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【第二章】新大陸 - 90:次の階へ

2014/10/15 16:00

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「きゃあああ!」

 響き渡る悲鳴に、飛び散るのは細切れになった布。相変わらずキレたゾンゲは無敵である。

 うん、私は何もしなかった。かなり離れて避難していた。

 ほとんど丸裸に服を切り刻まれた女性が豹男に床に押さえつけられている。キレてたわりに、絶妙の力加減で肌に傷をほとんど付けずに衣服だけ刻むあたり、もうほとんど職人技だ。一応女としてはゾンゲにだけは逆らわずにいたいものだ……って!

「なっ、なんということをなさいますの!」

 そうだな。敵ながら同意するぞ。絵的に非常にヤバイ。

 舌なめずりしてるしっ! まさに獲物を押さえ込んだ豹。だがこれ以上やったら宿主の命の危機というより、違うものが失われそうな気がする。

「ゾンゲっ、ストップストップ!」

 思わず止めに走るが、ゾンゲは私に向かって威嚇の低い唸り声を上げた。猫は好きだがあまりの迫力に正直怖い。早くいつもの状態に戻ってくれ。

「ん?」

 私の願いが通じたように、突然ゾンゲが唸るのをやめ、その熊手みたいに伸びてた爪が引っ込んだ。無敵タイムが終わって素に戻ったらしい。

「ええと…………うっ!?」

 ゾンゲが自分の状況を把握するのにたっぷり数秒あっただろうか。ほぼ裸の女性に馬乗りになって肩を押さえつけてる自分に。

「俺、何を……」
「まあ、この状況でわかりますでしょ?」
「ええっ!」

 飛び退こうとしたゾンゲだったが、今度は攻守が逆転した。

「このように辱めた責任はとっていただきますわよ!」

 ミミラルンカスはゾンゲの首に手をかけたと思うと、自分の方に抱き寄せ、むき出しになった足が腰に絡まる。うう~ん、良い子は見てはいけないものすごい眺めだ。更に男性に対し究極に恐ろしい言葉を吐いたな。

 怖い、なんだこの精神攻撃!

「はっ、離せ!」

 残念ながら斑の毛に覆われたゾンゲの顔は赤面してるのかどうかはわからないが、豹の顔でも非常に焦っているのがわかる。責任も何も脱がせただけで何もしてないと気がつけゾンゲ……というツッコミは入れるべきだろうか。

「羨ましいかも」

 誰だ、今何か呟いた奴は。

「ぐっ……!」

 前のめりになったゾンゲが苦しそうだ。腰に回った足は相当の力で締め付けているのだろう。長閑に見ている場合じゃないな。

 カニバサミのようにゾンゲの背中に回っていたミミラの足に蹴りを入れる。

「いたぁい!」
「痛いようにしたのだから当たり前だ」

 それでもまだ離さないミミラ。よく見るとゾンゲの顔は豊かな胸の谷間に完全に埋まっている。窒息させる気か。引き剥がそうと引っ張ってみても足は外れない。完璧なロック。コイツ、絞め技が得意だったのか。宿主の女性には気の毒だが、無傷では済ませられそうにない。第三階級ではあるが、流石はワンフロア任せられている幹部だ。

 男には無理っぽい相手なのでミーアを呼んで鞭でとでも思ったが、イーアに見せないように押さえていて手が離せそうにない。

 ……第一、この状況であの女王様の鞭なんてなんかもう……駄目。

 自分が絞め技を掛けられている時に逃れる方法は柔道で色々学ぶが、普通はこういう状況はあまり無い。だが私は警察官だ。犯人に捕まっている被害者を助けると思えば! 思いだせ、何か良い方法を。

 あまり無辜の宿主に傷をつけるのもなんなので、思い切って露わになっている膝の皿の上指二本分くらいの所を両方ぎゅっと押す。本来痛みを和らげるツボなのだが上手く押せば足がぴーんと伸びるはず。

「きゃっ!」

 片足だが上手くツボに入った。足が緩んだ隙に、ゾンゲが上手く抜け出し、やっと息ができるようになってゼエゼエいっている。

 そろそろ終わりにしようか。立ち上がられる前にゾンゲに代わり私が抑えこみ、逃げられないよう、縦四方固めに入る。私も何だかんだ言って非常に露出度高めだ。ほぼ裸の女の体の感触は柔らかいくて正直気持ちいい。なんかいいニオイする。むう、デカイ胸というのはこんなに弾力があるのか。羨ましすぎるぞ! この劣等感を力に変えて抑えこみだっ!

