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【第1章】五種族の戦士 - 53:薙刀VSブーメラン

2014/10/14 16:58

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 ブーメラン。主にスポーツというイメージがあるが、実際は狩りや祭礼に使われた道具だ。武器として分類するならば、棍棒の仲間に入るのだろうか。

 木や樹脂で出来たものは見たことがあるが、金属製は見たことが無い。飛ばすのには重いと不向きだからだろう。

 ベネトルンカスが持っているのをよく見ると、最初見かけた時よりも軽量に見えた。アルミかそれに近しい軽い金属で出来ているか、エッジの部分だけが金属のようだ。中が空洞になっているのかもしれない。そうでないと幾ら怪力でも先程の様に飛ばすのも、猫ちゃんが背負っていたのにも無理がある。ならば少しはやりやすい。

 流石にすぐ横に軽部もいるし、いきなりは投げて来なかったのは幸いだった。手で持って殴打に来る気だろう。ナイフ兼メイスといったところか。

 こちらも素手ではない。今回は薙刀を持ってきている。

 長い柄がある分、こちらも距離を置くことが出来るからな。

 流石に猫だけあってベネトは、ノムザよりはスピードがある。斜めに切りつけてきたが、紙一重でかわして薙刀でいなした。

「ふふん、やるじゃない」

 金色の目が光った様に見えた。お、やる気満々だな。

 こちらも攻撃の形、八相に構える。相手が殺傷能力のある武器だ。逆刃に持つ必要もなかろう。刃は殺してあるので余程叩きつけないと切れないし。

 もう一度攻撃に来たベネトに、すり足で近づき、斜め下から薙ぐ。かん、と軽い音がして刃は弾かれたが、やはり中身はすかすかみたいな音だった。

 身軽に飛んで数メートル下がったベネト。動きは猫そのものだ。

 ひゅん、と音がしてブーメランが飛んできた。本来の使い方である投擲をして来たのだ。頭を下げて簡単にかわせたが、ルピアの叫び声が響いた。

「マユカっ!」

 その声で気付いて一瞬早く体勢を立て直せたので直撃は食らわなかったが、刃をもつブーメランは私の肩口に来た。ほんの僅かだが、縛っていなかった髪を掠め、毛先が宙に舞った。

 助かった、ルピア。そうだ、考えてみたら戻ってくるのがブーメランの一番の特徴だった。

「ベネトさんの邪魔をしてはいけませんね」

 軽部がナイフを手にルピアの方に向かった。おい、人の事を気にしている場合じゃないぞ、ルピア!

「マユカこそ、僕の方を気にしてないでその女さっさとやっつけちゃって。コッチの男は僕に任せて」
「ほう、それはリリクさんに持たせていたトンファー。面白い、やりますか」

 や、面白く無いぞ軽部。猫王様素人だし!

 だがルピアの言うとおり、余所見している間はこちらにも無さそうだ。もう一撃ブーメランが飛んでくる。

 かわしても返って来るな。ここは止めねば。

 今度はあえて退けない。薄暗い部屋の中で銀色の円盤のように迫って来るブーメラン。よし軌道が見えた。

 薙刀で防御に入ったが、予想外に切れ味がよかった。木製の薙刀の柄がすぱっと切断されたではないか! 幸い体にも当たらなかったが、ブーメランはそのまま飛んで行った。からん、と音を立てて足元に落ちた薙刀の刃。

 ……これ、マトモに当たってたら首くらい簡単に飛ぶなと、一瞬で脳裏に閃きお腹のあたりが冷たくなった。

 そしてブーメランは放った者の元へ戻ってくる。狩りで使う時も行きではなく、返って来るときに相手を仕留める物なのだ。今度は行きに一旦スピードが落ちたのか、ややゆっくりだ。余裕でかわせたが、やすやすとブーメランを受けたベネトに少々こちらも気が焦る。返って来る角度も計算に入れた正確な投擲、敵ながらあっぱれ。

 って、感心してる場合じゃないな。

 むう、得物がなくなってしまった。薙刀はただの棒になってしまったし。

 ちら、とルピアの方を見たが、軽部との素人同士のやりあいは頑張っているのだが何と言うか……かなり残念な事になっていた。何だろうか、そのお尻を突き出したようなヘッポコな構えは。しかも二人とも。

 軽部、ナイフを刺しに行くのはいいが、何でそうスローなんだ。へなちょこに見えても相手は素早い猫だぞ?

 そしてルピア。さっとかわすのは動きがよい。でもトンファーって太鼓のバチじゃないんだから、端をもって叩こうとしない。しかもそれすらも逃げられてるし。子供のケンカか?

