着替えたオネェは一見ただの頼れるマッチョになっている。喋り方はそのままだが。

 幌から顔を出すと、なるほどなかなかヤバイ状況だった。

 首都イラから離れ、そろそろ隣町に入ろうかという所だったらしいが、小さな家がポツリポツリと建つ海沿いの一本道の街道は静かでは無かった。

 あきらかに下っ端に寄生されている数十人と、囲まれているように見える数人。遠目にも子供だとわかる。襲われているのか。

「助けないと」
「暴れちゃっていい?」

 ゲンちゃん、微妙に嬉しそうだな。退屈してたんだろうか。

「あまり手荒な事はするな」
「わかってるわよぉん。おネンネしてもらうダ・ケ」

 今マトモに戦えるのは私とこのオネェだけだ。イーア、ニルアは極力使いたくない。そう距離は開かないのでルピアも大丈夫だろう。馬車から降りるなと言い残して私とムキムキちゃんで現場に走った。

「女王サマニシタガエ」
「誰が虫つきなんかに!」

 ヴァファムに囲まれてはいるが、正気らしい少年達は決して屈しない勢いだ。

 踊るように何人も一瞬で伸したゲンちゃんは、本当に寄生していた虫が一匹だけだったのか怪しいほど強い。私も数人纏めて蹴りや投げ技で倒していき、残すところ数人となった時。

「わああああ!」

 少年の一人が倒した下っ端の剣を拾い上げて振り回しはじめた。

「おい!」

 その剣は不幸にも思いきり寄生されていた人の胸に突き立った。切れ味は悪いと軽部は言っていたが、刺せばただの棒だって人を貫ける。

「や、やったぁ! ヴァファムを殺したぞ!」
「馬鹿っ! 寄生されてるだけでその人は普通の人だ。血を流さなくても正気に戻せるのに!」

 何てことだ。恐れていたことが本当になってる……。

「甘いこと言ってたら全員虫つきにされちゃうんだ! オレ達は戦うんだ!」

 少年達は止める間もなく次々と剣を拾いあげて得意げな顔をしている。

「あっ、待てこらっ!」

 少年達は礼も言わずに走り去ってしまった。

 ルピアとニルアが下っ端達を次々と取り出し、大勢の人達が正気に戻ったが、気の毒なことに刺された人はその場で亡くなった。犠牲者が出てしまったのは悲しいことだ。正気に戻った人達に後を委ね、私達はとにかく診療所へ急いだ。


「あー、動物の持ち込みは……」

 看護婦さんがスリングの中のルピアを見て慌てて飛んできた。

「こっ、これならいいか?」

 急いで人型に戻ったルピアはものすごく不機嫌だ。そうだな、病院はペット持ち込み不可だ。

 来る途中の出来事は非常に後味は悪いが、これがこの大陸の現実なのだ。切羽詰った時、人は思いもよらぬほど残酷になれる。たとえ子供であっても……。

 おいおい子供達に説教はしてやるとして、幸いな事に懸念していた反対派の姿も無いようで、そう大きくない診療所の中は静かだった。まずはミーアとリシュルを診てもらおう。その間にイーアの兄に会いに行く事にした。

 白い病室のベッドの上に、ほっそりした背中があった。ベッドに腰掛けて窓の外の海を見ているその後ろ姿は、儚げで今にも消えてしまいそうだ。

「兄ちゃん?」

 イーアが声を掛けると、振り返った顔は一見女性かとも思うような綺麗な青年だった。日に焼けていないからか白いが、緑の髪も鰭もイーアに似ている。

「イーア!」

 微笑んで抱きあう兄弟。良かったな、イーア、お兄さんが無事で。

「元気だった? 無茶して無い?」
「うん。兄ちゃんも思ったより元気そうで良かったよ」
「先生のおかげで少し歩けるようになったんだよ。杖をついてなら中庭に出られるくらい」

 まあ募る話もあるだろう。ここは二人っきりにしておいてやろうとルピアと部屋を出ようとした時、

「待って! マユカ」

 イーアに止められて部屋に留まると、兄はローアと名乗った。イーアより五歳年上で十七らしい。小さい頃に患った病気の影響で足が不自由なのだそうだ。それを治すのだからこの病院の先生はたいしたものだな。

「貴女が伝説の戦士様なのですか。思ってたより綺麗な女の人で驚きました」

 うう~ん、お世辞でもなんか照れる。なんかこう、ほわんとしてて私より余程色気がある感じだ。絶対にゲンちゃんに見せてはいけないな。

「ぎゅーってしてあげて」

 だから関取では無いと言うのに。横でルピアが無言で睨んでいるが、イーアとの約束だったし子供相手だし。流石に赤ん坊のように抱っこしてゲン担ぎは出来無いけども。

 抱きしめると背骨の浮いた今にも折れそうな細い体に胸が痛くなった。

「僕もこれで頑張れる気がします。ありがとう」

 穏やかにローアが笑った。

 ……なんだろう。すごく弱々しい微笑なのに、一瞬ぞっとしたのは。勿論イーアにはそんな事は言いはしないが……。


 この病院にはすごいお医者さんがいるらしいとは聞いていたが、まさかそれが女医さんだとは。それに歳はそこそこいっているが妖艶な美人さんだ。技術もさることながら、治癒魔法の大家らしい。

「二人とも大丈夫よ。二・三日大人しく寝てれば回復するでしょう。安心して預けておいてちょうだい」
「良かった」
「それより……」
「な、何?」

 色っぽい美人の女医さんに顔を近づけられてルピアが焦っている。

「君が一番重症ね。死相が見えるわよ。即入院を勧めるわ」
「はぁ?」

 先生、ルピアはぴんぴんしてますけど? 死相って……。

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