「ま、マユカ……なんかその体勢も……何というか……」

 誰かがなんか言ってるが気にしてはいけない。

 抑えこみから逃れようとミミラが身を捩るが、そう簡単には逃がすものか。

「なかなか異色の戦法だったが残念ながら男にしかきかん。それに第三階級ごときにやられる私達ではない。これまで第一階級とも戦って倒してきたのだ。わかったら速やかに負けを認め、助けを呼ぶ声を上げず自分で宿主から離れろ。引きずり出して握りつぶされたくなかったらな」

 耳元で囁くと、抵抗していたミミラが大人しくなった。よしよし、いい子だ、脅しではあるがちゃんと理解する知能はあるのだな。

 見たくは無かったが、耳から黄色い虫が這い出るのが見えた。ミミラルンカス本体だ。同時に寄生されていた女性が気を失うのが見えた。

「ルピア、虫が出た!」
「うん」

 ルピアが瓶を持って走ってきて、第三階級のヴァファムを捕まえようとしたが、一瞬早く羽を広げて飛ばれた。

「しまった!」

 キーンというあの不快な音が響く。くそっ、どこまでも狡猾な!

「よっ」

 ミーアが高く飛び上がったと思うと、何かをつかむ仕草を見せた。

「つーかまえた。ふふん、私の目を甘く見ないことよ」

 結局鳥娘に捕まったミミラだが……。

「ヤバイな、思い切り警戒音を上げられてしまった。他の階から応援が来たりしないか?」

 これではこっそり一階を片付けて抜け道を使うという目的が果たせない。戦って一階ずつ進むしか無いのか……。

「ふふふ、大丈夫だよ。今の助けを呼ぶ声は他の階には聞こえてない。僕がこの階全体に強い防御壁を展開してる。この階の下っ端くらいにしか聞こえてないはずだよ」

 おお、ルピアすごいじゃないか! なるほど、だからゾンゲが危ない時も手を出せなかったのか。そっちに力を注いでいたなら裸を見て喜ぶ余裕も無かっただろうな。

「あっ、当たり前だろ! 僕はマユカの裸しか見たく……いえ、何でも」

 最近握り拳を見ただけで引っ込むなぁルピア。

 女性を下着だけの裸のまま放置も気の毒だし目に毒だ。自分のマントを外して掛けてやると、眼鏡の美人さんは目を覚ました。自分の状況に気がついて真っ赤になって丸くなってしまったあたり、本当は大人しい女性らしい。

「あの……私……なぜこんな格好に?」
「話せば長いが、まあヴァファムのせいだとだけ言っておこう。服は後でなんとかしよう」

 こちらの大陸の様子を見に来ていたキリムの大使の秘書官だという女性は、寄生されていた時の事をほとんど覚えていないようだ。

「ご迷惑をかけまして本当にすみません」

 恥ずかしい思いをしたのは貴女一人だとはちょっと言いづらい。さて、とにかく早く捕らえられている魔導師達を味方につけないと。立ち上がりかけたところで、リシュルの父ちゃん、セープ王が私のマントの代わりに自分の着ていた長いチャイナ服みたいな上着を女性に差し出した。