 うん、今は見なかった事にして目を逸らせておこう。たぶん大丈夫だ。それよりコッチは命懸けだし。

 ベネトが私とは反対の方向へ走った。効くとわかったのか、更に部屋の端まで離れてもう一投来るようだ。そうだな、せっかくの投擲武器、接近戦では勿体無い……が!

 ……見えた。今頭の中で「かっ!」と目を開いたような気がしたぞ。だからあえて追わない。対ブーメラン、見切った。

 残った棒は丁度木刀ほどの長さ。左手で持ち、右手を添えて正眼に構える。来い、投げて来い。

 思いきりよく投げられたブーメランは私を避けるように大きく部屋を回り、主である軽部をややびびらせ、慌ててしゃがんだルピアの頭上を通り、勢いをつけて私の方へ向かってくる。何とも正確な投げっぷりだ。だが、その正確さこそが、弱点。そしてここまで飛距離を稼いでくれた事に感謝する。

 一歩後ろに下がる勢いで、棒を振りかぶる。剣道の素振りみたいなものだ。そして、思いきり、めーん!

「にゃっ!?」

 遠くでベネトの情けない声と一緒に、石の床にブーメランが叩きつけられた金属音が聞えた。

 ブーメランは平べったい。回転しているが、平面の上ないし下からの衝撃には弱いと見た。コマを指でとめるのと同じ。

「危ない飛び道具は持たないほうがいいな、猫ちゃん」

 にっこり笑ってやったら、ベネトが固まった。横で軽部とルピアも固まっているがな! うむ、久々だなこの反応。そんなに怖いのか、私の笑顔は。

 案外軽かったブーメランを拾い上げ、両端を持って膝を入れると、ぐにゃっと二つ折れになった。他の武器は結構もらってきたが、これは危なすぎる。

「よ、よくもっ!」

 素手で走り寄って来たベネト。ノムザよりは素早いが、所詮は第三階級だ。今まで第二階級を相手にしてきた身には、かなりスローに見える。

 蹴りに来た足を掴んでやると、女としてはいや~んな格好になった。それでもくるりと宙返りして体勢を立て直すあたり、やはり猫は身軽だな。

 今度はコッチが蹴りに行ったが、よしクリティカルというところで私の足は空を切った。え?

「にゃん」

 ううっ! 猫になりやがった! ひ、卑怯なっ!

「叩く? 蹴っちゃう?」

 く、首を傾げるな。むうっ、か、可愛い……こんな可愛い生き物を叩いたり蹴ったり出来るはずが無いではないかっ!

 すりすり。足元に擦り寄る猫にゃんの感触に、ちょっと意識が飛びそうになっていたが、なんとか気を引き締めなおし……たいがっ!

「抱っこしてぇ」

 まさにこういうのを猫撫で声というのだろうな。いかん、手が勝手に美しいアビシニアンに……。

「マユカ、引っ掻く気だよ!」

 はっ! そうか。コイツはベネトルンカス。幾ら綺麗な猫ちゃんでも中身はヴァファムの幹部。虫っ!

 でも猫を攻撃は出来無いので、とりあえす足首にすりすりしている猫の襟首を掴んで尻尾を握ってみた。結構付け根のほう。

「いやぁあああん!」

 ……。

 悶えている。ものすごくイケナイ事をしている気がする。

「ほい、返す」

 ぽいっと思わず軽部のほうに投げてみた。猫って投げると四肢をバッって広げて爪出るんだよねぇ。

 がしっと爪を立てて軽部にくっついた猫。顔にストライクだな。

「ベネトさん痛い、痛いっ!」

 ルピアがその騒動中に、そろっと近づいて何やら摘むような仕草を見せたと思うと、たたっと走って戻って来た。

「猫の耳に入りきれなかったのか、半分出てたから捕まえてきた」

 見せられたのは赤い大きめの虫。ひょっとしてベネトルンカス本体?

「ビンに入れとくね」

 いつも不思議でたまらんのだが、どこからビンを出すのだろう、ルピア。そして今素手で掴んだな。ちゃんと手を洗ってからでないと触らないで欲しい。それは後いいとしてだ、今ケイ様……軽部の顔面にひっついている猫はもうベネトじゃないわけで。

 そーっと近づいて軽部のナイフを取り上げ、ぽいすると興奮して爪を立ててる猫にゃんを抱いて引っ張ってみた。

 バリバリっとよい音がした。ついでに眼鏡も外れた。

「軽部、もうベネトさんはいないが? 降参するか?」
「くっ……」

 膝をついて俯いた軽部の返答を待った。彼は寄生されていない。出来ればそう手荒な真似はしたくないしな。

 だが私は忘れていた。コイツが普通の神経の持ち主じゃない事を。

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