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【第1章】五種族の戦士 - 10:夢と優しい子猫

2014/10/14 14:16

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「ほれ」

 ぱたぱた。

「うにゃっ」
「コッチだぞ」

 また動かしながらぱたぱた。

「みゃっ!」

 細い棒の先にリボンを結びつけただけのものなのだが、良くまあ飽きずに遊べるな。うん……私もな。

「ルピア、もう疲れただろう? 私はそろそろ眠い」
「添い寝する? なんならマッサージもするぞ」
「いや、たとえその姿でも断る」

 只今、ルピア・ヒャルト・デザール・コモイオ七世閣下はラブリー子猫ちゃんモードに変身中である。

 それなりに文化水準の高いこの世界だが、残念ながら宿屋にテレビなど無い。蓄音機のようなものはあるので音楽などは流れていたりするのだが、それ以外に娯楽など無い。というわけで、夕食と入浴の後の私の娯楽として、猫ちゃんと戯れタイムをご提供いただいたのだが……中身がわかっているだけにしばらくすると萌えは薄れてきた。

 昨日の初村丸ごと奪取に続いて、もうあと二つ近隣の村も今日無事取り返す事が出来た。解放した村の宿屋で休ませてもらっているのだ。

「隣村とこの村の人達とそれに寄生していたヴァファムの情報によると、この先の街は更に深刻な事になっているらしい。明日は今日以上に大変だぞ。恐らく少し上位の『役つき』もいる」

 突然真面目な話をし始めたルピアが金髪碧眼青年の姿に戻った。

 ん? ちょっと待て。

「ヴァファムの情報って、あのビンに入れた奴等は生きてるのか?」
「勿論だ。仮にも知的生命体をそう簡単に殺せるか。あれであの小瓶は特殊な作りになっていて数年はあの中で快適に生きられる。満タンになったら絶海の孤島にでも放してやる。どうせ女王以外は寄生していないと寿命は非常に短いし」

 そうだな。確かに命は命だ。向こうも相手を殺さないのだから、こちらだけが大量虐殺も後味が悪い。幾ら見た目が虫とはいえ、少しは安心できた。まあ、それは良い。

 今、私にはそれ以上に気になる事があるのだ。

 ……なぜ、そうも密着したがるのだルピアは。さっきから何度も距離を取るために身をかわそうとついてくる。

 少しは慣れて来たが、花でも背負ってそうな美形ぶりにそう近くに居られては心臓に悪い。考えてみたらゾンゲ氏は豹の基準ではどうなのかわからないが、グイルにしてもリシュルにしてもタイプは違えどかなりレベルの高い男前だし、ミーアも女から見ても美人だ。お子様のイーアでさえ美少年顔。メイドちゃん達も超可愛いし、この世界の見た目は全体に水準が高くないか? その中にいる私はすごく地味だろうな。

「僕としては、マユカは充分美しいと思うのだが」
「また考えを読んだな……いい、お世辞など言わなくても」
「世辞などではない。僕は真剣に言っているのだぞ。だから……」
「ハイハイ。では明日からに備えてもう寝るから」

 適当にあしらっておいて用意してもらった部屋に向かう。

「何故ついてくる?」
「隣だから」

 良かった。コイツの事だから同室かと思ったぞ。

「本当は一緒の部屋が良かったのだがなぁ」

 久々に背負い投げしてやった。よく眠れるぞ、感謝しろ。


 怖い。重い……。

 お父さん、お母さん、何か喋ってよ。

 両親は私の上に被さったまま動かない。お母さんだけじゃなく、お父さんがその上にいるから、動けない。

 二人の隙間から見えるのは怖い怖い人。

 蛍光灯の光で浮かび上がる銀色の刃物。

 黒い帽子とマスクの間から見えてるのは目だけ。

 遠くでパトカーのサイレンとお隣のジョンの吠える声。

 足音が遠ざかって行く。

 助けて、助けて。怖いよ、重いよ。

 お父さんもお母さんも段々冷たくなっていくよ。

 おまわりさん、どうしてもっと早く来てくれなかったの?