「マントは戦士の鎧の一部だろう。大事にしないと」

 どうして先に出してくれなかったのかとも思ったが、その顔を見て納得できた。

「王様、鼻血を拭きとった跡が」
「え?」
「……父上、この事は母上には内緒にしておきましょう」

 この人も美中年だが残念なクチらしい。そうか……この人だったのか。

 いや、もう一人いた。

「グイル顔がまだ真っ赤だが?」
「う……」

 純朴狼青年にはちと刺激が強すぎたようだ。良かった、ゾンゲでなくグイルを選ばなくて。

 一方、ゾンゲだが、一言も口を利かずに隅っこのほうで膝を抱えて丸くなってるし。うわ、すごい落ち込んでるな。それを慰めるように、ルピアがゾンゲの肩に手をぽんと置いた。こちらはなんだかご機嫌だ。

「まあまあ、お前は本当によくやった。とてもいい物も見せてもら……」

 私の視線に気がついたのか、ルピアが固まった。

「へぇ、やっぱり嬉しそうに見ていたんだな」

 にっこり笑ってやると、ひっと声にもならぬ音をたてて、ゾンゲの後ろに隠れやがった。ああ、すごいシールドを出してって関心していたのに、やはり残念だった。まあこういうところがルピアらしくて良いのかもしれないが。

 一息ついたのもつかの間、先ほどのミミラルンカスの声に反応したこの階の下っ端三十名ほどと戦闘になった。まあ、全員がかりだったので下っ端など一瞬の事だったが。汚名挽回とばかりにゾンゲとグイルが張り切ったのもある。

 城一階の奥の部屋に、魔導師達は固まって捕らえられていた。鍵は掛かっていたが、爪をうんと伸ばしたルピアがちょいちょいと鍵穴を弄ると簡単に開いた。

「そんな特技があったのか。いつでも泥棒に転身できるな」
「そんなことしないよ。この鍵魔法でかけてあったから解除しただけ!」

 わかってるって。犯罪なんか絶対するわけない、いい猫ちゃんだもんな。

「……王、ご無事で!」

 七名の魔導師達は一目見て王が既に寄生から逃れた事を見ぬいた。なかなか使えそうな人達だ。

 だが、ルピアの顔を見るなり彼等は厳しい表情になった。

「言いたいことはわかっているでも……」

 ルピアが何か言いかけた時、制してくれたのはセープ王だった。

「この方を責めてはいけない。デザールの王にしか出来ぬことをこれからやってもらわねばならんのだ。ぜひ力を貸して欲しい」

 ……また、先の暗い予感が胸を占めた。ルピアにしか出来ない事。それは辛い悲しい事。

 こうしてセープ城一階と魔導師は何とか無事奪還できた。
 

 王しか知らない九階への隠し通路というものは、なるほどこれは見つけようがないなという場所にあった。いや、怪しいと思っても誰も入らないだろう場所。

「いつも壊れていていつになったら修理するのだろうと思っていたが、こういうことだったのですか、父上」

 リシュルも引いている。

「ここを出入りって……すごく抵抗があるのだが」
「形だけだ。入ってしまえば普通の通路だ」

 一階最奥のトイレ、男性用の個室の一番手前の扉には故障中の張り紙。

 つまり壊れたトイレの便器が入り口である。間違って使わないように床に石の外れた穴があるのが芸が細かい。

「誰も使っていないからニオイもないぞ」

 王様、そんな事は気にしていない。何というかその……精神的にキビシイのだが。

「見本を見せるので皆ついてくるように」
「……」

 ぱかん、と洋式便座ににた形の便器の蓋を開けて、王様が両手をついて両足をつっこんだ。うーん、なんかすごい眺め。お美しいだけにシュール。

「少し高くなっているので、足がつかないが気にせずそのまま落ちる感じで」

 しゅぽん、と手を離した王様が消えた。

「アタシ……嫌だなぁ」
「ミーア、私も嫌だが仕方ないだろう」

 先に城の魔導師達が次々と王に続いて便器に消えていく。よく見ると結構穴は大きい。体の大きいグイルやゾンゲでも大丈夫だろうが……。

「ま、覚悟を決めよう。戦いまくって行くか、近道を通るかなら近道を選ぼう」

 そして私も便器に飛び込んだ。

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