 柔らかな感触が頬に触れて、意識が引き戻された。

「大丈夫?」

 優しい声が掛かって目を開けると、緑の瞳が覗き込んでいた。

「泣かないで、マユカ」
「……泣いてなど……」

 滑らかな指が目尻を拭ってる。涙、出てたのか……。

 起き上がるとルピアはびくっと身を引いたが、私が手を出すとでも思ったのだろうか。あれだけ言ったのに、勝手に人の部屋に入って来た事を咎められると思ったのか。だが……今はそんな気にもならない。

 まだ外は暗い。枕もとのランプの光で浮かんだ姿はとても綺麗だ。

「ゴメン、酷くうなされてたから。まだ起きるには早いよ。もう少し眠るといい。僕は部屋に戻るから安心して」
「いや……ここに居てくれ」

 おい、私は何を言っているのだ。勝手に口が……。

 久しぶりに昔の夢を見た。

 きっと昼間『飼われて』いたお年寄りや子供達を見たからだ。呼びかけても返事をしてくれない両親に、小さな心はどんなに傷ついただろう、そんな事を思ったから。

 あの夢を見ると酷く心細くて、寂しい気持ちになる。

 ルピアがしゃがんだと思ったら、子猫の姿でぴょんとベッドに上がって来た。もっとも、飛び上がりきれずにシーツに引っかかって落ちそうになって短い足をぱたぱたしているのが可愛くて、つい頬が緩みそうになる。慌てて抱き上げるとくるくるした目が微笑むように細められた。

「この方がいいだろ?」
「……ありがとう、ルピア」

 柔らかな体を抱きしめると、言いようの無い安心感がある。私はそれ程までに気弱になっているのだろうか。

 きっとルピアには私の心が読めているはずだ。だが、何も問い詰めたりしない。本物の猫と同じ。悲しい時は何も言わずにそっと傍に身を寄せていてくれる。目を閉じてただ暖かな体温だけを与えてくれる。

 小さな欠伸でのぞく牙と舌が可愛い。

 こいつ……いい奴だな。今度からもう少し手加減してやろう。


「大きな町だな。ここも全て寄生されているというのか?」

 朝、身支度を整えた私達は早速次の町に着いた。思っていたより大きな町だ。昨日までの村とは随分違い、石やレンガで出来た立派な建物も、等間隔で並ぶ街灯や石畳で舗装された道路も、デザールの王宮近くの町と比べても遜色ない。相当の人口が住んでいるはずだ。

 だが、町は静かだ。道に走る馬車も、行き交う人も無い。

「全員が全員寄生はされていないだろう。逃れた人達はどこかで身を隠しているはずだ」
「あと、『役つき』に寄生されている者は恐らく役場や、重要な施設にいて下っ端に指示を出している」

 ルピアと事情に詳しいグイルが説明してくれた。

 そこで、三つに分かれる事にした。

「私とゾンゲ、グイルで『役つき』がいるであろう町役場に向かう。ミーア、リシュルはデザールの兵と一緒に無事な人達や、捕らえられている人達を探してくれ。ミーアは連絡係も頼む」
「了解よっ!」

 下っ端くらいなら一般兵でも何とかなるし、リシュルとミーアがいればかなりの数襲ってきても大丈夫だろう。

「イーアはルピアの後処理部隊と一緒に中央広場で待機。もし途中下っ端が襲ってきても、イーアなら電撃で皆を守れる」
「まっかせて~」

 緊急の連絡用にそれぞれ発炎筒を携帯。早速別れようとした間際、

「僕はマユカと一緒に行く」

 ルピアがいつに無く深刻な顔で出てきた。

「駄目だ。大事な責任があるだろう? それに危険だぞ」

 それでも駄々っ子の様に首を振るルピアは、心もち青ざめているようにも見えた。夜明け前の事を思い出して、少しは気持ちが動かなくも無かったが、だからこそ余計に王様を危険に晒したくは無い。

「皆を信頼して、どしっと構えてろ。マスター」
「でも……あまり距離が空くと……」

 何か言いかけたが、無視して背を向けると、諦めたのかルピアも自分の隊の方へ向かった。

 作戦開始。それぞれが別れて行動する。

 もう少し人の話を真面目に聞いておけば良かったと、後悔したのはその数時間後だった。

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